第172話 初めての4層
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私にガソリンをください!!
地獄門をくぐり、階段の先の入り口を抜けた瞬間、視界が灰色に染まった。
広がっているのは見渡す限りの荒野で、地面には乾いた土と石ばかりが続き、草木の類はほとんど見当たらない。
等間隔に並ぶ墓石が、低い霧に半分沈んだまま、どこまでも続いている。
「……なんか重い雰囲気だな」
武虎が足を止めて周囲を見渡すが、第3層の草原とは明らかに空気の質が違っていた。
密度のある魔素がまとわりつき、腐ったような臭いが鼻の奥に貼りつく。
「第3層とは別物だね。臭いも違う」
陽平が袖で口元を押さえながら言うのを見て、真弓は短く息を吐いた。
「生臭い……」
そう言いながら前へ出る真弓に合わせて、直哉も自然と陣形を整える。
前に武虎と自分が立ち、後ろを真弓と陽平が抑える形で並んだ動きは、アル・テラスで染み付いたものだった。
『第4層の主なモンスターはグールとスペクターです。
グールは頭部への打撃が効果的、スペクターは魔素攻撃のみ有効となります』
イチカの説明を聞きながら、直哉は足元の地面に軽くバットを当てる。
「了解、まずは出会ってからだな」
* * *
最初の接触は、5分と経たずに訪れた。
墓石の影から這い出してきた腐乱体が、腕を伸ばしたままこちらへ向かってくる。
1体ではなく、5体同時だ。
「来たな」
武虎が踏み込み、先頭に拳を叩き込むと腹が大きく折れ曲がったが、そのままの姿勢で前進をやめない。
「……頑丈すぎんだろ」
蹴りで顎を跳ね上げ、さらに横から頭部を打ち抜いた瞬間、骨の砕ける音とともにようやく動きが止まり、ポリゴンへ変わって崩れた。
「頭を潰さないと止まらないか」
その間にも残りが距離を詰めてくる。
直哉はバットに魔素を込め、正面のグールの頭部を狙って水平に振った。
ガンッ!
頭部に命中した。
グールは吹き飛びながらも、地面に手をついて起き上がろうとする。
(こいつ、まだ動く)
胴体や腕を潰しても意に介さない。
ただひたすら前へ進んでくる。
まるで自分が壊れることを厭わない——相打ちを狙っているかのような突進だ。
直哉は踏み込みを深め、上から脳天へ叩き込むことでようやく1体が消えた。
隣では、陽平がグールと格闘していた。
木刀で肩を打った。
グールは肩の骨が砕けていても、腕を伸ばし続ける。
「っ、しぶとい!」
膝を打ち払い倒すが、折れた足をそのままに、すぐに起き上がろうとする。
「頭だ、陽平」
「わかった!」
倒れたグールの頭を踏みつけながら、木刀を振り下ろした。
真弓は距離を取りつつ、最初から頭部へ砕陣弾を撃ち込むことで確実に数を減らしていた。
5体処理するのに、およそ1分。
「……思ったより手間だな」
武虎が息を整える。
「壊しても止まらないのが面倒だな、正直」
直哉も同意しながら、敵の性質を頭の中で整理していた。
こいつらは痛みがない。
自分が壊れることも、倒れることも、意に介さない。
ただ前へ進んでくる。
向こうが何体かいれば、こちらの体力を削りながら押してくる。
数が多ければ、厄介な相手だ。
* * *
さらに進むと、今度は気配だけが近づいてきた。
「……なんだ?」
武虎が呟いた直後、霧の奥から半透明の影が浮かび上がる。
輪郭のぼやけたそれは地面を踏まずに滑るように動き、数は7体に増えていた。
「スペクターか!?」
そう言った瞬間、1体が急加速して武虎へ突っ込む。
拳がすり抜け、次の瞬間には体を貫かれていた。
「っ……!」
痛みはないが、芯だけが冷えるような感覚に武虎が思わず後退する。
「気持ち悪ぃな、これ……!」
直哉は即座に判断を切り替え、バットに魔素を乗せて構えた。
「魔素なしじゃ当たらないぞ!」
真弓の魔弾が1度は通り抜けたが、出力を上げて撃ち直すと揺らぎが起きる。
効いている。
ただし、1撃では落ちない。
しかし7体が同時に動いている。
真弓の射線に入れるのは正面の2体だけだ。
残り5体が左右から来ている。
「陽平!」
「わかってる!」
陽平が全力で魔素を手に集中させた。
木刀に魔素を乗せ、最も近いスペクターを横に打ち払う。
ガッ!
スペクターが揺れた。
消えはしないが、ダメージは入った。
しかし連続して打ち込まないといけない。
1撃では倒れない。
そして7体が全員まだ動いている。
「イチカ、このまま削っていけるか」
『砕陣で攻撃するのが一番効率がよいでしょう』
「オッケー、俺はこっちでいくよ! 水操:壱式 難陀!!」
木刀から噴き出した水蛇がスペクターを貫くと、スペクターが苦悶の表情を浮べる。
「オラッ、死ね、砕陣!」
直哉はバットに魔素を凝縮させて踏み込んだ。
左から来たスペクターに向かい、正確に頭部を狙って叩き込む。
ガンッ!
スペクターが大きく揺れた。
そのままもう1撃。
ズンッ!
光になって消えた。
武虎も魔素を拳に纏わせ、殴る代わりに押し込むように魔素を叩きつける。
スペクターに拳が触れる瞬間、魔素を爆発させる感覚で。
バチィンッ!
1体が揺れる。
もう1発撃ち、さらにスペクターを倒す。
真弓の魔弾が3体を連続で捉えた。
射線を変えながら、1体ずつ確実に当てていく。
残り2体が陽平の背後から来ていた。
「後ろ!」
陽平が 2体のスペクターを薙ぎ払うように難陀を操る。
ザシュッ!
1体が消えた。
もう1体は揺れながらも、陽平の腕をすり抜けてくる。
全身に悪寒。
「っ……!」
陽平が歯を食いしばりながら、もう1撃を叩き込んだ。
消えた。
7体、3分近くかかった。
「……はぁ」
陽平が膝に手を当てた。
全員が少し息を乱していた。
――そのとき。
スマホが軽やかな通知音が弾けた。
澄んだ音がわずかに残る。
レベルアップだ。
レベル:17→18
体力:76→83
筋力:78→86
敏捷:92→100
器用:68→75
知力:66→73
特殊能力:現象伝導、時穿つ瞳、瞬閃五連撃
特殊能力:分体生成
内在魔素:643→718
内在魔素:394→426
「おぉ、きたー、久々!
やっぱり魔素の上がり方がいいな」
息を整えながら笑う直哉に、イチカが淡々と答える。
『はい、異世界で長く活動していたため、多くの魔素が体に滞留したことが理由だと思われます』
「なるほどな」
* * *
その後も探索を続けた。
グールの群れとは2度遭遇した。
1度目は6体、2度目は増援が重なり8体に膨れ上がる。
8体は正直、きつかった。
頭部を的確に狙いながら、三方からの突進を捌き続ける。
直哉は一瞬囲まれかけたが、凌ぎ切った。
複数の敵を同時に相手にして、どこを先に崩すかを考える。
向こうでの経験が、その判断を速くしていた。
(判断が早くなってる……)
考えるより先に体が動く。
どこを潰せば道が開けるか、その判断が以前よりも明らかに速い。
アル・テラスでの戦いが、そのまま活きていた。
スペクターとももう1度接触した。
今度は4体だ。
先ほどの戦いで性質を理解していたため、魔素の出力を最初から絞らず、当てると同時に追撃を入れる形で処理していく。
無駄撃ちがなくなり、動きも揃っている。
結果、先ほどよりも短時間で殲滅できた。
「慣れてきたけど……魔素の消費デカいな」
真弓が息を吐きながら呟く。
1撃の効率は上がったが、その分、1発ごとの消費も上げている。
消費は確実に増えていた。
「長引くときついな」
武虎が額の汗を拭いながら言う。
「でも、方向は見えたよね」
陽平が肩で息をしながら続ける。
「グールは頭、スペクターは魔素出力――そこさえ外さなければ処理はできる」
直哉は頷く。
「問題は、数が重なったときか」
個別なら崩せる。
だが複合になるとリスクが跳ね上がる。
その感覚は、この短時間で十分に掴めていた。
* * *
出口へ向かう階段を上がりながら、直哉は今日の戦闘を頭の中で整理していた。
倒せる。
確かに倒せるが、それは余裕があるからではない。
グールは止めなければ押し切られる。
スペクターは対処を誤れば、一方的に削られる。
どちらも性質が違いすぎる。
(単純な敵じゃない)
ただ突っ込んで倒すだけでは処理しきれない。
判断と連携が前提になる相手だった。
「明日も行くか」
前を歩く武虎が、振り返らずに言う。
「ああ、そうだな」
直哉は短く答える。
「今日でだいたい見えた。
魔素をしっかり使えば、4層自体は対応できる」
「私も同じ感覚」
真弓が続く。
「スペクターは短期決戦で潰すのがいいね。
長引くと消耗が無駄に増えるし」
陽平も同意するように頷く。
4人が階段を抜けると、空気が一気に変わった。
重さが消え、通常のダンジョンの環境に戻る。
思わず肺が開くような感覚があった。
「……やっぱあっちは別物だな」
武虎が小さく笑う。
直哉も同じように息を吐いた。
まだ慣れただけだ。
攻略には程遠い。
(でも、やれる)
手応えはあった。
一歩ずつなら進める。
まだ始まったばかりだ。




