第115話 地球側の波紋
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
霞が関の庁舎の一室に、7人が集まっていた。
窓の外には東京の街並みが広がっているが、部屋の中の空気はそれとは無関係に重い。
机の上には分厚い資料の束。
全員がスーツ姿で、誰も余計なことを話さない。
「では、JP構想の現状報告を始めます」
上座に座った男が、資料を手に取った。
ダンジョン課の課長補佐、岸本という人物だ。
田所の上司にあたる。
50代で眼鏡をかけており、オールバックで髪をカッチリとセットしている。
資料が配られる。
会議室の全員が目を落とした。
「JP拠点の直近3ヶ月の成果です。
調味料・改良魔道具の販売により、現地通貨換算で月平均6億7,000万円相当の収益です。
まだ販売個数を絞っておりますし、近隣の町まで売れば10倍程度の収益が見込めます。
さらに近隣2都市との電話設置の合意を取り付け、通信網の第一段階が動き出しました」
数人が小さく感嘆の声を上げた。
「電話の設置が進めば、グラナート連邦内の通信インフラを日本が握ることになります。
情報網の独占は、外交・商業・安全保障の3つの観点から計り知れない価値があります」
岸本が資料をめくった。
「さらに長期的な観点で言えば、連邦全域への電話網整備は3~4年以内を目標としています。
現段階で日本が先行してこのインフラを握れば、後から他の勢力が参入しても、我々を追い越すことは困難になることでしょう」
「具体的な収益の見込みは?」
発言したのは田所の隣に座った財務省の担当官だった。
「電話の月額維持費と設置費用だけで、連邦規模になれば年間数十億円相当の現地通貨収益が見込めます。
ただしそれ以上に重要なのは、情報の独占です。
どの街に何が足りているか。どこで何が動いているか。
通信網を持つ者だけが、この世界のリアルタイムの情報を持てる。
その価値は、金額では換算できません」
財務省の担当官が「なるほど」と言いながらメモを取った。
岸本が続けた。
「課題も共有します。
第1に人員不足。
エンジニアや管理者を増員する必要がありますが、転移ができるのは現時点で神谷さん1人です。
国内での転移技術の研究は継続中ですが、確立まで1年以上かかる見通しです」
「つまり当面は、彼1人に依存し続けるということか」
発言したのは、会議室の端に座った男性だった。
内閣府の担当官、原田という人物だ。
声に棘がある。
「その通りです。
ただし本人は協力的で、現状は問題ありません」
「問題ないで済んでいる間はいいが、もし何かあった場合のリスクが大きすぎる。
17歳の高校生一人に、国家プロジェクトが懸かっているということでしょう」
岸本が「おっしゃる通りです」と返した。
「だからこそ、今日の議題の2つ目に繋がります」
岸本が資料を一枚めくった。
「海外の動向についてです」
室内の空気が、また少し変わった。
「先月から今月にかけて、複数の国の情報機関が日本のダンジョン関連技術について、調査の動きを強めています。
我々が異世界に行ける、このような荒唐無稽なことには気づいていないと思いますが……」
「どの国ですか?」
別の担当官が聞いた。
「現時点では特定できていません。
複数国が並行して動いています。
うち少なくとも2カ国は、国家レベルで情報機関が動いていると判断しています」
「何を疑っているんですか?」
「そこまでは。
しかしダンジョン関連の特別な技術を持っているのでは、という程度だと分析しています」
沈黙が落ちた。
原田が腕を組んだ。
「なるほどな。
それで、どう対応するんですか?」
岸本が資料を閉じて、全員を見渡した。
「神谷さんの能力は最高機密として扱います。
社外秘どころか、政府内でも知る者を最小限に絞る。
今後、神谷さんの転移に関する情報は、この会議室の出席者を含む限られた人間しかアクセスできません。
記録の残し方についても、別途指示を出します」
「その他は?」
「神谷さんの身辺保護を強化します。
万が一、海外組織が神谷個人にアクセスしようとした場合に備え、監視と警護の体制を整えます。
ただし神谷さん本人に過剰な警戒心を持たせることは得策でないため、あくまで目立たない形での対応とします」
「神谷本人には伝えるんですか?」
岸本が少し考えてから言った。
「田所を通じて、状況を適宜共有します。
ただし、不必要に警戒心を煽ることは避けたい。
現時点では、気をつけてほしい、という程度の伝え方でよいと思います」
「田所への依存が大きいですね」
「異世界で直接動けるのは田所だけです。
それは現状、変えられません」
原田が口を挟んだ。
「1つ確認したい。
彼は今どこにいるんですか?」
「異世界です。
現在はJP拠点で活動中です」
「異世界にいる間は手が届かない、ということですね」
「そうなります。
異世界での直接的な危険は今のところ低い。
懸念されるのは、地球側での接触です」
「地球に戻ってきた時が問題になる、ということか」
「その通りです。
神谷さんは定期的に地球に戻ってきます。
その間が、最もリスクの高い時間です」
会議室が静かになった。
岸本が最後に言った。
「繰り返しますが、神谷さん1人が動けなくなれば、JP構想全体が止まります。
それは避けなければならない。
各省庁において、神谷さんに関連する情報の取り扱いを厳重にするよう、改めてお願いします」
外では東京の空が曇り始めていた。
* * *
会議が終わり、廊下に出たところで田所は1人になった。
エレベーターを待っていると、後ろから足音が聞こえた。
岸本だった。
「田所。少しいいか」
「はい」
「神谷さんには今日の話はどこまで伝える?」
「地球側でも探りを入れられ始めている、という点は先日伝えました。
詳細はまだです」
岸本が腕時計を見た。
「適切なタイミングで伝えてくれ。ただし——」
「彼を不必要に動揺させないように、ですね」
「そうだ。
彼はまだ17歳だ。
最近は探索者の道を進むことを決めたのか、高校には行っていないようだが、半年前までは普通に高校に通っていたんだ。
それを忘れないようにしてほしい」
田所は少し意外に思った。
岸本がそういうことを言う人物だとは思っていなかった。
「……わかりました」
岸本がエレベーターのボタンを押し、扉が開いた。
乗り込みながら続けた。
「もう1つ。
海外の動きが情報収集の段階から、実際の工作活動に移る可能性がある。
タイムラインは読めないが、早ければ数ヶ月以内という見方もある。
情報収集の次は、接触か、懐柔か、あるいは強引な手段に出るかだ。
どのパターンになるかはわからないが、相手が本気であることは間違いない」
田所は頷いた。
「わかりました」
「神谷を守れ。あの子が動けなくなった瞬間に、JP構想全体が止まる。
それだけじゃなく——」
岸本が少し間を置いた。
「17歳の子どもを、こういうことに巻き込んでいる。
そのことも、頭に置いておいてくれ」
扉が閉まった。
田所は廊下に残った。
窓の外を見る。
東京の空は、すっかり曇っていた。
岸本が言った言葉が、頭の中に残っていた。
17歳。
普通なら高校に通っている年齢。
田所はスマートフォンを取り出した。
次に直哉が地球に戻ってきた時に、何をどう伝えるか。
それを考えながら、廊下を歩き始めた。




