第124話 未熟を知る夜
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
道場に戻った時、既に日が暮れており、辺りは真っ暗になっていた。
真弓と陽平がすでに来ていた。
2人とも、直哉と武虎の顔を見た瞬間に何かを察したようだったが、何も言わなかった。
道場に入り、5人が向かい合うように座布団に腰を下ろす。
柳太郎がスマートフォンを卓上に置き、通話を立ち上げた。
画面に田所の顔が映る。
「お疲れ様です。
神谷さん、藤堂さん、ご無事で何よりです」
田所の声は落ち着いていたが、どこか硬さがあった。
「椎名さんたちのことを、報告しなければなりません」
直哉は少し身を固めた。
「椎名さんたちのもとにも、今日、敵が来ました。6名です」
沈黙が、部屋に落ちた。
「6名……」
「はい。椎名さんたちは対処しましたが、全員が手傷を負っています。今は治療中で、今日の通話への参加が難しい状況です」
陽平が「全員……」と小さく繰り返した。
真弓は黙ったまま、指先を膝の上で組んだ。
「今回の件は、こちらの警備体制の不備です。
神谷さんに対する警護が不十分でした。
本当に申し訳ありませんでした」
田所が深く頭を下げた。
画面の中で、額が下がる。
「あ、いや……」と直哉は反射的に言いかけたが、言葉が続かなかった。
実際に、危なかった。
「今後は体制を立て直します。
具体的な内容は改めてご連絡しますが、神谷さんの周辺の警護を現在の倍以上に引き上げる方向で動いています」
「わかりました」と柳太郎が答えた。
「田所さん、椎名さんたちによろしく伝えてください。
ありがとうございました、と」
「必ず伝えます」
通話が終わり、画面が暗くなった。
しばらく誰も口を開かなかった。
武虎が先に言った。
「椎名さんたちに6人……」
「向こうも本気ってことだな」と直哉は呟く。
「だな」
武虎が腕を組んだ。
それ以上は言わなかった。
柳太郎が、ゆっくりと5人を見渡した。
「今日のことで、改めてわかったことがある」
その目が、直哉と武虎に向いた。
「お前たちは、よくやった。
状況を考えれば、十分すぎるほどだ」
直哉は少し驚いた。
褒められると思っていなかった。
しかし柳太郎は続けた。
「だが——まだまだ修行が足りない」
「そう……だな」
武虎がすんなり答えた。
反論する気配が一切なかった。
直哉も素直にそう思っていた。
驚天動地で動きを封じられた時、打つ手がなかった。
あれが今日の自分の限界だった。
「特に今日痛感したのは、目に見えない攻撃への対処だ」
柳太郎が姿勢を正した。
「影縛り、驚天動地。
どちらも直接触れない攻撃だ。
今後もそういった相手と戦う機会は出てくる」
「防ぐ方法があるんですか?」
「2つある」
柳太郎は静かに答えた。
「1つ目は、自身の識界で相手の識界を上書きすることだ。
相手の能力を根本から潰せる。だが——」
柳太郎は少し間を置いた。
「これには膨大な魔素量が必要だ。
格上の相手にはほぼ通じない。
今のお前たちには現実的ではない」
「じゃあ2つ目は」と直哉が言った。
「無識界だ」
「……前に言ってたやつですね」と直哉は言った。
三界の話をしてもらった時に、識界、翼界と並んで名前だけ出てきた。
詳しくは教わっていなかった。
「無識界とは相手の識界の影響を受けない領域を作り出す技術だ。
相手の識界に別の波長をぶつけることで、識界の効果を無効化する」
「識界を……打ち消す?」
と直哉は繰り返した。
「そうだ。
波長さえ掴めれば、魔素量に関係なく誰でも使えるし、格上の相手にも通じる」
「じゃあそっちの方がいいじゃないですか」
と陽平が言った。
「一つ、難点がある」
柳太郎の目が、陽平と直哉を順に見た。
「無識界は、識界と同時に使えない。
どちらか一方しか展開できない」
直哉は少し考えた。
「……つまり、識界が必要な必殺技を使う人間は、無識界を張ったままでは戦えない、ということですか」
「その通りだ」
直哉の頭の中で、自分の戦い方が浮かんだ。
時穿つ瞳。
瞬閃六連撃。
どちらも識界を使わなくても発動はできる。
しかし時止めの概念を込める場合は識界を使う。
つまり——無識界を使う瞬間は、完全な瞬閃六連撃が使えない。
「タイミングが難しい、ということですね」
「そうだ。
使い所を誤れば、自分の攻め手を潰すことになる」
武虎が、少し気まずそうに視線を逸らした。
「……無識界、か」
柳太郎が武虎を見た。
その目に、問いかける色があった。
「練習しろ、とも言われてたんだけど。
身体強化と断裂猛襲を優先してたから……な」
「過ぎたことを言ってもしょうがない。
しかし、これからは更に必要になるだろう」
「……わかってる」
柳太郎はしばらく黙った。
「断裂猛襲は識界を使わない。
しかし断裂猛襲を放つ時は識界が必要だろう。
どのような戦略にするかは常に考えなさい」
「……はい」
「まずは無識界の波長を覚えなさい」
柳太郎は右手を静かに持ち上げた。
その手の周囲に、ほんのわずかに空気が揺れた。
「感じるか?」
直哉は目を凝らした。
見えるわけではない。
しかし——何かが、ある。
皮膚の外側で、何かが触れようとしているような、微かな感覚だった。
「……なんか、わかる気がします」
「識界や翼界と同じだ。
とにかく反復練習をし、無意識化でも発動できるようにしなさい」
柳太郎が手を下ろした。
「今夜は遅い。続きは明日からだ」
柳太郎が道場の奥へ歩き出した。
直哉は座ったまま、少しの間、道場の天井を見た。
今日、何度か死にかけた。
動けなかった。打つ手がなかった。
それが悔しかった。
(……強くなるしかないな)
当たり前のことを、改めて思った。
「神谷」
武虎が立ち上がりながら言った。
「今日は泊まっていけよ。
明日は早くから特訓だ」
「……トラ、お前早起きできるの?」
「うっせ」
若干砕けた雰囲気がもどってきた中、武虎が先に廊下へ出た。
真弓と陽平も立ち上がり、玄関へ向かっていく。
直哉は最後に立ち上がり、道場を一度振り返った。




