【閑話】第18話 ゾラ、クロム、バーグ
閑話Day。
本編入れると今日は4話更新で、これはその2。
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ダンジョンを出て、案内に従って窓口に向かった。
ゾラは魔石をカウンターに置いた。
受付の男が手に取り、鑑定器にかけた。
「……これは」
男の表情が一瞬固まった。
目が大きくなり、すぐに戻る。
声は落ち着いていたが、指先が微かに動いた。
「買い取りは可能です。少々お待ちください」
しばらくして、紙の束が返ってきた。
白い紙幣だ。
数字が印刷されている。
「ドルというものか」
クロムが魔石で得た知識と照合する。
「この世界の通貨だ。額は……かなり多いぞ」
3人は紙を手に、建物の外へ出た。
その瞬間、ゾラは足を止めた。
空は青い。
だが、地平まで建物が続いている。
高さも、おかしい。
石造りでも木造でもない素材の塔が、雲に届くほど積み上がっている。
道には馬がいない。鉄の箱が走っている。
空気に、燃えるような匂いが薄く混じっている。
「……ここは」
バーグが低く言った。
「噂の、異世界なのか」
アル・テラスに広まっていた話だ。
ダンジョンに異世界への門が現れる、と。
まさか本当に来ているとは思っていなかったが——この光景を見れば疑いようがない。
3人は路地の隅に移動し、魔石を握った。
流れ込んでくる情報が多すぎる。
電気。自動車。インターネット。貨幣経済。国家。法律。
ゾラは目を閉じたまま「ゆっくり整理しよう」と自分に言い聞かせた。
おおよその輪郭が見えてきたところで、3人はダンジョン課の窓口に戻った。
「この近くで泊まれる場所を教えてくれないかしら?」
受付が地図を印刷して渡してくれた。
ホテルという場所らしい。
フロントで紙幣を差し出すと、カードキーが返ってきた。
部屋に入ると、清潔なベッドが2台。
大きな窓。白い壁。
そして正面に、大きな黒い板がある。
「これは」
魔石で調べる。
テレビ。映像を映す道具だ。
インターネットというものに繋がっているらしい。
リモコンを手に取り、スイッチを押した。
画面が光る。
映像が流れ出す。
ゾラは画面の前に座り込み、黙って見続けた。
ニュース。料理番組。広告。地図。
切り替えるたびに、別の世界が現れる。
「これ一台で、何でも調べられるのか」
バーグが呟いた。
誰も返事をしなかった。
3人とも、画面から目が離せなかった。
* * *
翌朝、3人はダンジョンに向かう準備をしながら話した。
「今のところ、稼ぐ手段はダンジョンしかないわね」
ゾラがそう言うと、クロムが地図を眺めながら答えた。
「そうなんだよな。
この世界のお金の仕組みとか、仕事の種類とか、もっとちゃんと理解しないと他の選択肢が見えてこない。
でも魔石を換金するだけでそれなりに稼げてるから、まずは安定させようぜ」
バーグが立ち上がり、武器を手に取りながら言った。
「そうだな、早く行かないと、もったいない」
「……あんたがそういうことを言うのは珍しいわね」
ゾラが少し目を丸くした。
「がっはっは、稼げる場所があるなら使う。当たり前だろう!」
* * *
5層に入ると、魔物が現れた。
バーグが盾を構えて前に出る。
ゾラが槍で間合いを測る。
クロムが大地の魔素を引き出して足元を固める。
魔物が倒れた瞬間、ポリゴンになって散った。
「また消えた!」
クロムが声を上げた。
「何度見ても不思議だよな。血も、毛も、何も残らない。アル・テラスだったら解体だけで1時間かかる相手だぜ」
「後処理がないのは、楽だけども」
「でも、素材が取れないのは考えものよね」と言った。
「それは……確かに気になるな」
「でも換金できる魔石は出る。
今はそれで十分だろ」
「そうね」
* * *
4日目、別室に通された。
男がテーブルの上に箱を3つ置いた。
「身分証の件は、私どもで手続きを進めます。
そちらとは別に、よろしければこちらもお使いください」
「これは何?」
ゾラが箱を見た。
「スマートフォンといいます。
通信契約も済ませてありますので、すぐに使えますよ」
クロムがすかさず箱を手に取り、開けた。
「薄い……! テレビより全然小さいのに、画面がある。これ、外でも使えるのか?」
「はい、どこでも使えます」
「すごい、持ち運べる情報板ってことだよな。いつでもどこでも調べられる……これはすごいぞ!」
バーグは自分の箱をじっと見ていた。
開けようとして、少し手が止まった。
「……壊れないか」
「丈夫ですよ」と男が答えた。
バーグはそっと箱を開け、端末を取り出した。
電源を入れると画面が光った。
バーグの口元が、かすかに緩んだ。
「ゾラ、これ触っていいか」
「もうあんたの物よ、好きにしていいわ」
「……そうか」
バーグはそのまま画面をじっと眺め続けた。
指で触れるたびに画面が変わる。
それを確かめるように、何度も何度も触れていた。
* * *
ホテルに戻ると、3人はそれぞれ端末に向き合った。
クロムはすぐに検索を覚え、次々と調べ始めた。
「ダンジョンの攻略情報が動画で出てくる!
しかも実際の映像つきだ!
これ、魔石で学ぶより圧倒的に速いぞ。
何でこんなものが無料で見られるんだ」
バーグはしばらく画面をいじっていたが、やがてクロムの袖を引いた。
「これで飯屋を探せるのか」
「こいつで探せるよ。地図アプリっていうみたいだぜ」
クロムが操作して見せると、バーグは身を乗り出した。
「おぉ、近くにある。行くか!」
「今から? もう夜だぞ」
「深夜までやってるみたいだ」
バーグは真剣な顔で画面を見ていた。
クロムが笑いながら「この世界、24時間開いてる店がたくさんあるんだよ」と教えると、バーグの目が少し大きくなった。
「24時間……」
「すごいだろ」
「……行くぞ!」
バーグは立ち上がった。
ゾラが端末から目を上げ、ため息をついた。
「また食べに行くの?」
「うまい飯を探すのは大事だ」
「……まあ、いいけど」
ゾラも端末をポケットに入れて立ち上がった。
* * *
2週間が過ぎた頃、クロムはダンジョン課の窓口が気に入っていた。
換金のたびに担当の男が声をかけてくれる。
今日の5層の状況、出現した魔物の傾向、効率的なルートの情報。
聞けば何でも教えてくれるし、聞かなくても教えてくれる。
「今日は東ルートで魔物の密度が上がっているみたいです。ご参考になれば」
「助かる。ありがとう」とクロムが言うと、男は「いつでもどうぞ」と笑った。
「あの窓口、本当に便利だな」
「魔物の情報まで教えてくれるものね。アル・テラスのギルドだって、あそこまでじゃなかったわ」
「ああ、サービスがいいな」
「がっはっは、明日もダンジョンだな!」
* * *
ホテルのコンシェルジュも、気づけば3人の生活に溶け込んでいた。
最初に感動したのは、バーグだった。
ある夜、スマートフォンでずっと飯屋を探していたバーグが、フロントに電話した。
「近くで、肉料理がうまい店を教えてくれないか」
数分後、コンシェルジュから折り返しがあった。
徒歩5分の店の名前と、予約が取れた時間と、おすすめのメニューまで教えてくれた。
「あのコンシェルジュ、すごいぞ。
何でも知っている」
「連絡ひとつで全部やってくれたのか。
それは……便利すぎるな」
それ以来、3人はことあるごとにコンシェルジュを頼るようになった。
クロムは「この地区で一番大きい図書館はどこか」と聞き、翌朝に地図が届いた。
ゾラは「武器屋に近いような業態の店はある?」と聞き、探索者の専門店を複数紹介してもらった。
バーグは毎晩のように飯屋を聞いた。
3人は当然のように、コンシェルジュを生活の一部にしていた。
* * *
その頃、別の場所で報告が行われていた。
スーツ姿の男が、パソコンの画面を前に話している。
画面の向こうに、上司がいる。
「3名の行動パターンが安定してきました。
毎日5層に潜り、同じ窓口で換金し、同じホテルに戻る。
生活圏がこのエリアに完全に固定されています」
「スマートフォンの使用状況は?」
「良好です。
それにスパイウェアにも気づいていません。
やはり工作員の可能性はないと考えていいのかもしれません」
「なるほどな。
で、どんなことに使っているんだ?」
「検索履歴の7割がダンジョン関連と食事関連です。
こちらの誘導に対する警戒は、現状ゼロと見ていいと思います。
窓口のサポートに対しても、コンシェルジュのサービスに対しても、純粋に感謝しているようです。
特にバーグという人物は、毎晩コンシェルジュに飯屋を聞いていますよ」
上司が少し笑った。
「信頼関係の構築という意味では、予想より速いな」
「はい。予想通り、3名とも頼れる人間がいないようです。
サポートを受けるたびに、自然とこちらへの信用が積み上がっています。
今のところ、3名が他の地域へ移動する様子はありません」
「引き続き、同じ対応を続けてくれ。
急かさなくていい。
もっとこちらに対しての依存度を上げるんだ」
「承知しました」
* * *
その夜、バーグはコンシェルジュに電話した。
「明日の昼に、肉料理がうまい店を予約しといてくれ」
「かしこまりました。何名様でしょうか?」
「3人だ」
「ご予約しておきますね。何時頃がご都合よろしいですか?」
バーグは少し考えてから答えた。
「ダンジョンから戻った後だな。だいたい14時か15時になる」
「では15時でお取りしましょうか」
「おう、頼んだ!」
電話を切ったバーグは、クロムのいる隣の部屋へ行った。
「明日、飯を予約した」
「もうしたのか。速いな」
「がっはっは、コンシェルジュに頼んだぜ」
「ああ、あの人か。それは完璧だな」
クロムが笑い、バーグも小さく頷いた。
2人の会話を聞いていたゾラは、窓の外を眺めながら言った。
「この街、悪くないな」
誰も否定しなかった。




