第148話 歪視の瘴谷と3つの試練
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ヴァルドたちから教えてもらった道順は、思った以上に簡単だった。
道中、名もない村に立ち寄り補給しながら10日目。
歪視の瘴谷にたどり着いた。
御者は「これ以上は無理でさあ。近くの村で待ってやすね」と言い、戻っていた。
「ここが歪視の瘴谷……」
「なんか気味悪いな。
青空で日の光が入ってるのに、紫色の霧が立ち込めてやがる」
「なんか入ったらお腹痛くなりそうだ」
「まあ、言っててもしょうがねえ。行こうぜ」
武虎が先陣を切り、3人もそれに続く。
最初は薄かった霧が、進むにつれて少しずつ濃くなっていく。
木々の輪郭がぼやけ、足元の草の色が変わり、空気に微かな重さが混じり始めた。
「……なんか、嫌な感じ」
真弓が呟く。
『魔素の密度がとても高く、そして性質が歪んでいます。
感情を揺らすと捕らわれてしまう可能性が上がります。
また無識界を絶対に切らさないように注意してください』
「わかった」
* * *
人工物を見つけたのは、それから更に1日ちょっと歩いてからだ。
谷の奥深く、霧の中に、うっすらと巨大な建造物が見える。
「……でっかいね」
陽平がぽつりと言う。
「ああ、凄い大きいな。
あれ、下手な城より大きんじゃないか?」
「そうかもしれないな。
よし、みんなあとちょっとだ、行くぞ!」
近く見えた建物も、歩くとそれなりに時間がかかり、入り口に着いた頃には夜も更けていた。
「ふー、ようやく着いた」
「遠い……」
「疲れたー。できるなら中で休みたいね」
「入れるのか、これ」
扉が、音もなく開いた。
「ちょ、人ん家じゃないのこれ、勝手に開けちゃ……」
その言葉を遮るように、中から白手袋をした老齢の男が出てきた。
痩せていて背が高く、黒いジャケットを着ている。
表情には感情がない。それでいて、不思議と威圧感もなかった。
「お待ちしておりました」
声は低く、落ち着いている。
「ご主人様への面会をご希望でしょうか」
「……そ、そうです?」
直哉が答える。
「ご主人様は、容易にはお会いになりません。
面会を望むのであれば、3つの試練をお受けいただく必要があります」
「試練、ですか」
「はい。
それをお受けになれないのであれば、ここでお引き取りを」
「あの、試練ってどういう……?」
「お答えしかねます」
「「「……」」」
「これって受けなきゃいけないやつだよね?」
「でも、あの爺さん、なんか気味悪くね?」
「いやいや、その前にご主人様ってモルデガルドさんなのか、確認したほうがいいでしょ」
「確かにそうだな」
「あのー……」
「そうです、モルデガルド様です」
「だってさ。
これ受けなきゃいけないやつだよな……?」
「ああ、何させられるのかわからんけど」
「だね」
「わかりました、試練を受けます」
執事は頷き、そのまま踵を返した。
「では、参りましょう」
洋館の内部は広く、廊下が長かった。
床は石だが、足音はほとんど立たない。
壁に等間隔で燭台が並び、炎が揺れることなく一定の光を保っている。
連れられたのは、巨大な扉だ。
「こちらの扉に入りますと転移が作動します。
抵抗せず受け入れてください」
「転移ってどこに……?」
「この館の別の場所です。
また転移は4人共別々の場所に飛びます。
それぞれ飛んだ先で、奥にあるスイッチを押してください。
4つのスイッチが押されますと、1つ目の試練がクリアとなり、2つ目の試練の扉が開かれます」
「スイッチを押せばいいんだな?」
「はい、そうでございます。
スイッチまでに、さまざまな障害がございます。
知恵と体力を駆使し、奥までたどり着いてください」
「なるほど、アトラクションみたいなもんか。
よし、やっちゃるぜ!」
「では、どうぞ、お入りください」
直哉たちは意気揚々扉を開き、中に入る。
中に入ると、一瞬暗くなったと思ったら、みんなが周りにいなくなっていた。
中空から老執事の声が聞こえる。
「それでは皆様、ご武運を」
* * *
「なに、ここ?」
異様に長い通路が伸びている。
あまりに長いのか、奥が全く見えない。
それに加えて、床は一定の高さを保たず、数メートル先で唐突に途切れている。
その先も床が壁に激しい凹凸があり、行く手を遮っている。
まるで通路の形をした、命がけのアトラクションだ。
「……めんどうね」
しかも様子を見ていると、時間によって通路の構成が変わっていた。
高低差は次々と現れ、判断を一瞬でも誤れば終わりだ。
「ふぅ、こういうのは、得意じゃないのだけれど」
真弓は顎に手を当てて、すこし考える。
歪視の瘴谷対策に無識界を展開しているため、翼界の展開もできない。
「ここに、変な魔素はなさそうね。
でも、切るわけにもいかない……」
「製作者の意図とは違いそうだけど」
とホルダーから愛銃を取りだす。
「魔弾」
パンッ、パンッ、と真弓の意思に操作された魔弾は、奥に向かって飛んだ後、そのままUターンしてくる。
「こういうのは、苦手なんだけど」
と言いながら、戻ってきた|魔弾の上に飛び乗った。
「翼界がなくても、飛べるのよ」
真弓は魔弾の上にのり、奥を目指す。
真弓が上を通り過ぎる瞬間に、突然崩れる障害物などがある種の哀愁を漂わせていた。
* * *
直哉は、まっすぐ伸びる通路を見上げた。
左右の壁には、ずらりと扉が並んでいる。どれも同じ形、同じ色、同じ質感。
まるでコピーを貼り付けたみたいに、均一だ。
『おそらく、この中に正解の扉がひとつだけあります。
それを当てる必要があります』
「なるほどな……正解はどれだ……」
『まずは調べてみましょう』
「わかった、とりあえず一つ開けてみるか!」
『直哉、不用意に扉に触らないほうが——』
言い終わる前に、直哉の手はすでに取っ手を掴んでいた。
「っ……!? 手が……離れねぇ!」
取っ手が吸い付いたように、指一本動かない。
同時に、体の奥から何かが抜けていく感覚が走る。
「ぐぐぐ……なんだこれ……魔素が吸われる……!!」
『直哉、早く手を放してください。魔素が急激に減少しています』
「だめだ、手が放れない!!」
必死に腕を引き、ようやく取っ手から手が外れた。
直哉は肩で息をしながら、壁にもたれかかる。
『魔素量が約30%ほど減少しています』
「マジかよ……」
『直哉。不用意に触れてはいけないと』
「いや、触ってみないと何が起きるかわからないじゃん……」
『今ので魔素が28%ほど減少しました。
あと1度同じくらい吸われると、無識界の維持が困難になります。
慎重にお願いします』
「わかったよ、ごめんて!」
今度は距離を取りながら、扉を一つずつ観察していく。
「うーん、扉自体に違いはなさそうだな」
『はい、そのようです』
「あとさ、全部の扉から魔素出てない?」
『ええ、どの扉からも魔素が滲み出ています』
「滲みってことは、扉の奥に何かいるってことか?」
『その可能性が高いです』
「魔素が出てない扉は?」
『ありません』
「そっか……じゃあ魔素の違いとかは?」
『まずはすべての扉の前まで歩いてください。魔素の特徴を一覧化します』
「了解」
ひたすら歩き、止まり、また歩く。
扉は全部で109枚。
終わる頃には、直哉は軽く息を吐いた。
「ふぅ……100個以上あったな……」
『はい、全部で109ありました』
「しかし109って多いよな」
『おそらく煩悩の数だけあるのでしょう』
「煩悩?」
『はい。人間の煩悩は108あると言われています。
歪視の瘴谷は人の悪意に反応するとギルド資料にありました。
おそらく、人間の“欲”を吸い取り、無気力にしてしまう仕掛けなのかもしれません』
「えっ、それじゃさっきの俺のも……なんか欲が吸われちゃったの!?」
『はい、そうかもしれませんね』
「……俺の欲、返してくれよ……」
『返却機能は確認できません』
「いや、真顔で言うなよ……」
* * *
「で、何かわかった?」
『はい、わかりました』
「おお、さすがイチカ!」
『直哉が最初に触った扉を含め、108の扉から出ている魔素には“鼓動のような揺らぎ”がありました。
しかし、1枚だけ揺らぎのない扉がありました。
おそらく、その扉が正解です』
「おお、すげぇ! で、その扉ってどれ?」
『あちらの扉です』
イチカが示した先には、他と同じ見た目の扉が1枚。
確かに言われてみると、魔素が違う気もするが、やっぱり直哉にはわからなかった。
「よし……んじゃ、いくぞ!」
直哉は深呼吸し、今度は慎重に、正解の扉へと歩き出した。




