閑話25話 新たな敵
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
オールドマーケット。
その名が示す通り、かつては大市が立ち並んでいたというその土地は、今や用途を変え、ある組織の拠点として機能していた。
建物の奥深く、外光の届かない石造りの広間。
明かりは魔石灯のみ。
どこか祭壇めいた静けさが漂っていた。
上座に座る人物の顔は影に沈み、口元だけがわずかに見えた。
その存在だけで、場の空気が自然と引き締まる。
「……回収ご苦労だったな、ヴェルクス」
低く澄んだ声が落ちた瞬間、広間の空気がわずかに震えた。
壁にもたれていたヴェルクスは、ゆっくりと体を起こし、粗暴な男には似つかわしくないほど丁寧に木箱を前へ押し出した。
「……ああ、16個の封印核です。
欠けがないことは確認済みだ」
声は低く太いが、荒さは抑えられている。
普段なら乱暴に放り投げるような仕草をする男が、ボスの前では無駄な動きを一切見せない。
従順というより、“強者が強者に対して払う礼節”だった。
「確認した。問題ない」
その一言に、ヴェルクスはわずかに顎を引き、礼の代わりとした。
彼の態度は粗野さを残しつつも、明確に上下を理解している者のそれだった。
「なら、これで終わりですよね。
次は何をすりゃいいで、ボス?」
壁に寄りかかり直す動作は乱暴だが、ボスの視線だけは外さない。
その眼光には、ボスへの絶対的な評価が同時に宿っていた。
* * *
広間の別の壁際には、白衣を羽織ったオクタヴィアが立っていた。
粘りつくような笑みを浮かべているが、いつもよりわずかに猫背で、肩の力が抜けているようにも見える。
「……オクタヴィア」
上座が名を呼ぶ。
「御前に」
「研究所の報告書は呼んだ」
「……ありがとう存じます」
言葉は転がるように出てくるが、目は笑っていない。
「オモチャの制御に失敗したと?」
「制御の見通しが甘かった点については、素直に反省しています」
「その反省、今後に活かしてもらいたいものだ」
「もちろんです。それに――」
オクタヴィアは少し口角を上げた。
「研究の成果は、ちゃんとお渡ししましたでしょう?」
「……ああ」
上座の声が、わずかに変わる。
批難の色が抜け、別の何かが混じった。
「報告書は読んだ。
龍脈の魔素と封印核の共鳴実験、思った以上に進んでいたな」
「でしょう?うふふ」
オクタヴィアは胸を張った。
「龍脈の流れを一定以上引き込んだ状態で封印核を配置すると、核同士が干渉し合って共鳴状態に入る。
その共鳴を安定させることが課題でしたが……やり方は見えました」
「引き続き期待している」
「もちろんですわ」
小言と称賛が相殺し合うように収束し、空気が落ち着いた。
* * *
広間の隅から、もう1人の声が上がった。
「……それで、封印核が揃ったわけだ」
壁にもたれながら、その人物は静かに言った。
顔ははっきり見えないが、声だけが明瞭に届く。
「とうとう次の段階に移る、そう考えてよろしいのですか?」
「ああ、そうだ」
上座が落ち着いた口調で答えた。
「龍脈に溜め込まれたエネルギーを、封印核を介して収集する。
16個あれば、第1段階の基盤は完成する」
「不壊の野郎はどこに?」
ヴェルクスがもう一人の男に尋ねる。
「任務中だが、そろそろ後片付けも終わるはずだ。
終わり次第、合流する手はずになっている」
沈黙が降りかけた、その時。
「……そういえば」
オクタヴィアが、思い出したように声を上げた。
「研究所で、面白い子たちに会いましたわ」
「あのガキどもか」
ヴェルクスが壁から顔を上げた。
「確かに腕は立つ。素人じゃねえが――」
「まあ、あなたの目にはそう映るでしょうね」
オクタヴィアは緩く笑い、わずかに目を細めた。
「でも――とても面白い素材だったわよ。
まだ青い果実の滅陣使いに精霊使い、それと……転移能力者」
広間が静まり返る。
ヴェルクスの表情がわずかに変わり、隅の人物も黙り、上座の口元から表情が消えた。
転移。
この世界で、それは極めて希少な能力だ。
術式も媒介もなく、本人の意思だけで空間を開く――そんな存在が実在することを、誰も軽く扱えない。
沈黙を破ったのは、上座の声だった。
「……確実か」
「ええ。間違いありません」
オクタヴィアは目を細めた。
「術式・媒介なし。行使者本人の意思のみで、転移を展開してみせましたわ」
短い沈黙のあと、上座は静かに命じた。
「捕らえろ」
命令は短く、しかし広間の空気を一変させるには十分だった。
ヴェルクスは一瞬だけ目を細め、次の瞬間には深く頷いた。
「了解した。……必ず連れてくる」




