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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
異世界の余波

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第145話 医療の境界線

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

会議室から出てきたのは、医務技監と総括審議官の2人だ。

互いに視線を向けることなく、数歩進んでから、総括審議官が口を開いた。


「……医務技監」

声は低く、けれど探るようでもあった。

「現時点では、まだ様子見ですよね」


医務技監は、足を止めることなく、小さく頷いた。

「ああ、正式に決めたわけではない……。

だが、放置していい話でもなくなった」


総括審議官が、短く息を吐く。

「正直に言えば……効能の話を聞いた瞬間、“確認しないのは不誠実だ”と感じました」


「私も同じだ」

医務技監は、ためらわずに言った。


「魔素能力によるものだから、日本ではまだ実例が少ない。

しかし異世界では再現性も含めて、絶対な信頼性がある。

そんな、“病気が完治する”という可能性を前にして、何もしないという判断はさすがにな」


総括審議官が続ける。

「もちろん、今すぐ動けば、省内から“勇み足だ”と反発が出るでしょう。

制度の外だ、とね」


「ああ、承知している」

医務技監は、落ち着いた声で答える。


「だから今は、踏み込まず、体制だけ整えよう」


視線を前に向ける。

「キュアディジーズは、医療の枠を軽々と越える可能性がある。

だからこそ、最初の一歩は慎重でなくてはな」


総括審議官は、小さく頷いた。

「……まずは、効くかどうか。

それだけを、見たいですね」


「ああ、同感だ」

2人のスタンスは、完全に一致していた。


* * *


会議室の場所は、あえて固定されなかった。

日によって、時間も、人も違う。

議事録も、公式記録も、存在しない。


集められたのは5人。


腫瘍内科の医師。

神経内科の医師。

緩和医療の専門医。

医務技監。

そして、総括審議官。


「最初に、確認しておく」


医務技監が、机の中央に視線を落としたまま言った。

「これは、薬の効果を試すための場ではない」


腫瘍内科医が、わずかに眉を動かす。

「……では、何を?」


「現行の医療で“救えないと確定している症例”に対し、それでもなお救えるかどうかだ」


短い沈黙。


「条件は3つ」

総括審議官が続ける。


「第1に、余命宣告が下されていること」

「第2に、標準治療・治験を含め、すべての選択肢が尽きていること」

「第3に、回復しても情報公開を求めないと、本人が同意できること」


資料が回された。


神経内科医が、あるページで指を止める。


50代男性。

膵癌末期。

骨・肝・リンパ転移。

疼痛管理以外、治療方針なし。

「……この患者、看取りの段階ですね」


「ああ。

しかしアレが報告通りだった場合、この患者は治る」

医務技監は、即答した。


緩和医療医が、息を吸う。

「本人には、どう説明するのです」


総括審議官が答えた。

「もちろん、全て話す。

異世界では非常に有用だが、地球での治験はゼロ。

しかし異世界人と同じ効能を発生した場合、膵癌が完治する、と」


「それでも飲むと?」

「それはわからん。

しかし患者の意思を尊重する」


沈黙。


やがて、医務技監が小さく言った。

「……この一例で、医療は変わるかもしれない」


* * *


永田町近くの執務室。

夕暮れの光が、ブラインド越しに差し込んでいる。


鷲尾議員は、スマートフォンを耳に当てたまま、静かに話していた。

「ええ……、特異点については、現在も調査を続けています」


声は落ち着いている。

取り繕っている様子はない。


「現時点では、人物像を特定できるほどの情報は、まだ……。

ただ、転移に深く関与している可能性は高い。

引き続き、追っています」


通話の向こうから返ってきた声は、短かった。

『……分かった』


否定でも肯定でもない。

それ以上、踏み込んでこない。


「進展があれば、すぐに共有します」

『分かった、続けてくれ』


通話が切れる。

鷲尾は、しばらく端末を見下ろしていた。


「……」


中国側の態度は、丁寧だ。

しかし、以前のような食いつきはない。


(興味が、薄れてきている)


その感覚が、胸の奥に広がる。

彼は立ち上がり、窓の外を見た。

(このままでは、異世界は、結局、巨大資本と国家の論理に飲み込まれる)


最初は「協力」。

次は「管理」。

最後は「独占」。


その光景が、頭の中で膨らんでいく。


(そうなってからでは遅い)


思考は、半ば妄想めいている。

だが、鷲尾自身にとっては確信だった。


(誰かが、先に道をつけなければならない。

私たちの手で、異世界へのルートを開き、主導権を握らなければ、平和は守れない)


そこへ、秘書が扉をノックする。

「先生」


「どうした?」

「確度は高くありませんが……。

厚労省が、非公式に医療関係者を動かしている、という情報が」


「医療?」

「はい。

“表に出せない案件”とのことです」


鷲尾の視線が、鋭くなる。

「……やはり、裏で動いている、か」


(未だに姿が掴めない特異点。

だが、世界はそんなに待ってくれない)


「分かった、そこにも人をつけるぞ」


秘書が、慎重に訊く。

「急ぎ過ぎでは?」


鷲尾は、首を振った。

「ふっ、慎重に動きすぎると機会を失うぞ。

慎重と停滞をはき違えないようにせんとな」


声は、揺るぎがなかった。


「いいか、異世界へのアプローチで主導権を取る。

これは誰の利益でもない。

世界が、無用な衝突を避けるための行動なのだ、君も肝に命じてくれたまえよ」


第3者から見れば——

その確信は、危うい独善に映るだろう。


だが、鷲尾議員自身は疑っていない。


この行動は、世界の平和につながる。

そう信じて、彼は歩き出した。

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