第168話 研究所 ― 崩れゆく戦場
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ズルズルと転移門から這い出てきた異形のそれは、人の形をした巨大な歪みだった。
3メートルほどの体は太く猛々しい。
長すぎる腕は膝を越えて垂れ下がり、指先は巨大な杭のように尖っている。
胸は外側へ裂けるように開き、その隙間から無数の動くめく影が覗いている。
内側のそれは外にでようと藻掻き苦しんでいるようだ。
歪んだ頭部には鋭い耳と、乾いた歯を剥き出しにした顔。
細い目は焦点が合わず、それでも確実にこちらを捉えている。
不気味なのは気配だ。
外側の巨体だけではなく、胸の中のそれらも、この世の全てを恨むような怨念を吐き出している。
直哉は思わず半歩引いていた。
「くそ、1人でもやっかいなのに追加かよ……」
隣で武虎も、陽平も、真弓も、その異形をただただ見ていた。
内側のそれが、出ようとするたびに、巨体の輪郭がわずかに歪む。
* * *
「うふふ、さあ、吸収しておしまい――」
その言葉の途中で、アマルガムの巨体が足元の床ごと踏み潰す勢いで前へ出ると、構えも予備動作もなく、そのまま質量を叩きつけるようにしてオクタヴィアへ襲いかかった。
「……は?」
理解が追いつくより早く、蹴りが顔面に炸裂する。
遅れて衝撃が膨れ上がると同時に空気が押し潰されるように爆ぜ、床を砕く音よりも先に圧だけで周囲が持っていかれる。
ドゴォンッ!!
オクタヴィアの身体が弾かれるように吹き飛び、受け身を取る間もなく床を削りながら何度も跳ね、そのまま壁際まで叩きつけられてようやく止まる。
「……っ」
わずかに息が詰まる。
だが、その停止すら許されない。
アマルガムは止まらない。
胸部に押し込められた魂が一斉に蠢き、叫び声のような振動が空間を揺らす中で、次の一撃がすでに振り下ろされようとしていた。
巨大な質量が、そのまま落ちてくる。
「ご主人様に向って、どういうことよ!」
反射的に身体が動き、オクタヴィアの脚が床と壁を同時に叩いて強引に軌道を変える。
その直後――
ドォォンッ!!
ついさっきまでいた位置が、床ごと抉り取られる。
「……ッ!」
軽い回避では済まない。
“受け流す”余裕はない。
これは避け損ねた瞬間に終わる。
「この……出来損ないッ!!」
怒声とともにゴキブリ脚が弾ける。
カサッ、と音を散らしながら壁、天井と連続して跳び、これまでとは明らかに違う強引さで間合いを詰めると、そのまま巨腕を振り抜く。
ドンッ!!
アマルガムの身体がわずかに後ろへずれるが――
止まらない。
衝撃を受けても体勢を崩すことなく、そのまま次の動きを取る。
取る胸部の魂がさらに暴れ、内部から押し広げるように蠢き、その影響で動きそのものが歪みながらも、むしろ勢いを増していく。
振り上げ、叩き落とし、踏み潰し。
そのすべてが、技ではなく“質量の暴力”として成立している。
オクタヴィアがそれをいなし切れない。
真正面から受ける、弾く、回避する。
いずれも“余裕を残す動き”ではなく、ただ次の一撃に繋げるための最低限の処理に変わっている。
そして、その衝突が積み重なるたびに――
ドゴォン!!
ベキィッ!!
研究所が軋む。
壁に走る亀裂が一気に広がり、天井の支持構造が悲鳴を上げる。
吊り下げられていた配管が次々と外れ、培養槽の残骸が崩れ落ちる。
さらに一撃。
ドォォンッ!!
床が抜ける。
その下層まで巻き込んで崩れ、空洞が露出し、研究所全体が傾く。
空間そのものが耐えきれず、研究所は崩落寸前だ。
ヤスはそこを見逃さなかった。
「ナオヤ氏、今ですぞ!!」
その声と同時に、イチカが反応する。
(『転移門、展開開始』)
空間が歪み、転移門が開く。
その背後では、さらに衝突が重なる。
オクタヴィアがアマルガムを押し返し、逆に叩き込むが、その直後には巨体が崩れるように重なり、再び押し潰される。
完全に拮抗している。
いや――違う。
“制御できていない”分、アマルガムの方が厄介だ。
「みんな早く!!」
直哉が叫ぶ。
迷う理由はない、全員が一斉に動く。
「待ちなさいッ!!」
オクタヴィアの声が飛ぶ。
だがその声は、直哉たちへ向けながらも、同時にアマルガムへ意識を割かれている。
次の瞬間、巨腕が横から叩き込まれ、再びその身体を押し潰す。
「逃げるなんて卑怯よ!!」
叫びが響くが、直哉たちを追う余裕はない。
「勝手にやってろ、バーカ!」
「じゃあな、このキモ筋肉虫!」
「さらばでござる! 二度と会いたくないでござる!!」
叫びと同時に、5人は振り返らずゲートへ飛び込んだ。
背後で、研究所の構造が完全に限界を迎えた。
ドォォォォン!!
崩壊音と衝突音が混ざり合い、空間全体が沈むように崩れ落ちる。
その音を最後に、視界が反転した。




