閑話27話 侵食する脅威
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ダンジョン課・解析室。
壁面モニターには、第4層内部のドローン映像が流れている。
墓石が並ぶ灰色の荒野。
その一角で、光の粒が散るように何かが消えていく瞬間が、コマ送りで何度も再生されていた。
担当分析官の村田が、モニターから目を離さずに言った。
「19件目も確認が取れました。
今月だけで、先月の倍近い数字です」
「接触してから、どのくらいで発症している」
部屋の奥からの声に、村田は振り返った。
課長補佐の岸本だ。
オールバックに整えた白髪交じりの髪、眼鏡の奥で細められた目。
腕を組んで、モニターを見ている。
「いずれも、リエントリーで帰還してから1時間以内に発症が確認されています。
被害者が共通して言うのは、身体の内側を何かが通り抜けていく感覚だ、ということです。
接触の瞬間か、その直後に吸収が起きていると思われます」
「発症の確率は?」
「現在把握している交戦例で、約15パーセント。
ただし上昇傾向にあります」
岸本は短く鼻から息を吐いた。
呆れでも怒りでもない。
状況を飲み込む時に出る、岸本特有の間だった。
「つまり今後も増える、ということだな」
「その可能性が高いです」
* * *
1時間後、岸本は別室にいた。
椅子を前後ろに引いてまたがり、背もたれに腕を乗せた男と向かい合っている。
五十嵐拳吾。
年齢は30代前半。
中肉中背で、見た目には際立ったところがない。
しかしその威圧感は段違いだ。
本人はのほほんとしているのに、目が離せない。
岸本は資料を1枚渡した。
「7件目です。今朝の報告です」
拳吾は資料を受け取り、さらっと目を通した。
「能力が失われた探索者の話、だっけか?」
「はい。内容はその通りです」
「技が使えなくなった、というのが実情は何件あるんだ?」
「3件です。
うち1件は、魔素の総量に変化はないが、特定の技だけが消えた、という状態です。
残りは技の発動感覚そのものがなくなっています」
「……なるほど」
拳吾は資料を机に置いた。
「俺が倒したのは5ヵ月ぐらい前か?」
「はい、すでに半年近く経過しています」
「で、この被害か」
岸本は頷いた。
「あなたが倒した時のエンバルムと、今のエンバルムの差について、聞きたいことがあります」
「ん?」
「当時のエンバルムは、どのような技を持っていましたか?」
「傲慢の極みだな。
それだけでも十分強かった。
あいつは第3層にいたが、4層の上級モンスターぐらいの力はあったぜ。
同族の魔素を吸収して、戦いながら強化される、しかも回復付きでな。
まあ強化以上の攻撃で消せば何とかなると思って、実際そうだったしな」
「今は、それ以外に3つが追加されています」
岸本は資料をめくった。
「星砕き。
第4層の探索者から吸収したと見られる技です。
巨大な炎の岩塊を叩きつける。
広範囲への破壊力があります」
「星砕き。
玄馬の野郎か。
そう簡単にやられる奴じゃないが、そうか、あいつが……」
「もう1つは、雷鳴の衣です」
拳吾の動きが、止まった。
わずかな間だったが、岸本には分かった。
「……まじか?」
「ご存知でしたか」
「ああ、知ってる。
鉄心の爺さんだろ。
あの爺様の技はそうそう破れるもんじゃないが、なるほどな」
拳吾は顎に手を当てた。
それ以上は何も言わなかった。
「その方は、リエントリーで帰還されています。身体的なお怪我はありません。
ただし、雷鳴の衣は使えなくなっています」
「……鉄心さんが、そうか」
短い返事だった。
岸本は待った。
「そして3つ目ですが、不明です。
被害にあった男性は、相沢 凛。
本人から暫くの間、魔石の納品が滞りそうだ、という報告がありました。
能力が使えなくなったところまでは事情を伺えたのですが、どのような能力かは秘密にされていました」
「なるほどな。
そいつの名前は聞いたことがあるが、俺も見たことはないな」
「それで……いかがでしょうか?」
拳吾はゆっくり視線を上げた。
「討伐か。
俺が今すぐ行って、同じやり方で倒せるか。
結構怪しいとこだよな」
岸本は眼鏡の位置を直した。
この男がそういう言い方をするのを、初めて聞いた気がした。
「怪しい、とは?」
「あいつは戦いながら学習する。
前回、技を見せちまってるし、同じ手は通じないだろうな。
それに、星砕きと雷鳴の衣だろ。
どっちもやっかいな能力だぜ。
それを同時に捌きながら戦えるかどうか」
「……厳しいと」
「厳しい、とも言っていない」
拳吾は少し笑った。
笑いに気負いはない。
「ただ、前回みたいに綺麗には終わらないだろうな」
岸本は資料を閉じた。
「さらにもう1つ問題があります」
「また倒しても復活するかもしれない、だろう?」
「その通りです。リエントリーが続く限り、根本的な解決にならない」
拳吾は背もたれから身体を起こした。
椅子を普通の向きに戻しながら言った。
「それに関してはお手上げだな。
リエントリーする魔物の退治なんて不可能じゃねーか?」
「ええ、それに関してはこちらでも解決方法が見いだせていません」
「ふん、まあいいだろう。
倒すだけだ、リエントリーが発生するかどうかまでは責任が持てねぇ。
それでいいなら受けるぜ」
拳吾は依頼を受け、ドアへ向かった。
廊下に出てから、少し歩いて立ち止まる。
窓の外、曇った空が広がっている。
「星砕きに雷鳴の衣か」
低く、誰にも聞こえない声で呟いた。
あの合気老人の技を、ゴブリン1匹が手に入れた。
その事実を、素直に飲み込まなければならない。
拳吾は口の端を少し歪めた。
苦味が混じった、らしくない表情だった。
「次は、少し真剣にやらないといけないな」
そのまま歩き出した。
足音は静かだった。
* * *
岸本は、拳吾が出ていった後も椅子に座ったままだった。
村田が戻ってきた。
「8件目の報告が届きました。今朝の分です」
「今朝……」
「ペースが上がっています。
被害が出た時期と件数を並べると、明らかに間隔が短くなっています」
岸本は資料を手に取った。
「村田さん、被害の推移をグラフ化してください。
五十嵐さんの討伐でも駄目だった場合のことを考えなくては」
「了解しました」
岸本はペンを持ち、短くメモした。
エンバルムの強化に上限があるとすれば、何か。
書いてから、止まった。
今の情報では分からない。
前例がない。
ただ、今の拳吾が「断言できない」と言った。
それだけで、状況の深刻さは十分に伝わる。




