第169話 生還者たちの夜
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私にガソリンをください!!
転移門を抜けた瞬間、視界がぐらりと揺れた。
足元の感覚が一瞬だけ消え、次に戻ってきたときには、もうJPギルドの共有スペースの床がそこにあった。
「……っはぁ……生きてる……?」
陽平が膝に手をつき、肩で息をしながら周囲を見回す。
真弓は壁にもたれかかり、銃を握ったまま指先を震わせていた。
武虎は無言で額の汗を拭い、ヤスは尻もちをついたまま放心したように天井を見ている。
直哉は、しばらく何も言えなかった。
胸の奥がまだ戦闘の余韻でざわつき、脈が落ち着かない。
あの異形の巨体、オクタヴィアの狂気――すべてが脳裏にこびりついて離れなかった。
「……戻ったんだよな、俺たち」
誰に向けたわけでもない呟きだったが、全員が小さく頷いた。
「戻りましたな……間違いなく……」
ヤスが震える声で言い、胸に抱えていた荷物をそっと床に置いた。
その中には、研究所から回収した書物がぎっしり詰まっている。
「……さすがにやばかった」
真弓が息を吐き、銃をホルスターに戻す。
「あれでA級とか、やばいよな……なんだんだよ、あいつ……」
「あれでA級なのか……」
「ああ、イチカが言うにはギルドでも指名手配中だってさ」
「ねえ、もう1人いたけどあれってさ……」
「なんらかの組織、なんだろうな」
「言うな、思い出すだけで胃が痛ぇ……」
武虎が眉間を押さえた。
直哉は深く息を吸い、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。
そのとき、共有スペースの奥から足音が近づいてきた。
「お帰りなさい。
……随分と、ひどい顔をしていますね」
田所だった。
「何があったのですか?」
直哉は椅子に腰を下ろし、喉の奥に残るざらつきを押し込むようにして言葉を探した。
そして、ゆっくりと語り始めた。
コル・フェルム高地の魔素異常。
ムカデの大移動。
奇形化したダイア・ウルフ。
ワイバーンの共食い。
研究所の発見。
そして――オクタヴィアと、終極融合。
田所は一度も口を挟まず、ただ静かに聞き続けた。
話が終わる頃には、共有スペースの空気が重く沈んでいた。
「……なるほど」
田所は深く息を吐き、眼鏡の位置を直した。
「想像以上に深刻ですね。
魔素の乱れは自然現象ではなく、人為的なもの……それも、かなり悪質な」
「悪質どころじゃねぇよ」
武虎が吐き捨てるように言う。
「ありゃもう、狂ってる。
あんなもん作って何が楽しいんだよ」
「……あいつ、まだ生きてるよね」
陽平が不安げに言う。
「研究所、崩れてたけど……あれくらいじゃ死なないよね」
「死なないでしょうね」
田所は即答した。
「A級指名手配犯というのは、そういう存在です。
我々も外出する手前、そういった情報を集めていますが、A級以上は化け物だらけです」
直哉は拳を握った。
あの狂気の笑み、異形の腕、ゴキブリ脚の軌道、そして最後の怒り――どれも忘れられない。
「……でも、今は戻ってこれた。それで十分だろ」
武虎が肩を回しながら言う。
「次にどうするかは、それから考えりゃいい」
「そうですな。まずは休息が必要ですぞ」
ヤスが頷き、荷物を抱え直した。
「書物の整理もありますし、転移門の解析も続けたいところですが……今日は無理ですな」
「うん、今日はもう無理」
真弓が椅子に沈み込み、天井を見上げた。
「寝る。絶対寝る。
夢に出てきたら泣く」
「俺も寝る……」
陽平も同じように椅子に沈む。
直哉は立ち上がり、深く伸びをした。
背中の筋肉がぎしぎしと音を立てるように痛む。
田所は穏やかに頷いた。
「皆さん、本当にお疲れさまでした。
無事に戻ってきてくれて、何よりです」
その言葉に、直哉は少しだけ肩の力が抜けた。
共有スペースを出ると、廊下の空気がひんやりと肌に触れた。
戦闘の熱がまだ体に残っているせいか、その冷たさが妙に心地よかった。
「……なあ」
武虎がぽつりと呟く。
「研究所、どうするよ?」
「行くよ」
直哉は迷わず答えた。
「転移門がある限り、放っておけない。あのままじゃ、もっとひどいことになる」
「だよな」
武虎は小さく笑った。
「まあ、次はもっと準備していこうぜ。あの野郎、絶対ぶっ倒す」
「うん……次は負けない」
陽平が拳を握る。
「拙者も秘密道具を増やしておきますぞ」
ヤスが胸を張る。
「……私は、もうちょっと火力上げるわ」
真弓がぼそりと言った。
直哉は仲間たちの顔を見て、自然と笑みがこぼれた。
「よし、じゃあ今日は寝よう。明日からまた考えよう」
5人はそれぞれの部屋へ向かい、静かな廊下に足音だけが響いた。
戦いは終わっていない。
むしろ、始まったばかりだ。
だが――今だけは、休んでいい。
そう思いながら、直哉は自室の扉を開けた。




