第158話 旧帝国領
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私にガソリンをください!!
荒れはじめた大地の向こうに、旧帝国領との国境が目の前に広がっていた。
「出発から2日半。思ったより早かったですな」
ヤスが進むんデスから降り、背中を伸ばす。
ラグナからカルネアまでは転移で一瞬。
そこからホバーを連結して街道を走り続けた。
馬車なら15日かかる距離を、2日半で駆け抜けたのは――
時速60キロで休まず走れる進むんデスの力が大きい。
道中、3つの街を通り過ぎた。
最初の街は連邦の首都グラナード・セントラルだ。
連邦で最大の規模で、皆その様相に「でけぇ……」と同時に呟いていた。
残りの2つはこぢんまりしていたが、石畳が整い、宿もある。
街を通るたび、イチカが周囲の地形と建物を淡々と記録していった。
『これで転移可能地点が3つ増えました。
グラナート・セントラル、ヴェルタ、ドルマ。
今までのものも合わせて、カルネアと合わせて7地点、緊急時はいずれかに飛べます』
「助かるよ、イチカ」
そして今、国境に到着した。
「んじゃ、国境渡って、目指せ街だな」
直哉は国境の方へ視線を向けた。
連邦側にはなかった、乾いた重さが空気に漂っている。
土の匂いが違う。
草の色も、空の青も、どこか煤けた色に感じるのは気のせいだろうか。
* * *
街道いっぱいに柵が張られ、石造りの詰所が左右に建つ。
鎧姿の兵士が4人、こちらへ歩いてきた。
表情は硬く、手は剣の柄に近い。
「止まれ。身分証と荷物の確認だ」
直哉たちがホバーから降りると、兵士は全員をじろりと見渡し、
視線がホバーで止まった。
「……その乗り物は?」
「魔道具です。旅の移動用でして」
ヤスが落ち着いた声で答える。
「見たことがないな」
「最近できたものなので」
兵士は返事をせず、荷物を開けさせて中を確認した。
武器、食料、魔石――1つずつ丁寧に記録していく。
直哉たちの顔も何度も照合するように見た。
「目的は?」
「コル・フェルム高地の調査です。
ギルドからの依頼でして」
「コル・フェルム高地……」
兵士の顔がわずかに動いた。
何か言いかけて、飲み込む。
「……通過してよし。
ただし、日没後の街道への出入りは禁止だ。
日が沈む前に必ず街の中にいろ。
命令ではなく、身の安全のための忠告だ」
「わかりました」
兵士は最後にもう1度、全員の顔を見た。
「気を付けろよ」
柵が開いた。
(国境を通過しやすくするために、ギルドからの依頼にしてくれた田所さんに感謝だな)
* * *
そこからさらに進むと、国境の街が見えてきた。
門は、ひと目でわかるほど厳重だった。
高く積まれた石壁。
門の前に立つ兵士は2人だけだが、視線は鋭い。
その脇に置かれた木製の台帳が、やけに存在感を放っている。
「止まってください」
名前、人数、目的。
淡々とした声に従って書き込んでいく。
「連邦から来ました」
そう告げた瞬間、兵士の1人が顔を上げた。
何も言わずに中へ合図を送り、ほどなくもう1人、確認役らしい兵士が現れる。
荷物検査は細かかった。
武器、食料、魔石。
ひとつひとつ手に取られ、戻され、また別の角度から覗き込まれる。
結局、門の前で足止めを食らったまま、10分以上が過ぎていた。
武虎は終始黙っていたが、顎のあたりがわずかに強張っている。
「……丁寧だな」
ぼそりと零した声には、感心よりも引っかかりが混じっていた。
「丁寧というか……疑われてますね、これは」
陽平が、周囲に聞こえないよう小さく言う。
やがて、ようやく門が開いた。
重たい音を立てて開くその隙間の向こうに、街の中が覗く。
直哉は、無意識に1度だけ深く息を吸ってから、進むんデスを動かした。
* * *
中に入ると、空気が変わった。
門の外とは別の意味で。
石造りの家々。
窓に飾られた花。
洗濯物が風に揺れ、子供が走り、老人が日向ぼっこをしている。
穏やかだった。
「……普通の街、だな」
武虎が意外そうに言う。
「はい。なかなか雰囲気がいい街ですな」
だが直哉はすぐに気づいた。
「でも、なんか人少ないよな……」
荷馬車も、行商人も、通りを歩く旅人もいない。
市場に入っても店は開いているのに客が少ない。
店主たちが暇そうに外を眺めている。
そのうちの1人が直哉たちに気づき、顔をほころばせた。
「おや、旅人かい! 久しぶりだねぇ!
どこから来たんだい?」
「グラナート連邦からです」
「連邦から! そりゃまた遠いところから。
何か探してるのかい?」
「コル・フェルム高地の方に用があって」
店主の眉がわずかに動いた。
「コル・フェルム……ねぇ。
まあ、気を付けておくれよ。
宿はあるのかい? 兄弟が宿屋をやっててね、紹介しようか?」
「助かります」
「この先を左に曲がったところに鳥の羽って宿屋さ。
もう70年ぐらいやってる老舗だぜ」
案内された宿の場所を聞き、礼を言うと、店主は嬉しそうに手を振った。
* * *
市場をぶらつきながら宿屋を探していると、直哉たちはすぐに次の声をかけられた。
地図を広げていると、中年の女性が「どこ探してるの?」と立ち止まり、「鳥の羽ね、知ってるよ。ついておいで」と先導してくれた。
宿屋の前まで連れていってくれた女性は、「あんたたち、腹は空いてないかい?
ご飯ならすぐ近くにいい店があるよ」と続けて言った。
「どんな料理があるんですか?」
陽平が訊くと、女性の目が輝いた。
「この辺は煮込み料理が有名でね。
帝国時代から変わらないレシピで作ってるんだよ。
ここの羊の骨付き煮込みは絶品だよ。あとパンが美味しい。
行ってみるといいよ」
ありがとうございます、と頭を下げると、女性はにこにこしながら去っていった。
「……やたら親切だな」
武虎が呟く。
「旅人が珍しいんでしょうね」
真弓が言う。
ヤスが少し考える。
「しかし旅人が少ない、ということは、この街にとっては死活問題かもしれませんぞ。
行商人が来なければ、外の物が入ってこない。
近隣の街との物のやり取りも減ってしまいます。
だから余計に嬉しいのかもしれません」
「……確かに」
紹介された食事処は市場の外れにあった。
「初めてならまず羊の煮込みだ。
あとは黒パン。それだけ頼めばOKだよ。
連邦から来た? じゃあウチの味、驚くと思うよ」
店主のおじさんが胸を張る。
出てきた煮込みは、巨大な陶器の器にたっぷり。
深い色のスープに脂が浮き、骨の周りの肉はとろとろ。
陽平が「うま……」と呟き、武虎は無言でパンを浸した。
その時、隣のテーブルの会話が耳に入った。
「……また西の村が、先月に入れなくなったらしい」
「ああ、あそこも取られたか。
これで3つ目だ」
「このままじゃ、市場に出てくる食料も減るぞ」
「減ってる。
ここ半年でもう2割は減った。
農村から荷馬車が来なくなったからな」
「衛兵は動かないのか?」
「動けないんだろ。
あいつらも少ない人数でやってるんだ。
残党の連中は山の中に逃げ込むから、追えないんだよ」
「……子供が生まれたから、別の街に引っ越そうと思ってたんだが」
「やめとけ。今は危ない」
1人が苦い顔で言った。
「やめとけ。
今、街の外に出るのは危ない」
直哉はスープを飲みながら、その話を聞いていた。
街の人は優しい。
声をかけてくれる。
旅人が来たことを本当に喜んでくれる。
でも――
街自体は穏やかに死んでいくみたいな感じだ。
おそらく田所が言っていた野盗が原因なんだろう。
国境付近でこれなら、中央はどれだけ酷いのかと想像してしまう。
「……なんか、やるせないですね」
誰も返事をしなかった。
武虎がパンをちぎる手を止め、遠くを見る。
直哉は器の底に残ったスープを見つめた。
街は穏やかだった。
人も優しかった。
だからこそ――
その優しさの外にある現実が、重い気がした。




