第159話 奪われた水
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
宿泊した国境の街ゴルタを出て1時間ほど走った頃、直哉たちは進むんデスをゆっくり止めた。
街道の先に――人の列があった。
5人、10人……さらに後続が続き、ゆっくりと列が伸びていく。
杖をつく老人。
小さな子の手を引く母親。
背中に明らかに重すぎる荷物を背負った若い男。
全員が同じ方向――ゴルタへ向かって歩いていた。
「……なんだ、あれ」
武虎が呟く。
直哉はホバーを降り、列の端を歩く老人に近づいた。
「すみません、どこから来たんですか?」
老人は足を止め、直哉を見た。
落ち窪んだ目。こけた頬。
長い旅路の疲れがそのまま刻まれている。
「東の村だ……もう帰れんよ」
「帰れない、というのは?」
老人はしばらく黙り、ゆっくり口を開いた。
「水が、水が無くなってもうての……」
* * *
老人の名はガレット。
歩きながら話を聞くと、少しずつ事情を語ってくれた。
ヴァルク村は街道から外れた小さな村だ。
帝国時代から続く古い村で、川の支流を引いた水路で農業をしていた。
だが2ヶ月前――
その水路が突然、干上がった。
「最初は雨が少ないせいかと思っとった。
じゃが川の本流は流れている。
水路だけが、ぴたりと止まっての」
上流を調べに行った若者が2日後に戻ってきた。
顔を青ざめさせて。
「取水口が塞がれていたと言うんじゃ。
石と土で、完全に埋められていた。
しかも取水口のそばに男たちがいて……近づいたら剣を向けられたとな」
「盗賊か」
武虎が言う。
「わからんよ……」
老人は首を振った。
村長が話を聞きに行ったが、3日後に傷だらけで戻ってきた。
何も言わず、ただ項垂れるだけだった。
井戸の水だけでは足りない。
畑に水が引けず、作物が枯れ始めた。
「1ヶ月で、半分の家が出ていったもうた。
残った者も、食料が尽きれば出るしかない。
儂もそうじゃ」
老人は前を向いたまま歩き続けた。
「70年住んだ村なんじゃがな……」
直哉は言葉を失った。
陽平は唇を噛み、武虎は腕を組んだまま黙っている。
* * *
その後も、街道にはぽつぽつと人が続いていた。
疲れ切った顔。
足を引きずる者。
荷車を押しているが、中身がほとんどない者。
2時間ほど進むと、川に差し掛かった。
地図では橋があるはずだったが――橋はなかった。
橋台だけが両岸に残り、切断された石柱が水面から突き出している。
代わりに、太い丸太が数本、辛うじて渡れる幅で並べられていた。
「……壊されたのか」
直哉が呟く。
川岸の小屋に、老いた男が座っていた。
渡しの管理人らしい。
「通るんか?」
「橋が落ちてるんですね。いつからですか?」
老人は遠くを見るように言った。
「去年の秋だ。
夜中に石を叩くような音がしてね。
朝になったら橋がなくなってたよ、ははは……」
「誰が?」
武虎が訊く。
「わからん。
だが、橋が無くなったせいで荷馬車が来れんくなった。
大きな荷馬車はこの渡しを通れんだろ。
行商人が来なくなって、物が入ってこんなってな……」
修復の話は何度も出たが、金も人手もない。
連邦に頼もうとしたが、旧帝国領だから管轄外だと言われた。
陽平が水面を見ながら静かに言った。
「橋を壊せば荷馬車が来られなくなる。
荷馬車が来なければ物が入らない。
物が入らなければ、街は弱る。
そしてそれに乗じるってことか……」
「やるせねぇな、ちくしょう」
武虎の声が低くなる。
* * *
渡しを越えてさらに1時間。
次の村落に差し掛かったとき、直哉は異変に気づいた。
村の入口に人だかり。
老人や女性が多い。
輪になって、中心の誰かに向かって声を上げている。
「お願いします、あと3日だけ……!」
「子供が熱を出してるんです、水を……」
「昨日から何も飲んでない者が……!」
輪の中心にいたのは、30代の革鎧の男だ。
腕を組み、村人の訴えを聞くでもなく聞くでもなく、愉悦に浸った目をしている。
背後には剣を提げた仲間が2人。
「決まりは決まりだ」
男が言った。
「銀貨10枚、前払い。
払えなきゃ使えない。
それだけだ」
「10枚なんて……!」
「なければ諦めろ」
男は仲間に何か言い、3人が笑った。
直哉がホバーを止めた瞬間、陽平が村の端にいた少年に小声で訊く。
「何があったの?」
少年は怯えた目で答えた。
「あの人たちが、川の上流の取水口を塞いでるんだ。
使いたかったら金を払えって……ずっと前から。
今日、村長さんが払えないって言ったから……」
少年はそれ以上言えなかった。
直哉が男たちを見ると――
武虎がすでに前に出ていた。
「ちょっといいか」
男が振り返る。
「なんだ手前ぇらは。見ない顔だな
この村のやつら以外は関係ねえ、さっさと行きな」
「関係ある」
武虎の声は静かだった。
だが、その静けさが逆に重い。
「水はみんなのモンだろ。
お前らの勝手で値段をつけるんじゃねえよ」
男が舌打ちした。
「あ? 何言ってやがる、水利権だ水利権!
ここいらはな、俺たちが収めてるんだ。
こいつらはそれで安全に暮せてる。
金を払うのは当然だろうが!」
「収めてる?
奪ってるの間違いじゃねえのか」
武虎は拳を鳴らしながら一歩前に出た。
男の顔色が変わった。
* * *
戦闘は短かった。
3人では相手にならなかった。
武虎が2人をまとめて地面に転がし、
残りの1人は真弓の魔弾が足元を砕いた瞬間に腰を抜かした。
それだけだった。
縛り上げた3人を村の端に置き、直哉は村人たちに向き直る。
「水は……上流に行けば使えるようになりますか?」
長老らしい老女が頷いた。
「取水口さえ開ければ。
でも、あそこには他にも仲間がいて……」
「わかりました」
直哉は陽平とヤスを見る。
「場所を教えてください。
明日、話し合いに行きます」
老女は直哉をじっと見つめ、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その声を聞いた瞬間、直哉は奥歯を噛みしめた。
礼を言われること自体は、何度も経験している。
依頼をこなして、感謝される。
それがギルドの仕事で――それで終わる話のはずだ。
なのに。
胸の奥が、妙にざらついた。
素直に受け取る気になれない。
(ありがとう、って言わせてる時点でおかしいだろ)
水を飲めずに熱を出した子供。
村を捨てるしかなかった老人。
橋を壊されて、何も届かなくなった街。
それ全部が、誰かの都合で、誰かの金のために切り捨てられている。
直哉は川の上流を睨むように見た。
水路を塞いでいる連中が、その先にいる。
守っているつもりなのか。
収めているつもりなのか。
ふざけるな――奪っているだけじゃないか!
「ヤス」
声に、自然と棘が混じった。
「上流の地形を調べてくれ。
水路を塞いでる連中が、どういう場所に陣取ってるか」
「お任せください」
ヤスの即答に、直哉は一度だけ頷く。
「……明日の朝だ。
話が通じる相手かどうか、確かめに行く」
夕暮れの赤い光が、旧帝国領の荒れた大地を焼くように染めていた。
直哉の胸の内も、それと同じ色をしていた。




