第122話 戦場の商店街
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私にガソリンをください!!
昼過ぎ、直哉と武虎は商店街を歩いていた。
真弓と陽平はそれぞれ別の用事がある。
今日は2人だった。
「どこ行くんだ?」
「特に決めてない。ぼんやり歩いてた」
「おま、誘うなら目的地くらい決めておけよ」
「だってしょうがないじゃん。単独行動だめって言うからさ」
武虎が「お前ってやつは」と言いながら、それでも隣を歩き続けた。
その時――椎名からメッセージが来た。
《緊急。現在、複数の工作員と交戦中です。
神谷さんたちに向かえる状況ではありません。
今すぐ安全な場所に移動してください》
直哉は武虎に画面を見せた。
武虎が立ち止まる。
「まじか!」
(イチカ!?)
(『——警告。3名が接近しています。いずれも身体強化剛を発動しています』)
「トラ、やばいぞ。3人だ!」
2人は同時に身体強化剛を発動した。
商店街の通りから、3人の男が現れた。
30代くらい。体格がいい。
普通の探索者とは、目の色が違う。
2人が武虎の前に立ち、残りの1人が直哉の前に立った。
「神谷直哉。大人しくしてもらえるなら、手荒なことはしない」
「断る」
直哉と武虎が、同時に動いた。
* * *
2対1。
厄介だが、やりようはある。
右の男が半歩動いた。
構えを取ろうとした、その前に——踏み込み最小限の動作で、強化したこぶしを腹に叩き込む。
「ぐっ——」
左の男が即座に横から来た。
側頭部への蹴りだ。速い。
頭を下げる。
蹴り足が頭上を抜けた瞬間、軸足へ足払いをかける。
同時に右の男の腕を引いて、2人の動線が重なる位置へ誘い込む。
「っ——」
よろいた一瞬で右に向き直り、肘を顎に入れた。
ガッ!!
のけ反らせたまま体を入れ替え、右の男へ正拳を叩き込む。
「——ッ!」
2人が後退した。
たった数秒の交錯で、体勢が崩れている。
止まるな。
常に動き続け、2人の間に一直線に並ばれないよう角度を取る。
1人の攻撃が来た瞬間にもう1人が死角に入らないよう、位置を計算し続ける。
10年間以上、体に染み込ませてきた感覚だ。
右の男が踏み込んでくる。直線的な右ストレートだ。
軌道の内側へ踏み込み、腕を内側から弾く。
弾いた勢いを体の回転に変換し、左の男への肘打ちへ繋げる。
左の男が頭を下げた。
肘が空を切った瞬間――右の男から低い蹴りが来た。
前後から挟む形だ。
後退してかわす。
「……やるな」
2人が顔を見合わせた。
息を整える。まだ行ける。
「かかって来いや!」
今度は2人が同時に動いた。
正面から右の男。背後に回り込もうとする左の男。
前後から挟み込まれる。
踏み込む方向を変え、右の男の横へ出る。
右の男を盾にする形で、背後からの攻撃を消す。
右の男の死角へ入りながら、肘を首に打ち込む。
右の男がよろめいた。
左の男が軌道を変え、上段への蹴りを放つ。
低く屈む。
蹴りが頭上を抜けた。
左の男の着地の瞬間、足首を払う。
「っ——」
左の男が膝をついた。
背後から右の男が来る。
肩口へ、今度は両腕で組み付こうとした。
半歩前へ出て、組み付きを外す。
体を入れ替えながら、みぞおちに肘を落とした。
ドッ——
右の男が前屈みになる。
呼吸が速い。
2人の息が上がってきている。
自分は、まだ乱れていない。
追い込もうとした時、2人の動きが、止まった。
空気が変わる。
「ちっ、識界か!」
相手の魔素が広がっていく感覚が、肌に伝わる。
見えない。だが、境界が自分の周囲に張られていくのがわかった。
「ほう、気づくのか」
男が笑い、構えを変えた。
(どこだ。何が来る。神経を研ぎ澄ませろ……!)
男が指を鳴らした。
パチン。
――瞬間、肌が粟立つ。
体が動いていた。考える前に、左へ跳んでいた。
直後――
立っていたアスファルトが、音もなく一文字に裂けた。
刃が入ったわけでも、何かが飛んだわけでもない。
ただ、空間が、裂けた。
自分の足があった場所が、ぱっくりと口を開けている。
「——」
「……ほお」
もう一度。
正面――肌が粟立つ。右に跳ぶ。
直後、地面が一文字に裂けた。
3度目。低く屈む。
頭があった空間が裂けた。
前髪が数本、ふわりと舞う。
「——くそったれ……!」
4度目。
右にかわす。
「ちっ!」
わずかに反応が遅れた。
ジャケットの左端が、裂かれて宙に舞った。
「……まるで獣だな。こうも見事にかわすか」
答えない。
(かわし続けるのは限界がある。前に出るしかない……!)
「——断裂猛襲ッ!!!」
全身に赤いオーラが爆ぜた。
虎の輪郭が膨れ上がり、黒い稲妻が体表を走る。
男が指を鳴らした。
来る――どこだ!
肌が粟立った場所へ、爪を叩き込んだ。
「そこだぁぁッ!!!」
断裂猛襲の爪が、大切断の斬撃にぶつかった。
キィィィィィィィンッ!!!!
空間が軋む。
金属とは違う。甲高い音が周囲を震わせる。
余波が四方に散った。
自転車が吹き飛ぶ。看板が折れる。窓ガラスが割れた。
赤い魔素と黒い裂け目が、空中でぶつかり合う。
「——ッ、まさか……!」
男が後退する。追う。
「逃がすかぁ——!!」
――しかし。
「影縛り」
足元に黒い影が広がった。
足首を掴まれ、それが体中に絡みつく。
「——なっ、動きが——ッ!」
引き剥がそうとするが、影は引き伸びるだけで千切れない。
「くっ——このォ……!!」
* * *
一方、直哉は1対1だった。
「こんなところで仕掛けてくるのかよ!」
踏み込んで突きを叩き込む。
受け流された上にカウンターが来る。
身を捌いてかわした。
均衡している。
実力が近い。
(イチカ!)
(『時穿つ瞳』)
幾何学模様が左目に浮かぶ。
燐光が瞬いた。
世界が、粘りを帯びた。
右手の軌跡が見える。
一歩左にずれる。拳が空を切った。
その脇腹に突きを叩き込む。
「っ——」
敵がよろめく。
次が来る。蹴りだ。
後退し、重心が泳いだ瞬間に踏み込んだ。
顎に上段突き。
ガッ——
「——なぜかわせる……!」
大振りの右が来る。
「遅い!」
身を沈めてくぐり抜ける。
すれ違いざまに脇腹を叩き、回り込んで背中に肘を入れた。
ドッ——
前のめりに崩れる。
「まだだ!」
間合いを詰め、腹に連打。
上段。また腹。
「——ぐっ、——ッ!」
じわじわと削れていく。
時穿つ瞳が続く限り、この均衡は崩れない——
その瞬間、相手の表情が変わった。
「——驚天動地」
何かが、体を包んだ。
(——!)
右に踏み込もうとした。
体が左に動いた。
「——え」
前に出ようとすると、後退する。
殴ろうとすると、腕が引っ込む。
全ての動作が、逆だ。
(『——能力干渉です! 意図した動作が全て反転しています!』)
「くっそ——ッ!!」
右手を動かそうとした、左手が動く。
右を向こうとすると、左を向く。
逃げようとすると、向かっていってしまう。
(イチカ! 何か方法は!)
(『試しています——逆の動作を意図することで——いえ、それも干渉されます。
能力の解除方法が不明です!』)
(くそっ、どうすれば!!)
(『——分体生成、展開します!!』)
体から、淡い光が溢れ出した。
光が人型を作る。直哉と同じ姿、同じ大きさ。
一瞬で、分身が顕現した。
分体生成が男へ踏み込む。
「——ッ!」
男が後退する。
分体生成が追う。
直哉はその間、体の反転を解こうとした。
逆の動作を意図する——反転する。
魔素を集中する——解けない。
「くそ——解けない——ッ!!」
分体生成が男を押し込んでいた。
ガッ、ガッ、ガッ——
「いい分身だ。しかし——」
男が構えを変え、攻撃に転じる。
(『——圧力が——! 分身への魔素供給が追いつかない——!』)
アバターの輪郭が滲む。
手足の形が崩れていく。
「——消えろ!」
ドォォンッ!!
分体生成が弾き飛ばされた。
光が散り、分身が消えた。
(『……打ち破られました』)
体はまだ逆を向く。
踏み込もうとすると後退する。
「抵抗をやめろ」
「——誰が!」
「そうか」
男が静止した。
少し離れた方向を見た。
つられて直哉も見る。
武虎が、担がれていた。
影縛りに全身を絡め取られている。
腕も足も、黒い影が縫い付けるように固定されていた。
術者が武虎を肩に乗せ、こちらへ歩いてくる。
武虎は意識がある。
歯を食いしばって抵抗しようとしているのが見えた。
しかし動けない。
「——神谷、気にするな……!」
武虎が声を絞り出した。
「黙れ!」
術者が武虎の頭を押さえつけた。
男が直哉に向き直る。
「大人しくするなら、こいつには手を出さない」
直哉は武虎を見た。
武虎がこちらを睨んでいた。
「いいからやれ!」と言っている目だった。
「……」
「どうする?」
直哉が構えを解こうとした――
その時。
——暴風が吹き荒れた。




