第173話 帰ってきたXXX
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
スマートフォンが短く震えた。
画面に表示されたのはダンジョン課の村田分析官の名前だ。
「ん、村田さん……なんだろ?」
「神谷さん、お時間よろしいでしょうか。
岸本課長補佐から直接お話ししたいことがあるとのことです。
本日、来ていただくことは可能ですか?」
直哉はため息を一つついて、その画面を4人のグループチャットに転送した。
「俺だけ? 全員?」
すぐに返信が来る。
「ご一緒にお越しいただけると助かります」
真弓:「……お呼び出しね」
陽平:「嫌な予感しかしないんだけど」
武虎:「大体こういうのって、ろくな話じゃねえよな」
全員:「だよなあ……」
既読が一斉に並ぶ。
* * *
案内された会議室に入ると、岸本と村田がすでに待っていた。
岸本はいつも通り、ぴしっとしたオールバックに眼鏡を光らせている。
一見するといつもと変わらない。だが。
(なんか……ちょっと空気が重くないか?)
部屋に満ちる沈黙が、妙に肌に刺さる。
「来てくれてありがとうございます」
岸本は軽く頭を下げると、机の上の資料を開いた。
「早速ですが、第4層に関していくつかご報告があります」
その淡々とした切り出し方に、直哉は思わず身構えた。
「あの、まず前提なんですけど……いい話じゃないですよね?」
「はい」
間髪入れずに即答され、直哉は肩を落とす。
「ですよねー……」
「実は、ゴブリン王エンバルムが、第4層で活動しているという目撃情報が複数上がっています」
「……え?」
一瞬、直哉の思考が止まった。
「え?」
2回目は陽平。
「……は?」
3回目は武虎だった。
「いやいやちょっと待ってください!」
直哉が思わず机に身を乗り出す。
「五十嵐さんが倒しましたよね? 確実に」
「はい。その点については映像でも確認されています」
岸本は眼鏡の奥の目を動かさない。
「現時点では推測になりますが、エンバルムにリエントリー効果が及んでいる可能性があります」
「……まじですか」
「まじです」
軽いテンポのやり取りの割に、内容が全然笑えない。
「え、モンスターにもそれ適用されるの?」
陽平が戦慄した声をあげる。
「いいえ、初めてのケースです。現時点では原因は不明ですが」
「まじかよ……」
直哉は思わず顔を押さえた。
「さらに」
岸本は容赦なく言葉を重ねる。
「第4層でエンバルムに倒された探索者の一部において、能力が使えなくなったという報告があります」
室内の空気が一気に凍り付く。
「そして――その能力を、エンバルム自身が使用しているようです」
「それってつまり……」
「はい。能力の強奪が行われています」
「やば。一番最悪なやつじゃねえか」
武虎が吐き捨てるように言う。
「件数は?」
真弓が鋭い視線を村田に向ける。
「現時点で3件です」
「奪われた能力って、戻らないんですか?」
直哉の問いに、岸本は静かに首を振る。
「現時点では、回復の報告はありません」
「うわあ……」
今度は4人の声が綺麗に揃った。
岸本が視線を上げ、直哉をまっすぐに見据える。
「神谷さん、特にあなたの転移能力は唯一性が高い。
仮に奪われた場合の影響は計り知れません。
本当に、注意してください」
「いやその言い方、ちょっと本気で怖いんですけど」
「怖い状況だからです」
「はい……」
逃げ場のない正論に、直哉は引きつった笑いを返すしかなかった。
その重苦しい空気を、武虎が強引にぶった切る。
「でもよ、俺らがエンバルムをもう一度ぶっ倒しても別にいいんだろ?」
「それはもちろん可能ですが――」
「やれる気はするんだよな」
武虎は前のめりに拳を握る。
「前より確実に強くなってるし、第4層でも動けてる。
今ならいける気がする」
岸本がわずかに間を置いて溜息をついた。
「……そのような報告は受けています。
ただし、エンバルムは現在、モンスターや探索者の魔素を吸収し、強化されています。
前に戦った時より、確実に強いです」
「そりゃそうか」
武虎はニヤリと不敵に笑う。
「藤堂さん、ほんっとうに注意してくださいね」
岸本が重ねて釘を刺すと、村田が手元の端末を操作した。
「強奪された能力のうち、判明している2つは後ほどメールで共有します。
いずれも強力な能力です」
「了解です……はぁ、やだなあ」
直哉は深く息を吐き出し、天井を仰いだ。
* * *
外に出ると、遮るもののない空がやけに広く感じられた。
「……リエントリーか」
陽平がぽつりと呟く。
「ゲームじゃないんだからさあ……」
「いや、むしろ最悪な仕様のゲームっぽいだろ。
能力強奪もセットだしな」
武虎が歩きながら腕を組む。
真弓が少し考え込むように口を開いた。
「……ねえ。もしダンジョンの外で倒したら、リエントリーは起きないんじゃない?」
その言葉に、全員の足がピタリと止まる。
「確かに! ダンジョンの外なら戻る場所がない」
陽平がすぐに反応する。
「そうか、転移門だ!」
武虎が直哉の顔を見た。
「転移門でアル・テラスに送り出してしまえば、あそこはダンジョンの外だ」
4人の視線が一斉に直哉に集まる。
直哉は少し考えてから、不敵に笑った。
「岸本さんに話す前に、まず俺たちで詳細を詰めようぜ」
曇り始めた空の下、4人は力強く歩き出した。
* * *
テーブルの上に適当な飲み物を並べ、いつもの4人が集まっていた。
「……で」
直哉が切り出す。
「エンバルムはダンジョン内にいる限り、何度でも復活して魔素を吸い続ける。
放置すればレベルを上げ続けるボスってことだ」
「やだなぁそれ……完全に終盤の嫌がらせイベントじゃん」
陽平が素直に嫌そうな顔をする。
「だから、さっきの仮説だ」
直哉は身を乗り出し、声をかける。
「なあ、イチカ。
リエントリーってダンジョンの外でも機能すると思うか?」
『前例がないため断言はできませんが、リエントリーはダンジョン内の魔素循環システムによるものと推測されます。ダンジョン外で消滅した場合、機能しない可能性は高いです』
「……つまり、やれるかもしれない」
直哉が小さく頷くと、陽平が苦笑した。
「いいね、その“ワンチャンある”感じ。
危ない匂いしかしないけど」
「要するにこうだろ」
武虎が拳を打ち鳴らす。
「エンバルムを転移門でアル・テラスにぶん投げて、向こうで寄ってたかってぶっ倒す。
ダンジョンの外なら、リエントリーはしない」
「言い方が雑すぎない?」
真弓がすかさず突っ込むが、陽平も同意するように頷いた。
「まあ、理屈はそうだね。
問題は、誰が向こうで戦うかだけど……」
「俺らだろ」
武虎の即答に、直哉は思わず眉を寄せた。
「あ、やっぱそっち? 他に誰が行くんだよって顔してるな」
「当たり前だろ。
神谷、お前の転移門で行くんだからな」
「いや理屈はそうだけどさ……ビビるだろ、普通」
「俺は楽しみだけどな」
「頼もしいけど方向性が若干怖いんだよなぁ……」
真弓がパンと手を叩いてまとめに入る。
「仮説としては成立。
でも、未確定要素が多すぎ」
「不確定結構!
面白いじゃねえか」
武虎が豪快に笑う。
「とりあえず、もうちょい詰めてから岸本さんに話そう。
今言ったら絶対止められる」
「間違いない。
“危険ですので許可できません”って3回は言われる未来が見えるよ」
陽平の言葉に、部屋の空気がどっと和んだ。
「で、明日どうする? 第4層入る?」
陽平の問いに、直哉は迷わず頷いた。
「行こう。何にしてもレベル上げしないとな」
「まず強くなる」
真弓の言葉に、武虎がニヤリと口角を上げる。
「強くなって、ぶん殴る」
「だから言い方が雑だって」
重い状況のはずなのに、いつも通りの軽いノリに少しだけ救われる。
「じゃあ解散! お疲れ!」
「おう、おやすみー」
それぞれが部屋を出ていき、静寂が戻る。
直哉は1人、ベッドに寝転んで天井を見上げた。
リエントリーに能力強奪、そしてアル・テラスへの強制転送。
どれも現実離れしている。
けれど、確かに俺たちの手の中にある手段だ。
「……ふは」
思わず小さく笑うと、直哉は部屋の灯りをパッと落とした。




