第153話 引きこもり老人
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ハキーシャを倒した直後、村の幻影は空気に溶けるように淡く消え、視界が揺らぐ。
次の瞬間、直哉たちは洋館の部屋に戻っていた。
重厚な扉が音を立てて開き、老執事が姿を現す。
「モルデガルド様がお会いになるとのことです。こちらへどうぞ」
「ようやくか……これで『能力は使えません』なんて言ったらどうしてやろうか」
武虎が肩を鳴らす。
「トラさん、俺たちから押しかけておいて、それはないんじゃない?」
陽平が苦笑する。
「でもさ、なんでこんな試練を受けさせたのか……そのくらいは教えてくれてもいいよな」
直哉が若干武虎に同調するように呟いた。
老執事に案内された先は書斎だった。
書物が山のように積まれ、机の向こうに座る老人の顔すら見えないほどだ。
「モルデガルド様、お客様をお連れしました」
執事が告げる。
ぼさぼさの髪と無精ひげを生やした老人が、ちらりと顔を上げる。
「そうか」
短く言葉を落とすと、また書物へ視線を戻した。
執事は一礼し、静かに退室する。
* * *
しばらくの間、ページをめくる音だけが響いた。
「だーーー! なんか喋れよ!」
武虎が声を荒げる。
「……まだいたのか。何も言わんから帰ったと思ったぞ」
老人は本から目を離さずに答える。
「いや、顔を上げるの待ってて……」
直哉が苦笑する。
「そうか。
用があるなら言え。聞いておる」
老人は淡々とページをめくり続ける。
「えっと……あなたがモルデガルドさんですよね?
能力で悪意のある人を探し出せるって聞いて」
「……まあ、そうじゃな」
「それで、その能力を使って俺たちに悪意を持っている人を探して欲しいんです」
「お前らもそれか。
つまらんのぉ。
それで儂に何の得がある?」
「得って言われると何もないけど……ほら、これ。
ヴァルドさんからもらった紹介状です!」
「ヴァルド、誰じゃったかの、そやつ」
「カルネアに住んでいるA級の冒険者です。
ヴァルドさんはあなたと知り合いと言っていましたが、違いますか?」
「ヴァルド、ヴァルド……。あー、あやつか。
確かに竹を割ったような性格で、そこいらの貴族と付き合うよりずっと良かったが。
じゃが、それとこれは別じゃ」
「なら、逆にどうしたらやってくれるんですか?」
「……ふむ、特にないの」
「なんだよ、それじゃ何のためにあんな試練が必要なんだよ!」
武虎が机を叩く。
「そうだ、試練!
なんであんな内容なんですか!? 特に第2の試練!」
陽平が身を乗り出す。
「知らん。あれは儂が作ったものではない。
瘴谷の魔素が勝手に生み出しているものじゃ」
「じゃあ何で受けさせたんだよ!?」
「実験じゃよ。
儂は歪視の瘴谷に発生している魔素を調べておる。
時折発生する3つの問題を解決すると、魔素に特別な動きが生じる。
それを観察しておるのじゃ……ふむ、そうか、お主らは突破したのか」
初めて老人が顔を上げ、少し興味が出たように直哉たちを見据えた。
* * *
「せっかく試練を突破したのじゃ。
そうさな……儂の欲しいものをくれたら、1度だけ能力を使ってやってもええぞ」
「欲しいものって?」
直哉が問う。
「新しい知識、そして邪魔されない環境じゃ。
儂の能力は権力者ほど欲しがる。
昔はそれによく振り回されたものじゃ。
だからこんな場所に引きこもっておる。
しかしここでは瘴谷の魔素くらいしか観察できん。
儂はもっと多様なものを見たいのじゃ」
「だったら外に出ればいいんじゃないか?」
武虎が腕を組む。
「言ったじゃろ。
新しい知識と邪魔されない環境じゃと。
外に出れば貴族どもの茶々が入る。
鬱陶しいことこの上ないからの。
ここにいた方がましというものよ」
老人はふと笑みを浮かべ、付け加えた。
「儂の能力はな、悪意を探すだけじゃない。
まるでその場で見ているかのような、光景を再現することもできるんじゃ。
ほっほっほ、そんな能力聞いたこともないじゃろ」
「それって遠くの景色を見れるってこと?
それぐらいならこのスマホで」
直哉がスマホを取り出す。
「なんじゃと、その黒い板でか?」
「はい。今は電波がないから通信できないけど、こんな感じで」
と映像を見せる。
「なんじゃと……まさか唯一じゃと思っとったのに」
老人の顔が一瞬曇る。
「まあ、そんな落ち込まないでよ。
スマホは映像出せるだけだし」
「……あー、もう駄目じゃ。
やる気が失せてもうた。
もう能力は使ってやらんもん」
「もん、じゃねーよ。
この爺さん、ずいぶん勝手だな……」
「ぷぷ、勝手爺」
「ちょ、姉ちゃん」
「む、なんじゃ、よく儂の昔のあだ名がわかったな。
儂は昔よく、こう呼ばれておった。
勝手知ったるモル爺。
略して勝手爺じゃ」
「……絶対そんな意味じゃないよな……」
直哉が呆れ顔をする。
老人は肩をすくめると、少し遠い目をした。
「儂はこう見えても、若いころは探索者としてブイブイ言わせとったんじゃ。
まあ、この能力のせいで隠れざるを得なくなったのじゃがな」
(おいおい、昔話が始まったぞ)
(……まあなんだかんだ、暇だったんじゃないの?)
「昔、仲間と一緒にボスモンスターを倒しに行ったんじゃ。
そいつはまだ討伐記録がないモンスターでの。
いくら調べても情報が出てこんかった。
そこで、そのボスの正体を明かしたいと魔石を使ったときに、儂の能力が発現したのじゃ」
(ふーん、そんなこともあるんだな)
(『珍しいケースですが、ないわけではありません。
魔石の力を使って能力の発動を補助し、それを定着させる、という方法は使われるケースの1つです』)
「この能力は覚えるのにえらく負荷がかかっての。
それが原因で、他の能力を憶えるのが難しくなってもうた。
それに、お偉いさんにも狙われるようになっての。
気づけば隠遁生活じゃ」
* * *
(なあ、イチカ。なんとかあの爺さんに能力使ってもらえる方法ないかな?)
(『……地球に転移させるのはどうですか?』)
(地球に!?)
(『はい、地球なら未知のものだらけです。
そしてこちらの権力者の手も届きません。
日本政府の対応は気になりますが、田所様に協力を仰げば悪いことにはならないでしょう』)
(なるほど!)
「ふっふっふ、モルデガルドさん。
そんなことでいいなら、俺たちに解決方法があります!」
「なんじゃ、急に自信満々に。
若い者は情緒が不安定でいかんわい」
「いや、本当に解決策があるんです!」
「おい神谷、どういうことだ?」
武虎が目を細める。
「簡単だよ、モルデガルドさんを地球に連れていけばいい」
「確かにそれなら……!」
「なんじゃ、チキュウ?」
「ええ、俺たちは異世界転移ができるんですよ!」
* * *
「異世界転移というと……別世界から来た、ということか」
「はい、そうです!」
「なるほどの。
最近、ダンジョンの魔素がそのように変異した噂は聞いておったが……まさか人為的にできるとは。
もし本当なら興味がある。だが証明できるのか?」
「ほら、これ!
さっきも見せたスマートフォンです」
直哉がスマホを取り出す。
「むむ、その黒い板は……
確かに先ほどの現象は何やら珍妙じゃったが」
「映像だけじゃないですよ。こうやると……」
画面が光り、写真や音楽が流れる。
「おお、風景が……音楽も鳴っちょる!」
老人の目が輝いた。
「異世界じゃネットに繋がらないけど、地球に帰れば調べものもできるんです」
「摩訶不思議なものじゃの。
ふむ……確かに異世界から来たというのは信じてもいいかもしれん。
ならば異世界に行くのと引き換えに能力を使っちゃろう。
もし本当にお主らの言う世界なら、時々追加で力を貸してやらんこともない」
「おお、やった!」
武虎が拳を突き上げる。
「そうと決まれば、はよ行かねばな」
老人がベルを鳴らすと、老執事が入ってきた。
「久々に外出することにする。留守は頼むぞ」
「承知いたしました。行ってらっしゃいませ」
執事は驚いた顔をしながら、深くお辞儀をした。




