第103話 押し寄せる影
待ち合わせ場所にヤスが現れたのは、約束の時間ちょうどだった。
「ナオヤ氏!」
駆け足とは言えないが、明らかに早足だ。
肩にでかいバッグを担ぎ、目が爛々と輝いている。
異世界の服装に着替えていて、興奮が滲み出ていた。
「どうした、そんなテンションで」
「いやあ」ヤスは荷物を下ろしながら息を整えた。
「アル・テラスに来るのも3回目でござるが、慣れるどころか毎回テンションが上がってしまいまして。
拙者、どうも異世界の空気が合ってるみたいです」
「大興奮」と真弓が苦笑する。
「これこれ、これを見て下され!」
バッグから取り出されたのは、見慣れない形の2つの発明品だ。
* * *
「まず1つ目ですぞ、ナオヤ氏。
魔石回収装置です」
手のひらに収まるサイズの小箱だ。
「モンスターの死体に触れて起動すると、魔石のみを自動で回収します。
これで解体の手間なく魔石が取れますぞ」
「おお、それいいな!
何度か解体に挑戦したんだけど、どうしても慣れなくてさ」
「素材の回収装置も作りたかったのですが、素材データが不足しておりまして。
各モンスターの素材構造を把握できていないため、魔石以外の自動分別が難しいのです。
そちらはデータが蓄積され次第、アップデートを予定してますぞ」
「いやぁ、助かるよ、ありがとう」
「そして2つ目」ヤスは少し得意げな顔をした。
「鉱脈探査機でございます」
取り出したのは、変な装置が付いたドローンだ。
「このドローンを飛ばすと、範囲内にある鉄鉱脈もしくはボーキサイト鉱脈を探知します。
なぜこの2種類かというですな……」
『その2種類は比較的広い地域に分布しており、見つける可能性が高いからですね。
しかし、その2種類を探しても異世界ではあまり役に立たないと考えます』
イチカの指摘に、ヤスは嬉しそうに顔をほころばせた。
「ふっふっふ、そこがミソなのです。
異世界でレアアースはとても価値が低い。
まさに石ころ同然です。
そして魔石を使って何かを生成する場合、同属を変換すると、コストを抑えることができます。
つまりです!
金属であれば、どんなものでも低コストでレアアースに変換できるのです」
「レアアースって、PCとかスマホ作るのに必要なんだっけ?」
「ええ、そうですぞ。ほぼ全ての精密機器に使われています」
「ってことは、異世界でスマホとか作るってことか?」
「左様。
アル・テラスにはそういった技術がありません。
もし現地で通信機器が実用化できれば、冒険者ギルド、商人、行政……需要は計り知れません。
しかも材料を現地で調達できれば、転移の負担も減りますぞ」
「それは確かに」と陽平がぼそりと言った。
「拙者自身が通信機器を開発するつもりはありません。
それは専門家に任せればよいのです。
ただ、材料の調達ルートさえ作れれば、役人の方々にとっても大きな利益になる」
ヤスは少し間を置いた。
「行政に利益をもたらすことができれば、ナオヤ氏たちの立場も、拙者の立場も、より強固になる。
長く良い関係を作るためには、互いに得をする仕組みが必要でござる」
「なるほどな、それで鉱脈か」
「ええ、そうです。
まずは分布が多い可能性がある鉄とボーキサイトの場所を把握してから、変換実験を進める予定です。
コスト面さえ証明できれば、現地調達から現地製造まで、一本の線でつながりますぞ」
直哉は腕を組んだ。
スケールが大きすぎて実感が薄いが、方向性は正しいと思った。
「とりあえず鉱脈を探すところからだな」
「ですな」
翌日、ヤスのドローンはアル・テラスの上空を飛んだ。
* * *
探査は順調に進んでいた。
ラグナの周辺は広大な森が広がっている。
森の北側に鉄鉱脈の反応が出て、南の森には点在している丘にボーキサイトと思われる反応も確認できた。
ヤスはモニターを見ながら満足げに頷き、データを記録していった。
そのドローンが東側を捜索していた時だった。
「……ナオヤ氏」
ヤスの声のトーンが変わった。
モニターに映っているのは、鬱蒼とした森の内部だ。
木々の間に、無数の影が蠢いている。
「なんだ、あれ」
膨大な数の何かが、一方向に向かって動いている。
焦るように、急くように、そして無秩序に。
「巨大な蟻ですな……」とヤスが唸る。
モニターを拡大する。
見えてきたのは、体長1メートルを超えるアリの群れだった。
通常個体だけではない。
群れの中には、白い塊を抱えている個体がいた。
幼虫だ。
『ジャイアント・アントです。
このモンスターは指揮系統がはっきりしており、あのような無秩序な軌道を取りません。
異常事態が発生している可能性が高いです』
「幼虫まで運んでいるぞ、あれ」
『この移動パターンは追われているものです。
何かから逃げていると考えられます』
「何から?」
『不明です。
ただ、群れ全体が同じ方向を向いている。
発生源は森の奥です』
アリの群れの進路の先にはこの町がある。
「まずいだろ、これ!」
アリの群れは、雪崩を打つようにしてラグナを通過するコースを取っていた。
数を見積もれば、軽く数百を超える。
その全部が町の中を通り抜けるとなれば、被害は免れない。
「ヤス、ドローンを群れの後方に回してくれ!
規模を確認する」
「お任せください」
武虎もすでに動いていた。
「俺はギルドに連絡してくる。町の防衛隊に知らせないとな!」
「何匹規模ですか?」
「見えている範囲だけで1,000匹以上。森の奥にまだいる可能性がある」
「わかりました、私も商業ギルドに報告してきます!」
田所が駆け出していく。
* * *
直哉たちが冒険者ギルドに到着した時には、すでにギルドの広間は人で溢れ返っていた。
剣を担いだ者、弓を背負った者、鎧姿の者。
みな一様に険しい顔で地図を囲み、口々に意見をぶつけ合っている。
「1,000匹以上なら、正面から迎え撃つのは得策じゃない。
東の街道で分散させてから各個撃破だ」
「いや、北の水路を使うのはどうだ。
アリは水が苦手だろう。
誘導できれば数を削れる」
「問題は群れを制御してる個体がいるかどうかだ。
女王がいるなら、そっちを先に仕留めた方が早い」
「森の奥に何かいるって話だったな。
そいつに追われてるなら、群れの後ろも気にしないといけない」
全員が、町を守るための話をしていた。
誰一人、逃げることや諦めることを口にしていなかった。
議論は激しかったが、長くはかからなかった。
最終的に3つの部隊に分かれることになった。
東の街道で群れの先頭を食い止める迎撃隊、北の水路に誘導する誘導隊、そして森の奥の異変に備える後方警戒隊だ。
指揮官が割り振られ、それぞれの役割が決まった。
「行くぞ!」
誰かが叫んだ。
それを合図に、ギルドの広間がどっと動いた。
武器を手に、鎧を鳴らして、冒険者たちが次々と扉をくぐっていく。




