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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
亡霊と声

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第166話 研究所 ― 合骸《ごうがい》のバルグ

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

ゴゥッ――!!


空気が裂け、その破断音が遅れて押し寄せた直後、オクタヴィアの身体はすでに間合いを潰していた。

視界に映った時には、もう距離がない。


「させるかよッ!!」

武虎が地を踏み抜く。

断裂猛襲(ブレイクアサルト)を全開にし、黒い魔素をまとわせた拳を真正面から叩き込む。


ドォンッ!!!


衝撃とともに空気が爆ぜ、石畳がめくれ上がって四方に跳ねた。


「……あら」

衝突の中心で、オクタヴィアが目を細める。

武虎の断裂猛襲(ブレイクアサルト)を受けながらも、体勢は崩れていない。

その視線には明らかな興味と愉悦が宿っていた。


「黒いオーラ……あなた、“滅陣”が使えるのね。珍しいわ」

ぬるりと舌が唇を舐める。

その仕草が合図のように――3人が同時に動いた。


武虎の背後から陽平の難陀(なんだ)が滑り込み、水蛇がしなるように死角から襲いかかる。

同時に武虎が踏み込んで挟み撃ちにした。

通常なら逃げ場はない、完成された連携だった。


だが。


「遅いわよ」

オクタヴィアは回避しない。

肩をほんの僅かに回し、腰をわずかに傾ける。

それだけで打撃の軌道が外れ、水蛇は空を滑り、武虎の拳も数センチずれて通過する。


「なっ――!?」


次の瞬間、軽く触れられた。

トン、と。

それだけで武虎の重心がずれ、拳の通り道そのものが崩れる。

力を防いだわけでも、止めたわけでもない。

ただ“当たらない形”に修正された。


その綻びを拾うように、オクタヴィアは滑るように懐を抜ける。

体勢を大きく動かすこともなく、重心の移動だけで2人の背後へ抜けていた。


「そこだ!」

だが直哉は読み切っている。

蜻蛉飛び(フリップ・ターン)で角度をずらし、ほぼ同時に振り抜いたバットを叩き込む。


ズドン、と確かな手応えが伝わる。


しかし。

「惜しいわね」


正面で受けてはいない。

わずかに体を捻ることで打点を殺し、衝撃を逃がしている。

入ったはずの一撃は致命傷に届かず、ただ流された。


空いた脇へ肘が滑り込む――その瞬間、


「全員散れッ!!」

真弓の声が割り込んだ。


同時に、ドンドンドンッ!!!と砕陣弾が連続で発射され、爆ぜる光がオクタヴィアの視界を埋める。

だが、その攻撃が着弾する寸前――


異質融合(バイオ・グラフト)

オクタヴィアの姿が一瞬にして姿が消えた。


「なっ――どこだ!?」

「こっちよ」


振り向くと、壁にカチチチチチチッ、と細かな音を立てながら張り付く異形の姿。

腰から伸びた六本の脚が、秒単位で震え、空間を掴むように壁面へ食い込んでいる。


黒光りするゴキブリのような脚。

細く、長く、節だらけで、一本一本が独立して動いている。


その表面は、びっしりと剛毛に覆われていた。

細く鋭い毛が密集し、照明を受けてぬらりと光る。

それがザワッと揺れ、空気そのものを撫でるように震えている。


「うわ……っ」

陽平の声が引きつる。


「うふふ、便利でしょう?」

オクタヴィアが笑う。


「きもっ……!」

真弓が吐き捨てた瞬間、脚が跳ねた。


バチンッ――ドンッ。

床から天井へ、そこから側面へ、接地というより“噛み付く”ような感触で連続移動し、軌道を無秩序に折り曲げていく。


「くそっ……軌道が読めねぇ!!」

三次元的な動きに急制動。


「うふふ……」

ぞくり、とする笑み。

「――捕まえられるかしら?」

無軌道で、だからこそ、捕まらない。


* * *


「いいねえ、追いかけっこかよ、落ちろよ虫けらぁ!」


ドンッドンッ!!


真弓が魔弾(デッドリー・ロック)を2発放つ。

魔弾(デッドリー・ロック)は途中でギュンと軌道を変え、左右から挟み込むように収束していく。


それと同時に3人も動く。

直哉が進路を制限し、武虎が圧をかけ、陽平が死角を潰す。


だがオクタヴィアはゴキブリ脚を弾いて壁へ跳び、そのまま壁へ跳ね上がり、さらに天井へ移ることで攻撃の焦点からわずかに外れ続け、直哉たちが組んだ包囲の中心から滑るように抜けていく。


「――プチッと潰れろ、キモ筋肉(マッチョ)虫が!」

真弓が間髪入れずさらに撃つ。

放たれた魔弾(デッドリー・ロック)が軌道を変えながら収束し、逃げ道ごと封じるように空間を囲い込む。


だが。

「甘いわよ」

カサカサッという音が跳ね、脚が接地した瞬間にはすでに別の面へ移っている。

そのわずかなずれが積み重なり、弾幕の中にありながら捕まらない。


「砕陣ッ!!」

赤い魔素で強化された一撃がオクタヴィアの逃げ場を潰す。

更に横から差し込んだ水刃が、わずかに残った隙間さえ逃がさず押し潰す。


ガンッ、ギィンッと手応えはある。

確かに当たっている。


だが次の瞬間にはゴキブリ脚が弾け、床から壁、壁から天井へと連続して位置が変わることで、深く入る前に打点が抜けてしまう。


「逃がすかよッ!!」

真弓が魔弾(デッドリー・ロック)を増やし空間そのものを押さえ込む。


6発、そして8発。


弾は点から面へと変わり、逃げ道を削る。

直哉が踏み込み、武虎が合わせ、陽平がその外側を塞ぐ。

連携は完璧だ。


攻撃が当たる。

血も出る。


しかし致命には届かない。


「いいわね。でも――まだ軽い」

オクタヴィアは笑いながら姿勢を落とし、急激に軌道を折り返すことで弾道を振り切り、かわしきれなかった攻撃だけを竜鱗に当てて滑らせ、威力そのものを逃がす。


「追加だッ!!」

さらに重ねられた魔弾(デッドリー・ロック)が10発、12発と増え、逃げ道を残さない形で包囲が完成する。


「逃げ場はねえぜ!!」

完全に囲ったはずだった。


だが――

ゴキブリ脚がカサカサと急制動をかけながら、そのままねじれるように軌道を外し、囲い込まれた内側から位置そのものをずらす。


ほんのわずかなズレ。

それだけで、射線も打撃も噛み合わなくなる。


「全部持ってけぇ!!」


14、15、そして16発。

空間が完全に埋まる。

未来位置まで封鎖され、誰もが仕留めたと確信する。


「いいわね、それ」

オクタヴィアが笑い、ゴキブリ脚による超高速移動を繰り出す。


それでも魔弾(デッドリー・ロック)は追う。


逃げ場はない――はずだった。


「うふふふふ」


脚がざわりと広がり、剛毛が逆立つ。

次の瞬間、脚が一斉に弾け、床・壁・天井を同時に蹴った反動を繋ぐことで身体が滑るように外れ、弾幕の中心から抜け出す。


叩き込まれた打撃と斬撃が重なるが、そのすべてが掠めるにとどまり、致命に至る角度だけが削られていく。

残ったのは、浅い傷だけだった。


「……っ!?」

真弓の息が詰まる。


オクタヴィアは頬の血をなぞり、くすりと笑った。

「16発、全部同時制御……いいじゃない」


そのままゆっくりと姿勢を整える。

「でもね、数を増やしただけじゃ当たらないのよ」


ゴキブリ脚がざわりと広がる。

依然、支配しているのはあちらだった。


* * *


いつの間にか、真弓の魔弾(デッドリー・ロック)も効果を失っていた。


「いい連携だったわ」

その声と同時に、空気が沈んだ。

ほんの僅かだが、全員が同時に感じ取る異質な圧。


「うふふ……久々に血沸き肉躍るわ。楽しいわね」

軽く肩を回しながら、オクタヴィアは笑った。


その体には確かにいくつかの切り傷が走っている。

だが出血は浅く、動きに一切の鈍りは見られない。

直哉たちの攻撃は確かに“届いてはいる”――それでも決定打にはなっていなかった。


理由は明確だった。


竜鱗。


打撃の衝撃を受け流し、貫通力を削ぎ、ダメージのほとんどを殺している。

その上であの脚だ。


ゴキブリのように三次元を這い回る機動力と、巨人の腕による圧倒的な膂力が同時に成立している以上、一撃を通す難易度は異常なまでに高い。


「……はぁ、はぁ……」

対して、直哉たちは明らかに消耗していた。


呼吸が浅くなり、踏み込みの精度もわずかに落ちている。

連携そのものは維持しているが、それを支える体力が確実に削られていた。


その差を見て、オクタヴィアはくすりと笑う。

「なかなかの健闘っぷりだけど……そろそろネタ切れかしら?」


わずかに首を傾げる。

そして、その表情のまま。

「うふふ、地獄を見せてあ・げ・る。

起きなさい、異質融合(バイオ・グラフト)


ミシ……ミシ、と音が鳴る。

右腕、その前腕部が、内側から潰れるように歪みはじめた。


筋肉が収縮しているのではない。

むしろ削ぎ落とされるようにして体積が圧縮され、骨格ごと内部へ潜り込んでいく。

前腕は短く折り畳まれ、その代わりに肘から先だけが異様な密度で肥大していく。


ズリュ、と皮膚が裂けた。


そこから現れたのは甲殻。

分厚く、滑らかで、光を鈍く歪ませる外殻が、まるで機械のように前腕を覆っていく。


関節はほとんど動かない。

可動域を捨て、機能を一点へ収束させるために固定されているのだ。


「うふふ……これは、なんでしょう?」

オクタヴィアが腕を軽く掲げる。


構えとは呼べないほど自然な動作。

余計に、嫌な予感だけが膨らむ。

誰も答えない。


「正解は――」


その言葉と同時に、何かが、弾けた。


ピチュン、という小さな音。


その直後、ほんの一拍遅れて。


ドォォォォンッ!!!!!!と爆発音が空間を叩き潰した。


「――ッ!?」


衝撃が、遅れて襲う。

直哉の身体が横へ弾き飛ばされる。


殴られたわけではない。

触れてもいない。


それでも、空気そのものが圧縮されて叩きつけられたような衝撃が肺を潰し、体を吹き飛ばす。


ドガッ、と床に叩きつけられ、呼吸が奪われる。

視界の端で、壁が崩れているのが見えた。

内側から弾け飛んだように、構造だけが崩壊している。


「……なんだ、今の……!?」

武虎が唸る。


その声に、オクタヴィアは楽しそうに笑った。

「オドントダクティルスの腕よ」

軽く、言う。


「すごいでしょ? 威力が強すぎて、もう大・興・奮」

キリキリ、と音を立てながら、伸びきった構造が元の位置へ戻っていく。

圧縮されていた構造が解放され、再び“次の一撃”を準備する形へと整っていく。


カチン。

再びロック。

その音が、やけに大きく響いた。


「私のお気に入りよ」

くすりと笑う。


ゆっくり、一歩踏み出す。

ゴキブリの脚がざわりと広がり、どこにでも飛び掛かれる様相を見せる。


逃げ場が、消える。


「うふふ……」

唇が歪む。

「次は当てちゃうわよ」


ほんのわずかに構えを傾ける。

それだけで、空間全体に圧がかかる。


「逃げられるかしら?」

その言葉と同時に、戦場の空気が一段と重く沈んだ。

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