第116話 もしもし、こちら異世界
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エンジニアが異世界に来たのは、エルタとダルヴァの交渉からすぐのことだった。
直哉が転移させたのは3人。
電話機の設計を担当する技術者2名と、現地での設置・管理を担う職員1名だ。
「……本当に異世界だ」
3人のうちの一人、30代の技術者・長谷川が、JPギルドの中庭に立ちながら空を見上げた。
星の配置が地球と違う。
それだけで、ここが地球でないことは一目でわかる。
「慣れますよ」
陽平が言った。
「最初はみんなそうです」
* * *
それからの2ヶ月は、工事の日々だった。
長谷川たちは現地の職人と組み、電話機と中継器を製造した。
動力は魔石から取り出した力を使う。
地球の設計を異世界の素材に落とし込む作業は、予想より手間がかかった。
素材の純度がばらつき、動作が安定しないことが何度もあった。
「この鉄、また規格が違う……」
長谷川が材料を前に頭を抱えるのを、直哉は何度も見た。
「地球から持ち込めないんですか?」
直哉が聞いたことがある。
「量が多すぎます。
それに、現地で作れないと意味がない。
ここで軌道に乗せないと、俺たちが帰った後に続かなくなる」
長谷川は愚痴を言いながらも、諦める様子はなかった。
直哉たちはその間、ラグナ周辺の依頼をこなしながら待機した。
工事そのものに直哉たちの出る幕はない。
自分たちに何ができるかを考えながら、毎日を過ごした。
* * *
ある夕方、長谷川が直哉を呼んだ。
「神谷さん、ちょっと来てください」
JPギルドの一室に、電話機が2台置いてあった。
木製の箱に金属部品が組み込まれた、この世界の素材で作られた機器だ。
見た目は地球の電話とは全然違うが、仕組みは同じだ。
「試してもらえますか。
向こうの部屋に職員が待っています」
直哉は受話器を持ち上げた。
何か言えばいいのか迷い、とりあえず「もしもし」と言った。
少し間があって——
「……聞こえます」
別の部屋から、くぐもった声が届いた。
「おお」
直哉は思わず声が出た。
「聞こえましたか?」
長谷川が聞いた。
「聞こえました」
「距離は今50メートルほどです。
次は500メートル離れた場所で試します。
それが通れば、第1段階の完成です」
* * *
500メートルのテストは翌日行った。
直哉が片方の電話機を持ち、ラグナの門の外まで歩く。
田所さんが残ってJPギルドで待機する。
「これ、うまくいくのか?」
『問題ないでしょう。
何しろ地球では確率された技術ですし、製造設備もそろってきたと聞いています』
「ふーん、結構簡単なんだな」
『そうではありません。
今までの積み重ねですね』
「そっか」
門の外まで来た。
振り返ると、ラグナの街壁が背後に見える。
受話器を持ち上げた。
「……田所さん、聞こえますか」
数秒の間があった。
「——聞こえます。
問題ありません」
直哉は少し息を吐いた。
「よかった。音質はどうですか」
「少しこもってますが、話せます」
「おお、成功ですね!」
* * *
第1段階完成の報告は、その日の夕方にあった。
JPギルドの広間に全員が集まった。
直哉・武虎・真弓・陽平、田所さんと職員たち、長谷川たちエンジニア。
田所さんが立ち上がった。
「ラグナでの電話の稼働を確認しました。
次はダルヴァとエルタへの設置です。
3つの拠点が繋がれば、通信網の第1段階が完成します」
拍手が起きた。
長谷川が「まだ完成じゃないですよ」と言いながら、それでも少し嬉しそうだった。
ダルヴァとエルタへの設置は、それぞれ1週間かかった。
担当者との調整、設置場所の確認、動作テスト。
直哉たちは毎回護衛として同行し、待機した。
最後のテストはエルタで行った。
エルタ・ダルヴァ・ラグナの3点を繋ぐ通話テストだ。
エルタのパルヴォが受話器を持ち、ダルヴァのフォンターナが別の電話機の前に立つ。
「……フォンターナか?」
受話器から、声が流れた。
パルヴォの表情が変わった。
前回試作品を見せた時とは、また違う顔だ。
あの時は驚きだった。今回は——実感だ。
「聞こえる。
今エルタにいるが……聞こえている」
パルヴォが受話器を手に持ったまま、田所さんを見た。
「本当に繋がったんだな」
「ええ、よかったです」
パルヴォが何か言いかけて、止まった。
それから「……すごいな」とだけ言った。
* * *
帰りの馬車の中、田所さんが言った。
「3点が繋がりました。
次は連邦の主要都市5つへの拡張です。
ただし、そこからは規模が大きくなります。
中継器の数も、管理する人員も、今とは比べ物にならない」
(『中継器を増やせば届く距離は伸びます。
理論上、連邦全域をカバーするには中継器が数千箇所以上必要です』)
(一個ずつやっていくしかないな)
(『そうなります。ただ、今の3点が実績になります。
次の交渉では、実際に動いているものを見せられます』)
「どのくらいかかりますか?」
直哉が田所さんに聞いた。
「連邦全域まで広げるには、早くて2年、現実的には3~4年かかると思っています」
「長いですね」
「長いです。でも——」
田所さんが窓の外を見た。
「誰かがやらなければ、永遠にかかります」
武虎が「それはそうだな」と言った。
馬車がガタゴトと揺れる。
ラグナへの帰り道。
夜空に見慣れない星が光っていた。
「あ、そうだ」
陽平が急に言った。
「田所さん、便宜を図ってくれるって言ってましたよね」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、馬車をなんとかしてもらえませんか」
「馬車?」
「揺れるんですよ、これが。
毎回腰にくるんです」
武虎が「それは俺も思ってた」と言い、真弓が「私も」と続けた。
田所さんが少し考えてから言った。
「……確かにそうですね」
直哉は苦笑した。
最初の要望が馬車の乗り心地か、と思いながら、窓の外の星を眺めた。




