【閑話】第19話 確信なき接触
閑話Day。
本編入れると今日は4話更新で、これはその3。
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ダンジョン管理局の鑑定室は、地下2階にあった。
薄暗い部屋に機材が並び、白衣の技師が鑑定器の前に座っている。
カウンターに置かれた魔石を手に取り、スキャンをかけた。
数値が画面に出た瞬間、技師の手が止まった。
「……これは」
もう一度、同じ魔石を別の機器にかける。
数値は変わらない。
「ジョンソン主任、ちょっとよろしいですか」
呼ばれた主任が覗き込み、同じように固まった。
純度が違う。
地球のどのダンジョンで採れる魔石とも符合しない数値だった。
1個だけではない。
3人が換金した魔石は、すべて同じ水準の高純度だった。
「どこから持ってきたんだ、これ」
答えは、まだ誰も知らなかった。
* * *
報告書が上がったのは翌日だった。
ダンジョン管理局の担当官、レインズは資料を机に広げ、3人の映像記録を繰り返し確認した。
換金時の映像。
ダンジョン入退場の記録。
ホテル周辺の防犯カメラの映像。
まず目についたのは服装だ。
現代のものではない。
素材の織り方が古く、縫製のパターンが既存のどのメーカーとも一致しない。
靴も同様だ。
革の質が良いが、工業製品ではない。
次に行動だ。
自動ドアの前で立ち止まり、しばらく眺めてから入る。
エレベーターのボタンの前で手を止め、隣の人間の操作を確認してから押す。
コンビニで商品を手に取るたびに、物珍しげに確認している。
「これ……なんなんでしょうか」
部下の一人が率直に言った。
レインズも同じことを考えていた。
アメリカ国民じゃない。
いや、そもそも文明人かも怪しい。
教養がない訳ではなさそうだが、いろいろなモノに対する反応が、まるで映画にでもいそうな、過去からタイムスリップしてきた人のそれだ。
スパイの線も疑ったが、それはないだろう。
スパイにしては、あまりにも目立ちすぎる。
訓練された工作員が、自動ドアに戸惑うはずがない。
「念のため、CIAに上げよう」
レインズはそう判断した。
* * *
CIAの担当者、マーカスが映像を確認したのは翌日だった。
分析チームが洗い出した内容は、ダンジョン管理局の見立てと同じ方向だった。
3人は明らかに、現代社会の常識に不慣れだ。
しかし訓練の痕跡はある。
戦闘行動が機能的で、無駄がない。
5層の魔物との交戦記録を見ると、3人の連携は洗練されている。
これは長期的な実戦経験に基づいたものだ。
「工作員説は棄却します」
マーカスは会議室でそう言った。
「工作員ならこんな行動は取らない。
わざと目立つ工作員というのは理論上あり得ますが、この場合は整合性がない。
外見の違和感から服装の素材、行動パターンまで、一貫して現代社会に慣れていない。
それが演技だとすれば、精度が高すぎる。
整合性を取るなら——彼らは本当に、現代社会を知らない人間だということになります」
「では何者だと」
マーカスは一枚の資料をテーブルに置いた。
「……荒唐無稽に聞こえると思いますが、異世界人説を検討する価値があると思います」
「異世界人だと!?
何を馬鹿なことを」
「しかし、これを見てください。
魔石の純度は現存するどのダンジョンとも一致しない。
服装の素材は地球上で確認されていない。
入国記録、生体認証、どのデータベースにも存在しない人物が3名もです!
ダンジョンを通じて転移してきた可能性を排除できません」
室内が静かになった。
* * *
それから数日後、3人がまた素材を売ろうとした。
ダンジョン課の窓口に持ち込んできたのは、アル・テラスで採取した魔物の部位だった。
受付担当のエミリーは対応マニュアルに従い、買い取り不可と伝えた。
3人は特に食い下がらず、引き取って去った。
しかしエミリーはその素材の外観を記録し、上に報告した。
研究機関に回った情報は、数日後に分析依頼の結果が戻ってきた。
——類似素材の文献照合結果:該当なし。地球上に存在しない物質を含む可能性が高い。
報告書を受け取ったレインズは、しばらく資料を眺めてから部下を呼んだ。
「買い取りの打診をしてくれ。
先日、持ち込みを断った素材の件だ」
「理由は何と伝えますか?」
「在庫がなくなったとでも、必要になったとでも、何でもいい。
とにかく買取りするんだ!」
部下が出ていくのを確認してから、「異世界人、か」と呟きながら、レインズはファイルを閉じた。
* * *
その頃、3人も考えていた。
ゾラはホテルの部屋でスマートフォンを置き、クロムとバーグを見た。
「お偉いさんが動いているかもしれん」
2人が頷いた。
「窓口の対応が変わってきた。
素材を断られた直ぐ後に買い取りの打診が来た。
身分証も、このスマートフォンもあからさまだな。
どちらも、こちらに何かしらの価値を見出したからだろうよ」
「高純度の魔石と、あの素材だな」とクロムが言った。
「向こうにとって未知のものだったのは明らかだった。
気づくのは時間の問題だったと思うぞ」
バーグが腕を組んだ。
「どうする?」
ゾラはしばらく黙った。
アル・テラスでも、B級上位になった頃から貴族や大商人のアプローチが増えた。
後ろ盾を申し出てくるものもいれば、情報提供を求めてくるものもいた。
体よく使われて終わるケースも見てきた。
この政府のやり方は、それと似ている。
ただ手が込んでいるし、露骨ではない。
「すぐに決める必要はないわ」とゾラが言った。
「向こうもまだ確信がないはずよ。
今は好印象を保ちながら、様子を見ましょう」
「言質を取られるとまずいよな」とクロムが念を押した。
「そうね。こちらから情報を渡すのも最小限にしておきましょう」
バーグが短く言った。
「愛想よくしておく、ということか」
「ええ、そういう事よ’」
3人は視線を交わし、ニヤリと笑い合った。
* * *
素材の買い取り交渉は、翌日行われた。
ゾラが窓口に出向くと、いつもとは違う担当者が待っていた。
年齢は40代前半、物腰が柔らかく、言葉を選んで話す男だ。
「先日は対応が不十分で失礼しました。
改めて、素材の件でご相談できればと思いまして」
「構いません」
ゾラは椅子に座り、相手を見た。
愛想はいい。しかし目が職業的だ。
アル・テラスの商人や貴族も、こういう目をしていた。
笑顔の奥で、何かを計算している目だ。
「研究目的で、一部を買い取らせていただくことはできますか。
価格はこちらで設定させていただきますが、ご不満であれば交渉に応じます」
「いくらですか?」
提示された数字は、想定よりずっと高かった。
ゾラは表情を変えなかった。
「わかりました。その条件で構いません」
「ありがとうございます」
男は書類を取り出した。
サインを求めてくる。
ゾラはスマートフォンのAIで事前に調べてあった内容と照合した。
問題のある条項は見当たらない。
ただ、研究目的の使用に同意するという一文がある。
「この研究目的というのは、具体的には?」
「素材の成分分析です。
新しい素材の場合、どういった性質があるかを確認するのが標準的な手続きになります」
「わかりました」
ゾラはサインした。
それ以上は聞かなかった。
男が見送りの言葉をかけ、ゾラが部屋を出た。
ドアが閉まってから、男は資料をまとめた。
交渉中、ゾラは書類をよく読み、質問も的確だった。
不必要な情報は一切出さなかった。
慎重だが、拒否はしない。
好意的に見せながら、一定の距離を保っている。
経験のある人間の立ち回りだ、と男は思った。
* * *
夜、レインズは報告を受けた。
「交渉は成立しました。
サインも取れました。
素材の分析は明日から開始します」
「ターゲットの様子は?」
「落ち着いていました。
書類をよく確認していましたし、質問もしてきた。
ただ、それ以上は踏み込んでこなかったです」
レインズはそれを聞いて、少し間を置いてから言った。
「ふむ、警戒はしているが、好意的に見せようとしている、ということか」
「……どういうことですか?」
「彼女たちも、身寄りがないことはわかっているはずだ。
この場所でもめても何もいいことはない、と考えている。
だから愛想よくしながら、最低限の情報しか渡さない。
今日の交渉も、必要な確認はしたが、それ以上は踏み込んでこなかった。
そういうことだろう」
部下は黙って聞いていた。
「お互い、同じことを考えているわけだ」
レインズは窓の外を眺めた。
こちらは手荒なことをするつもりはない。
向こうも逃げるつもりはない。
互いに、一定の距離を保ちながら、少しずつ信頼を積み上げようとしている。
ビジネスとして、それは悪くない入口だ。
「引き続き、丁寧にやってくれ。
急かさなくていい」
レインズはそれだけ言って、資料を閉じた。
夜のオフィスに、空調の音だけが低く響いていた。




