第171話 準備
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
翌朝、5人は地球に帰った。
アル・テラスとの行き来は、もう何度もやっている。
転移の瞬間はいつでも同じだ。
転移門を発動し、それを潜る。
次の瞬間には自分の行きたいと思ったところに到着している。
とは言え、いつも転移する場所は1層の外れだ。
ダンジョン以外に転移すると混乱が生じるかもしれないから、やめて欲しいと言われているし、まあそんなもんかと納得もしている。
1層の出口から出ると、見慣れた共有スペースが広がっていた。
空調の音、床材の感触、蛍光灯の白さ。
どこをとっても、完全に地球のそれだ。
「……帰ってきた感じがするな」
「だな、結構懐かしいな」
『半年ぶりですね』
「そんなに経ったか」
『正確には177日です』
「そっか、結構長くいたんだな」
* * *
岸本さんに連絡を入れると、1時間も経たないうちに合流できた。
「神谷さん、お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ただいまです。
なんか、ほんとに久しぶりで変な感じがします」
「そうでしょう。
少し顔つきが変わりましたよ」
「え、そうですか」
直哉は少し照れた。
岸本はコーヒーを人数分持ってきて、テーブルに置いた。
「異世界はダンジョンと違ってリエントリーがないと聞いています。
まさに命がけの戦い。
その中で巨大なモンスターと戦い、A級指名手配犯とも正面から戦って、ということを経験したわけですから。
変わらない方がおかしいです」
「まあ……確かにあれはきつかったですね」
「田所からも報告をもらっていました。
転移門の件も含めて、色々と動いています。
あちらで起きたことは、引き続きこちらでも整理しますので」
「ありがとうございます。
あの……岸本さん、1個聞いていいですか?」
「はい」
「俺、しばらく向こうにいたじゃないですか。
正直、地球に気軽に帰れる状況じゃなかったから、気になっても動けなかったんですが……
家族は、大丈夫でしたか」
岸本は少し間を置いてから、答えた。
「はい。ご家族の警護は継続していました。
特に何もありませんでした」
直哉は息を吐いた。
「よかった」
「神谷さんの近況は、定期的に伝えていましたが、やはりご心配されていました。
早く顔を見せてあげてください」
* * *
実家の玄関を開けると、台所から匂いがした。
味噌汁だ。
「ただいま」
ばあちゃんが顔を出した。
「おかえり! なおちゃん!」
「疲れたよー」
「顔色いいじゃない。ご飯食べてた?」
「食べてたよ。
あっちはあっちで、飯はまあまあだったし」
「そう。……よかった」
声が少し詰まっていた。
ばあちゃんはそれ以上何も言わなかった。
直哉も何も言わなかった。
しばらくして、母が廊下に出てきた。
「帰ってたの」
「うん」
「痩せてない?」
「どうかな。向こうでも動いてたから、そんなに変わってないと思うけど」
母はしばらく直哉の顔を見ていた。
それから短く言った。
「夕飯、作るから」
「ありがとう」
夕飯の時間、家族が全員揃った。
じいちゃんが「戻ってきたか」とだけ言った。
父は最初から最後まで何も聞かなかった。
ただ普通に夕飯を食べた。
兄は「久しぶり」と言い、ゲームの話をした。
それだけだったけれど、それで十分だった。
* * *
夜、自分の部屋に戻ると、3ヶ月前のままだった。
机の上の教材。棚のゲームソフト。壁のカレンダー。止まったまま。
「なんか、タイムカプセルみたいだな」
『ご家族、お元気そうでよかったです』
「うん。心配させてたんだろうな、とは思う。
田所さんが定期的に連絡してくれてたみたいで、助かったよ」
『田所様は細かいところまで気を使ってくださっていますね』
「ほんとにな」
直哉は布団に倒れ込んだ。
天井を見上げる。
久しぶりの自分の部屋だった。
「明日から第4層行くか」
『休息は取りますか?』
「1日で十分だろ。
それより気兼ねなくレベルアップしたいぜ」
『異世界では、いわゆるレベル上げ的な作業はしなかったですからね』
「ああ、さすがに命がけで戦い続けるのはちょっとな。
でもこっちならやりたい放題だぜ!」
『明日に備えて、4層の情報を収集しておきます』
「おう、頼んだぜイチカ」
直哉は目を閉じた。
地球の夜は、アル・テラスより静かだった。
* * *
翌朝、武虎から連絡が入った。
「今日から第4層行くんだろ。俺も行くぜ」
「おお、トラ。お前もやる気だな!」
「ああ。上には上がいるからな。
もう負けるのはごめんだぜ。
真弓と陽平もやる気だぜ」
「全員揃いすぎだろ」
「当たり前だろ。お前だけ先に行かせるわけないだろうが」
武虎らしい言い方だと思った。
直哉は少し笑って答えた。
「じゃあ、一緒に行こう」
「ああ」
通話を切ってから、直哉は思った。
久しぶりに地球の時間を使った気がした。
家族と話して、仲間と連絡して、自分の部屋で眠る。
向こうでは当然のようにこなしていたことが、ここでは少し遠く感じる。
「こういうの、大事にしないといけないな」
『はい。今日のような時間は、直哉にとって必要なものだと思います』
直哉は窓の外を見た。
朝の光が差し込んでいる。
秋の空は、澄んでいた。
* * *
昼前に真弓から短いメッセージが届いた。
「装備確認した。問題なし」
陽平からも続いた。
「おはよう。
久しぶりに実家帰ったら犬が懐かなくなってたよ」
直哉は思わず吹き出した。
「どういうこと?」
「わかんない。姉ちゃんには懐いてるのに、悲しい……」
全員それぞれが、久しぶりの地球に戻り、家族と顔を合わせ、自分の部屋を確認し、普通の時間を過ごしている。
向こうで戦い続けた分、ここでいったん息を整える。
午後からまたダンジョンに入って、第4層に踏み込む。
直哉は目を閉じた。
窓の外では、風が木の葉を揺らしていた。
異世界でのことを、頭の中で整理した。
ドラゴン、巨人、異界化、そして研究所にオクタヴィア。
師範に撃退してもらった組織のことは、まだ分からないことが多い。
やることは、山ほどある。
* * *
昼を過ぎた頃、ヤスから連絡が来た。
「ナオヤ氏、お帰りなさいですぞ」
「ヤスも、久々の日本はどうよ?」
「やはりご飯がおいしいですな!
コンビニも便利でよいです。
とはいえ、研究書を持ち帰ったので、地球でもやることはかわりないでござる。
フェルミナ氏の記録、読めば読むほど面白いですぞ」
「そうか、元気そうで良かった」
「むしろ向こうより忙しいかもしれませんぞ。
研究書の翻訳と解析、転移門のさらなる調整、ドローン設計の見直し……やることが山積みで困りますな」
「困ってないじゃないか」
「むふふふ」
ヤスの笑い声が弾んでいた。
地球でも異世界でも、やることが尽きない人間だった。
電話を切った後、直哉は少し笑った。
ヤスはいつでもヤスだった。
向こうでも、こっちでも、どんな状況でも変わらない。
それが安心感の源になっているような気がした。
午後から、また4人で探索だ。
忙しない気もするが、今はそれが楽しい。




