第167話 研究所 ― 合成獣
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
「……くそ、あんな攻撃どうやって避ければ!」
(『直哉、解析完了です』)
(イチカ!?)
(『今の攻撃――キャビテーションに似た現象を強制的に発生させています。
衝撃そのものではなく、空間圧縮による破壊です』)
(はぁ!? じゃあどう止めるんだよ!)
(『あれは魔素による攻撃ではなく、物理現象です。
つまり、物理現象であれば……』)
(ゼロで止められるってわけだ!)
(『その通りです。
時穿つ瞳・ゼロで攻撃の進路上の空間の分子を止めれば、圧縮現象そのものを停止させられます』)
(でも進路上……って、軌道が読めねえだろ、あんなの)
壁を破った余波すら残る空間は、どこが狙われるかすら分からない。
一瞬のズレで即死だ。
だが――
(『お任せください、タイミングはこちらで指定します』)
(まじか、さすがイチカ!)
(『あの攻撃自体は、緩急のない一定のリズムで放たれています。
放出のタイミングを分析することは容易です』)
(わかった、頼むぜ!)
思考を切り替える。
考えるのは1つ――“撃つ瞬間”だけ。
* * *
「まだまだぁ! 顕装参式――沙羯羅!!」
陽平の声と同時に、水の精霊から水蛇が噴き出す。
そのまま全員の身体へ絡みつくと、水蛇の鱗が体を覆いスゥっと消える。
水蛇のバフにより、身体強化がさらに強化され、重くなっていた踏み込みが軽くなり、わずかな遅れが埋まる。
「これなら!」
「ああ、いくぞ!!」
3人が同時に踏み込む。
武虎の拳を軸に、陽平の斬撃と直哉の打撃が重なるように軌道を組み、逃げ場を削る形で包囲する動きは完全に噛み合っていた。
だが、カサッ、と乾いた音が横に跳ねた瞬間、その前提が崩れる。
オクタヴィアの脚は床を弾いたかと思えば壁に移り、そのまま天井へと連続して接地を変えていくため、さっきまで収束していた攻撃の焦点が自然とずれ、打点だけが残される。
「捕まえろッ!!」
直哉の一撃がそこを叩き、すぐさま武虎が踏み込みを深める。
「断裂猛襲ッ!!」
拳にまとった黒い魔素が叩き込まれた瞬間、衝撃が爆ぜて床が砕けるが、その手応えは骨を砕くそれではなく、内部に届く前に滑ったような鈍さに変わる。
竜鱗がわずかに歪むことで衝撃が逃がされ、肉に届く前に力が抜ける。
それでも完全には防げないのか、肩口に血が滲んだ。
「せいッ!」
陽平の斬撃がそこを裂く。確かに通った。
だが、そのまま連撃へ繋ぐ前にゴキブリ脚が弾け、今度は天井から斜めへ滑り落ちるように位置を変え、3人の背後に回り込む。
「後ろだ!」
振り返るより早く、巨人の腕が振り上がる。
かわしたはずだった。
だが、振り抜かれた瞬間に空気そのものが押し潰されるような圧になって広がり、距離を取っていたはずの直哉たちの身体まで持っていかれる。
ドゴォンッ!!
床が割れ、衝撃で体勢が崩れる。
「っ……!」
腕、肩、脇腹――防御がずれた分だけ削られる。
浅いダメージが積み重なっていく。
その間にも、オクタヴィアのゴキブリ脚は止まらない。
接地した瞬間に跳ね、次の足場へ移り、角度を変え続けるため、狙いを置く時間が存在しない。
「落ちろ、このキモ筋肉虫が……!」
真弓が距離を取りつつ引き金を引く。
ドンドンドンッ!!
撃ち込まれた弾は、移動先を先読みするように空間を押さえる位置に入り、行動を制限するはずだった。
しかし弾が到達する直前に急制動をかけるせいで、当たりはするものの深く入らない。
竜鱗を滑り、威力が抜ける。
「くそがっ……ッ!」
それでも真弓は止めない。
直哉たちの攻撃と重ねる形で撃ち続け、角度を狭める。
実際、オクタヴィアの体には傷が増え、血が流れている。
削れている。
だが、その動きは止まらない。
「いいわねぇ、ちゃんと当ててくるじゃない」
軽く腕を振り、血を散らす。
「でも――軽いのよ」
ゴキブリ脚がざわりと広がり、次の跳躍の気配を見せた瞬間、3人の視界から消える。
そのまま横を掠めるように巨腕が振り抜かれ、回避したはずの直哉の身体が圧で弾かれる。
ドォンッ!!
息が詰まる。
攻撃は届いているのに、それ以上に削られている。
このままでは持たない。
「……はぁ、はぁ……」
真弓が息を吐き、銃口を下げずに言う。
「なぁ、てめぇ……てめぇの能力、あの培養槽がなくなったらどうなんだ、あ?」
オクタヴィアの視線が一瞬向く。
「さあ、どうなるんでしょうね」
軽く返すが、そのまま右腕をこちらへ向ける。
「ただ――どうなるとしても、それを私が許すと思うかしら?」
空気が張り詰める。
オクタヴィアが右腕をゆっくりと前に向けた瞬間、その動きとは不釣り合いなほど静かな空気が場に落ちた。
同時に、前腕の形が目に見えて変わり始めた。
筋肉が収縮するのではなく、内側へ押し込まれるように密度を増し、肘から先だけが異様に詰まり、詰め込まれるように凝縮していく。
キリ……キリキリ……と、何かが締まるような音が響く。
「……っ」
直哉の足が止まる。
「来るぞ……!」
誰の声か分からない叫びが飛ぶ。
だが、真弓の回避のための動きが間に合う前に――
ピチュン、と、さっきと同じ音がもう一度鳴った。
* * *
「真弓!!」
(『直哉』)
イチカの声に、反射で動く。
「時穿つ瞳……」
直哉の左目に幾何学模様が浮かび、燐光が瞬く。
世界が粘性を帯び、水底のように重く遅くなる。
それに合わせてイチカの識界が広がる。
(『今です!』)
「ゼロ!!」
指定された空間の分子が止まる。
そして衝撃波がそこを通過する瞬間、霧散した。
――爆発は来ない。
衝撃も、遅れてくる圧も。
ただ、そこにあった破壊だけが消えていた。
「……え」
一瞬、全員の思考が止まる。
その隙に。
「さすがナオヤ氏ですぞ!」
ヤスがそれに合わせて、煙幕弾をばら撒く。
「何、今さら煙幕なんて……?」
(ふひひひ、煙幕は目隠し、本命はこちらです!)
「映すんデス起動でござる!」
ヤスの声が響き、ばら撒かれていたドローンを同時に起動する。
煙で充満していく中、ドローンが精巧な崩落シーンの幻を研究所全体に描いた。
天井も壁も一斉に崩れ落ちる幻が流れ込む。
「なっ、天井が!?」
オクタヴィアの視線が逸れた、その一瞬。
「マユミ氏!」
「任せろッ!!」
ズドォン!!
魔弾が撃ち込まれ、培養槽が連鎖的に砕ける。
ガラスと液体が飛び散り、中身が崩れる。
「……ッ」
空気が変わる。
「きーーーーーーッ!!」
オクタヴィアの叫びが響く。
「よくも私のかわい子ちゃん達を!! 殺す、殺す、殺すわ!!」
膨れ上がる怒気。
しかし、次の瞬間には呼吸を整え、張り付けたような笑みを浮べる。
「……だめね。もういいわ」
その目が冷える。
「あなたたちを私のかわい子ちゃんにして、目出てあげようと思ったけど、もう止めたわ。
永劫の苦しみを与えて、あ・げ・る」
腕を広げる。
「うふふ、ちょうど脳が足りなかったの。
あなたたちで完成させましょう」
空間が歪む。
「さぁ、お遊びなさい。終極融合」
培養槽の中身がすべて消え、転移門が不規則に明滅する。
その奥から押し出されるように現れたのは、無数の肉が継ぎ合わされた異形だ。
その胸には複数の魂が封じられ、押し合いながら叫び続けていた。
「うふふ、美しい……これこそ究極の美よ!」




