第157話 出発の時
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翌朝。
JPギルドの広間に全員が揃うと、ヤスが一歩前に出た。
「ナオヤ氏。昨日のうちに田所氏へ連絡を入れ、了承をいただきましたぞ」
「お、助かる」
直哉が返したその時、奥の通路から規則正しい足音が近づいてきた。
「おはようございます、皆さん。
今日、出発されるんですよね」
「あ、田所さん。そうっす。……なんか顔が固いですけど」
田所は一度だけ息を整えた。
「少しだけ、お時間をいただけますか。
コル・フェルム高地について、お伝えしておきたいことがあります」
* * *
全員が椅子を引き、田所の前に座る。
田所は薄い資料を机に広げた。
「まず、あの一帯の治安についてです。
コル・フェルム高地は旧オルティア帝国の領域にあります。
帝国が解体されたのが6年前。
それ以来、中心部の荒廃地帯は統治が追いついていません」
「無法地帯?」
真弓が訊く。
「そう思ったほうがいいかもしれません。
帝国領は周辺諸国に分割されましたが、中心部とグラナード連邦の分割地は行政が入りきれていないようなのです。」
「グラナード連邦はなんで行政をいれないんですか?」
「その余裕がないからです。
もともと帝国に利益を吸い上げられていて、領土を広げる余裕がなかったようです。
そこに棚ぼた的に領土が増えたのですが……。
まずは自国の領土を富国させるのを優先しており、旧帝国領はおざなりにしているようです」
「そんなことってあるんですね……。
領土はみんな増やしたいもんだと思ってました」
「自国が十分に回っている国はそうなんでしょうけどね。
そして問題は、帝国の元兵士たちです」
田所は資料の一部を指で示す。
「帝国崩壊時、兵士たちは解散命令を受けました。
しかし受け皿がない。
雇用主である帝国が消えたことで、多くが食い扶持を失いました」
「なるほど」
武虎が頷く。
「その一部が武装集団を形成しています。
いわゆる野盗ですが……普通の野盗ではありません」
田所の声が低くなる。
「帝国軍は大陸でも屈指の練度を誇りました。
陣形、斥候、補給線の確保――
そういった軍の習慣が、野盗になった今でも残っている集団がいます」
「つまり、組織的に動くってことですね」
陽平が言う。
「はい。
報告では30~50人規模。
旧軍の隊長クラスが率いており、衛兵でも手を焼いています」
「衛兵でも?」
直哉が眉を上げる。
「正面からでも苦戦する敵です。
しかし彼らは正面から来ない。
夜間に動き、地形を使い、補給線を断つ。
討伐部隊が行っても各個撃破されてしまうのです」
広間に静けさが落ちた。
陽平が小さく呟く。
「……厄介ですね」
武虎は腕を組んだまま天井を見ている。
「俺たちを狙ってくる可能性があるってことですよね?」
直哉が訊く。
「少人数の旅人は標的になります。
ただし――」
田所は少し考えた。
「あなたたちの実力がわかれば、避けられる可能性が高いです。
彼らは生き残りのプロですから、割に合わない相手には手を出しません。
最初の接触が勝負です」
「わかりました」
直哉は頷き、少し笑った。
「まあ、こう見えてもトラの道場で対人戦は鍛えてもらってるんで。
なんとかなるっすよ」
「……そうですね。あなたたちなら」
田所の表情がわずかに緩む。
だがすぐに引き締められた。
「現地に着いたら、まず衛兵詰所で情報を集めてください。
彼らの活動域は常に変わっていることでしょう。
最新情報を持っているのは現地だけです」
「了解です」
田所は資料をめくった。
「もう1点。
帝国残党の中でも、特に注意すべき集団があります」
ページには、技術者らしき人物の記録があった。
「転移門に関する知識を持つ元技術者が、わずかですが確認されています。
帝国は転移門を征服の道具として利用しようとした。
つまり、軍事的価値を理解している者がまだ生き残っている可能性があります」
直哉の表情が変わった。
「それって……俺のことを知られるとやばいってことですか」
「断言はできません。
ただ、備えておく価値はあります」
静かな沈黙が落ちた。
真弓が口を開く。
「……警戒、ね」
田所は深く頷いた。
「よろしくお願いします。
どうか気を付けて」
* * *
「さて」
ヤスが立ち上がった。
眼鏡を押し上げ、どこか嬉しそうだ。
「そろそろ、移動手段をお見せしましょうか」
「あっ、それ!」
直哉がぱっと顔を上げる。
「外へどうぞ」
ヤスはアイテムバックを漁り、折り畳み式の椅子といくつかのパーツを取り出した。
直哉が首を傾げる。
「……これが?」
「これです」
ヤスが地面に置き、カチャカチャと椅子にパーツをはめていく。
椅子はゲーミングチェアのような様相だが、底がわずかに浮いている。
「進むんデスでござる」
「ホバー……あ、浮いてる!?」
地面との間に20センチほどの隙間。
「魔道具屋に《フローティングディスク》という荷物運搬用の魔道具があります。
これはその改良版ですぞ。
おそらく車を開発するほどの悪目立ちはしないでしょう」
「時速は?」
「最大60キロです」
「60!?」
武虎が目を丸くする。
「馬車の2倍以上だぞ」
「はい。燃費も魔石なので、走行距離は馬車の3倍ほどです」
直哉は指を折りながら計算した。
「ってことは……コル・フェルム高地まで10日くらいで着く!?」
「悪路でのテストが不十分なので断言はできませんが、劇的に短縮されるのは確かです」
「すげぇ……!」
陽平が近くで覗き込む。
「1人乗りですが、連結できますぞ」
ヤスはもう1脚を取り出し、磁石のようにカチリと繋げた。
「なるほど、列で走るのか」
「ただ……屋根がありません。
雨が降ると大変ですぞ」
「……それは確かに問題だな」
武虎がぼそりと言う。
「今後の改良ポイントですな。
それと、もう1つ」
ヤスは胸ポケットから小さなベルトポーチを取り出し、4人に配った。
「新しいアイテムバッグです」
直哉は手に取る。
軽くて小さい。
「かなり小っちゃいな?」
「むふふ、口の部分を改良したのです」
ヤスが口を引っ張ると――
グイーンと伸びた。
「おおっ」
「これで携帯性が大幅に向上しました。
容量は以前と同じですが、いずれ10倍にする予定です」
「ヤス、ほんと助かるわ」
「どういたしまして」
* * *
「遠出に必要な道具は全部入れてあります。
このまま出発可能ですぞ」
「オッケー」
直哉は4人を見渡す。
「準備どう?」
「大丈夫だ」
「すぐ出れる」
「行けるよ」
直哉は小さく頷いた。
田所の言葉が頭の隅に残っている。
野盗。元技術者。転移門。
それでも――足は止まらない。
むしろ、行く理由が増えた気もする。
「よし」
直哉は進むんデスの座面を軽く叩いた。
「コル・フェルム高地に向けて――出発!」




