第110話 財宝
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
砂煙が晴れ、崩れた洞窟の入口から外へ出た時、最初に感じたのは風だった。
「ふーーーーーー」
直哉は空を仰ぎ、大きく深呼吸をした。
傾きかけた太陽が、森の稜線を橙色に染めている。
「……涼しい」
陽平がぽつりと言った。
「本当に止まったんだ」
「ああ」
直哉は息を吐いた。
腕がまだ震えている。足も笑っている。
真弓は銃を腰に収め、静かに洞窟の入口を振り返った。
赤みがかっていた岩肌の光が、もう消えていた。
「……終わったわね」
「終わった」
しばらく、誰も動かなかった。
疲弊した体を無理に動かす気にもなれず、4人は思い思いに岩の上に腰を下ろした。
ヘタヘタと座り込んでいた陽平は、しばらくして「……ごはん食べたい」とぼそりと言った。
「陽平、よく食欲でるな」
「いやあ、魔素を使いすぎたよ」
「わかる」と真弓が言った。
「……私も」
「真弓さんも思った以上によく食べるよな」
武虎が苦笑した。
* * *
重い足音が、森の方向から近づいてきた。
緑の巨体が、木立の間から姿を現した。
グリーンドラゴンは4人を見渡し、それから洞窟の入口に目をやった。
赤みの消えた岩肌を確かめるように、しばらく見ていた。
「……片付いたカ」
「ああ、なんとかね。
これでいいんでしょ?」
直哉が立ち上がって答えると、グリーンドラゴンはゆっくりと視線を戻した。
少しの間があった。
「……魔結晶が原因カ」
「それだけじゃなくて、そっからファイアージャイアントが生えてきた!」
「そうカ」
グリーンドラゴンは短く答えてから、低く息を吐いた。
「熱の原因がなくなっタ。随分長く悩まされたが——」
巨体がわずかに揺れた。
「……やっと、眠れル」
4人は黙って聞いていた。
「貴様らに、礼を言ウ」
今度は、前よりはっきりと、頭を下げた。
完全な礼ではない。だが確かに、頭が下がっていた。
直哉は何も言わず、頷き返した。
「褒美をやろウ。来イ」
* * *
案内された先は、森の奥の岩肌に口を開けた横穴だった。
入口には爪の跡が深く刻まれており、ここが長く使われてきた場所だとわかった。
幅は10メートルほど。
中は思ったより広い。
中に足を踏み入れた瞬間、4人は足を止めた。
床に金貨が積まれていた。
銀貨もある。
壁際には大小の魔石が並び、奥の棚には布に包まれた品や古びた箱が積み上げられている。
天井近くまで積み上がった金貨の山が、横穴の奥まで続いていた。
「……なんだこれ」
武虎が呆然と呟いた。
陽平は入口で固まったまま動けない。
真弓だけが、黙って棚の方へ歩み寄った。
『ざっと見た範囲で流通価格に換算すると、おおよそ3億円前後かと思われます』
「……3億」
直哉はもう一度、洞窟の中を見渡した。
金貨の山と、その数字が、うまくつながらない。
グリーンドラゴンは洞窟の入口には入らず、外から顔だけを突き入れるような形で言った。
「1人につき、1つダ。
金貨の山を選ぶのも自由だが——せっかくだから珍しいものを選んでみるといイ」
太い爪が、奥を指した。
「私自身も、出所がわからんものがあル。
捨てるのも惜しいから積んでおいたが——縁があったと思エ」
* * *
4人は棚の前に並んだ。
置かれているものは確かに変わったものばかりだった。
用途のわからない小瓶、奇妙な形の鍵、古い仮面。金属のリング、布の束、獣の爪。
武虎が早々に一つを手に取った。
革ひもに金属の飾りがついたアミュレットだ。
「これ、なんだ」
『防御のアミュレットです。
防具や盾を装備していない場合、魔素による防護膜が自動で身体を保護します』
「……俺向けだな」
武虎は自分の装備を見下ろした。
鎧も盾もなく、道着を着ているだけだ。
「よし、俺はこれにするか」
真弓は棚を端から無言で見ていた。
目に止まったのは、銀色の籠手の前だった。
持ち上げて、裏返して、もう一度表を確かめる。
『セレブリティーの籠手。
素早さを強化する効果があります』
真弓はそのまま自分の手にはめた。
「……これ」
「速さが上がるやつか」
「私は速さが命」
陽平は棚の前で腕を組み、首を傾けていた。
端から端まで見て回って、最終的に足を止めたのは棚の隅だった。
「……この壺、なんですか?」
並々と水が入った、小ぶりの壺だ。
蓋もない。
なのに水がこぼれていない。
外からグリーンドラゴンが答えた。
「水の精霊が宿っていル。どこで入手したか、私にも覚えがなイ。
なぜか、貴様に反応しているようだガ」
陽平がそっと両手で壺を持ち上げると、水面がゆっくりと揺れた。
波紋が広がり、消えた。
「……なんか、あったかい気がする」
『水の精霊が宿っています。
陽平様の魔素に共鳴しているようです』
「気のせいじゃないんじゃないか」
武虎が呟いた。
陽平は静かに壺を胸に引き寄せた。
「これにします」
直哉は最後に棚を見渡した。
目に留まったのは、赤いひもだった。
ミサンガのような形をしていて、金属の飾りが編み込まれている。
刻まれた文字は、読めない。
『クリッグ・ルーンです。古い言語で「戦の意志」を意味します。
恐怖耐性が上がり、攻撃の鋭さが増す効果があります』
直哉は少し考えた。
恐怖耐性。
ファイアージャイアントと向き合った時、脚が震えた。
主ゴブリンの時もそうだった。
気合いで動けはする。
でも、震えるのは本当のことだ。
「これもらいます」
直哉はミサンガをバットの持ち手に巻きつける。
『効果の発現には時間がかかるかもしれません』
「それでもいい」
* * *
4人が外に出ると、グリーンドラゴンは4人の選んだものをひと渡り見た。
武虎のアミュレット。
真弓の籠手。
陽平の壺。
直哉のミサンガ。
「……金を選ばなかったカ」
低く、どこか感心するような声だった。
「お言葉に甘えて」
直哉が言うと、グリーンドラゴンは短く笑った。
「悪くない選択ダ」
しばらく間があった。
直哉はグリーンドラゴンを見上げた。
「あんたの縄張りは、これで戻れるのか?」
「……ああ」
グリーンドラゴンは北の方角へ目を向けた。
「まだ魔素が暴れているが、しばらくすれば落ち着くだろウ」
「そうか」
「ここは私の領域ダ。
次見かけたら喰ウ。
お前らの同胞にも伝えておケ」
グリーンドラゴンはそれだけ言って、森の奥へと踵を返した。
ゆっくりとした足取りで、しかし迷いなく。
最後に太い尾が草を薙いで、緑の木立に消えた。
* * *
4人は夕暮れの中に残された。
橙色が深くなっていく空。
遠くで鳥が1羽、鳴いた。
ようやく、鳴き始めた。
「……よかったな、あいつも」
陽平がぽつりと言った。
「ん」と真弓が返した。
武虎は腕を組んだまま、消えた木立を見ていた。
「……ドラゴンに礼を言われる日が来るとはな」
「俺も思わなかった」
直哉は笑った。
「悪くないじゃないか」
「そうだな」
武虎が直哉の肩を軽く叩いた。
「お前が諦めずに話しかけたおかげだぞ」
「いや、みんながいたからだろ」
「水くさいな」
真弓が2人を横目で見た。
それから、静かに視線を前に戻した。
口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。
「……」
陽平が姉の顔をそっと覗いた。
「……姉ちゃん、今なんか考えた?」
「なんでもない」
「絶対なんか考えた」
「ふひ」
直哉は2人のやりとりを聞きながら、バットのミサンガに目を落とした。
夕日を受けて、金属の飾りがかすかに光る。
「さあ、帰って飯行こうぜ!」
4人は夕暮れの空に飛び立った。




