第142話 2年越しの声
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
翌朝、マシューはJPギルドの広間に座っていた。
久しぶりにまともな椅子に座っている、という顔だった。
テーブルの上には田所が用意した朝食がある。
それをゆっくり食べながら、マシューは広間を見渡していた。
「……ここは、地球人だけが集まっている場所なんですね」
「はい」
田所が向かいに座る。
「現在22名います。
大半は日本人ですが、フランス人が2人、そしてあなたで3人目の外国人です。
いや、異世界で外国人というのも何かおかしいですが」
そう笑いながら田所は言う。
マシューがアンドレとエレナに視線を向けた。
2人は少し離れたテーブルで、同じく朝食をとっている。
昨夜、引き合わせた時に互いの転移経験を話し合っていた。
「彼らはいつ転移してきたんですか」
「数ヶ月前です。
あなたの方が、ずっと長くこの世界にいる」
マシューは少し笑った。
「2年は……長かったですよ」
「金も身分証もない状態でよく生き延びられましたね」
「最初の半年は、本当にどうにかなってしまうのかと思いました。
でも商人の手伝いをしながら、少しずつ暮らせるようになって。
醤油の噂を聞いたのは、それから1年以上経ってからです」
田所は静かに頷いた。
「帰還手段は、今は確立されていません。
ただ、我々も諦めてはいません」
「ええ、2年いれば、簡単には帰れないというのはわかります。
こちらでも転移現象が発生している、というのは耳にしました。
でも帰ってきたという噂は聞いたことがありません」
「そうですね。
丁度2年ほど前から、ダンジョンで転移現象が発生するようになったようです。
我々もその噂は掴んでいますが、同じですね」
マシューは少し間を置いた。
「妻と息子に、生きていることを伝えたい。
何か方法を知りませんか?」
田所が少し間を置いた。
「……今の段階では、直接届ける手段がありません。
ただ、実はここだけの話にして欲しいのですが、我々は転移装置を研究しています」
「転移装置ですか!?」
「ええ、様々な経緯の末ですが……
そして、ようやく完成が見えてきたところです。
さすがに人の転移はまだまだ先でしょうが、物品の転移だけであれば目処が見えています」
「本当ですか!?
是非、手紙を!!」
「わかりました。
完成したら是非使ってください」
「ありがとうございます!!」
「どうでしょうか、マシューさんもここで仕事をしませんか?
我々はここで香辛料や調味料を作り、それを売っています。
あとは電話網の拡張ですね」
「電話、ですか?」
「はい、電話です。
こちらの世界は、そもそも通信という概念がありません。
ですが我々は魔石を使って、それらの開発ができるようになっています。
すでにグラナート連邦の4都市に導入済みなんですよ」
「それはすごい」
「ですので、人手はいくらあっても困りません。
どうでしょうか、是非手伝っていただけませんか?」
「ありがとうございます、こちらからお願いしたいぐらいです。
実は私、地球ではインフラ屋でして。
ITが専門ですが、電話も似通ったところがありますし、いろいろやれることがあると思います」
「そうなんですね、それは助かります!」
「いやー、まさか異世界でもインフラをやるとは思いませんでした。
でもどんな感じで開発しているんですか?」
「私は専門家じゃないので、ちょっと詳細までは……」
「なるほど。
でもきっと施設もないでしょうし、いろいろと手作業なんでしょうね。
昔はね、構成考えるのに分厚い専門書を何冊も積んでましたよ。
設定は全部プロンプト言語みたいな記述で」
「……プロンプト、ですか」
「今でいうスクリプトですね。
CLIに命令を一行ずつ打ち込む感じで」
「へ、へえ……」
「もちろんネットなんてないから、調べるのは紙の本です」
「本、ですか」
「TCP/IPの解説書とか、OSの仕様書とか。付箋だらけでした」
「それは……大変そうですね」
「一文字間違えると全部動かない。だから紙に書いて検証して」
「紙に……」
「赤ペンで直して、また打ち直して。夜中まで格闘でした」
「……」
「でも朝方、全部通った瞬間が最高でね」
「そ、そうなんですね」
「マシンが静かに立ち上がる音、今でも覚えてます」
熱のこもった語りに、田所は曖昧に笑った。
理解できているかは別として、勢いだけは伝わってくる。
(この人、思った以上に深いところにいたな……)
そう思いながら、田所は無意識に一歩引いていた。
* * *
その後、マシューは実際の作業現場にも顔を出すことになった。
作業現場はギルドJPでも重要な施設だ。
工房は簡易的に区切られており、それぞれで電話網に必要な機器が生成されている。
電話機はもちろん、中継器やその他ネットワーク機器などだ。
マシューはどのように作っているのか、もしかしたら昔のようなデスマーチが繰り広げられているのではないか、とある種のワクワクを胸に見学したが、その予想は大きく外れることとなった。
作業に当たっているのは、行政から派遣された専門家だ。
彼らは設計図を広げながら、魔石に願いを込め、必要な機材や部材を生成していく。
驚くべきことに、工程の多くは「知っているかどうか」で決まる。
材料の性質、用途、構造を理解していればいるほど、魔石の消費量が目に見えて減るのだという。
間違いが起きないよう、作業の合間合間で設計書と睨めっこをし、手をかざすと魔石がペカーと光り、そして機器が出来上がる。
出来上がった機器からどんどん重ねられていき、最後に組み立てられる、という工程だ。
「もっと泥臭い工程を想像していました」
同年代ぐらいの作業者がマシューの様相を見て、笑いながら言う。
「なるほど、あなたもアレの経験者ですか。
時代は変ってしまったということですね。
でも経験が無駄になるわけじゃない。
経験者が魔石で生成すると変換効率が6倍ぐらい違いますからね」
「……正直、便利すぎますね」
ぽつりと漏らすと、誰かが笑った。
「まあ昔を懐かしむ気持ちはわからなくもないです。
でも、この作業をやっているともっと自動化したくなりますよ」
「確かにそうかもしれないですね」
そう答えながら、マシューは少し帰った気分になっていた。




