第149話 扉の先へ
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
気がついた時には、そこはもう暗闇だった。
扉を開けた瞬間、足元がふっと沈むような感覚があって——気づけば、この空間にいた。
(……どこだ、ここ)
息を殺し、耳を澄ませる。
暗い、ではない。
光そのものが存在していないような、そんな“深い”暗さだ。
手を顔の前にかざしてみても、輪郭すら見えない。
ガサッ。
右後ろ。
陽平は反射的に木刀を構えた。
「風……じゃないよな。
気配は……ない?」
呼吸を整えようとしたところで、今度は正面から。
ギィ……。
金属とも骨ともつかない、湿った音。
人の声ではない。
喉がひゅっと鳴った。
「……そうだ、明かり明かり!」
スマホを取り出し、ライトを点ける。
白い光が広が——らない。
光は2メートル先で、闇に吸い込まれるように消えた。
足元だけがぼんやり照らされ、先は真っ黒のまま。
「くそっ、なんだよこれ」
舌打ちしそうになるのを堪え、光を左右に振る。
どこも同じで、光は闇に飲まれる。
ガサッ。
左後方。
「……っ」
振り返っても、闇しかない。
「落ち着け、落ち着くんだ。
もし敵だったらもう来てるはずだろ。……いや、そもそも“いる”のか?」
膝が震えていることに気づいた瞬間、余計に震えが強くなった。
「……誰か、いますか」
応答はなかった。
声が空気に溶けて消えるように、すっと消えた。
(広い……のか? いや、わからない)
ガサッ、ギィ、ガサ……。
音だけが続く。
方向はバラバラ。
一か所ではない。
「どこだよ……どこにいるんだよ……!」
深呼吸を一度。
もう一度。
「……そうだ。徳叉迦」
精霊の壺を取り出し、木刀に水を垂らす。
ぱしゃり。
その小さな音が、やけに大きく響いた。
木刀を構え、切っ先を上に向ける。
目を閉じ、呼吸を整える。
ガサッ。
意識が引っ張られる。
腹に力を入れ直す。
「集中だ……集中しろ」
外の音が、少しずつ遠ざかっていく。
自分の呼吸だけが近くなる。
「水操:伍式——徳叉迦」
木刀の先からしずくが落ち、それが小さな蛇となって周囲にが散り、霧となって溶けていく。
陽平は目を閉じたまま、霧が拾う“情報”を受け取る。
(……広い)
想像以上に広い空間。
左右も前も奥も、壁まで大分距離がある。
そして——
「右奥に扉だ、扉がある!」
人工物の形。
確かにそこに“扉”がある。
(じゃあ、この音は……)
ガサッ。
音の方向へ意識を伸ばす。
——何もない。
「……え?」
もう一度。
丁寧に。
——何もいない。
「なんで、音はするのに……気配がない」
まだ徳叉迦に慣れているとは言えない。
見落としの可能性はある。
それでも——今は、これを信じるしかない。
陽平は目を開け、木刀を下ろした。
右奥へ向かって、一歩踏み出す。
ガサッ。
足が止まりそうになる。
「大丈夫……大丈夫だ。
俺の徳叉迦が“いない”って言ってるんだ。
信じろ、俺を信じるだ、行けるぞ、行くんだぞ……」
もう一歩。
ギィ……。
(音はする。でも気配はない。……行け)
膝は震えたまま。
それでも陽平は、扉のある方角へ歩き続けた。
やがて——指先に冷たい金属が触れた。
扉だ。
陽平は息を吐き、取っ手を握った。
* * *
「……なんだここ。
床がねぇじゃねぇか」
武虎は足を止め、前を見た。
通路は大理石のような石造りだ。
幅は五メートルほど。
壁も天井も石。
だが——床だけが、途中から消えている。
数歩先から、真っ黒な奈落。
底は見えない。
「落とし穴ってレベルじゃねぇぞ……」
遠くの奥に、小さく扉が見える。
「なるほど、あそこまで行けってか」
腕を組み、状況を整理する。
距離は200メートルほど。
飛び越えるには無理がある。
「翼界……使えりゃなぁ」
しかし翼界は無識界と併用できない。
「身体強化剛と蜻蛉飛びで……いや、蜻蛉飛びは連続で5回しか出せねえしな、さすがに無理か」
蜻蛉飛びの扱いには慣れたが、それでも連続5回までしか発動できない。
おそらくこれが限界なんだろう。
いや、むしろ5回も連続で使えると言った方がいい。
「三角飛びで行けるか……?」
壁が思った以上にツルツルそうだ。
途中で滑って落ちる未来しか見えない。
「……無理だな」
鼻から息を吐く。
「くっそ。無識界切るのは……さすがに後が怖ぇしな」
八つ当たり気味に、壁を蹴った。
ドガッ。
鈍い音とともに、壁にひびが走った。
「…………ん?」
武虎は蹴った箇所を見た。
石に、くっきりと亀裂。
手で叩く。
コンコン、と軽い音。
「……普通の石かよ」
口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「なら、いけるかもな」
魔素を全身に通す。
赤いオーラが膨れ、黒い稲妻が走る。
虎の幻影が揺らめき、通路に低い咆哮が響いた。
「断裂猛襲——」
壁に手を触れる。
ザァッ。
触れた部分から、石が“消えた”。
砕けるのではない。
削れるのでもない。
ただ、存在が消えるように。
「へへ……掘れるじゃねぇか」
武虎は壁に沿って歩き始めた。
歩くたびに、壁が削れ、道ができる。
床のない通路に並行して、壁の中を進む形だ。
「……製作者様よ。手抜きすんなっての」
ぼやきながら、赤いオーラで壁を喰い続ける。
粉塵ひとつ出ない。
ただ、消える。
やがて、前方に扉の輪郭が見えた。
「はっはー、楽勝だぜ」
オーラを収め、掘り進んだ穴の先へ進む。
武虎は首を鳴らし、取っ手に手をかけた。




