第102話 異世界日本支店
田所からメッセージが来たのは、レポートを提出してから3週間後のことだった。
「神谷さん、正式に決裁が下りました。本格参入の方針で進めます」
「早いですね」
「ウチの部局長が動くと早いんです」
田所は電話越しに苦笑した。
「まず10名を先遣隊として送りたいと考えています。
そして、その10名で拠点の整備と現地の基盤づくりをしたいと考えています」
「転移をやるのは大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。
では、そちらも正式に契約させてください。
1日最大400キロ、1ヶ月の上限は2,000キロで契約させていただきたいです。
報酬はこちらで試算した額をメールで送ります」
直哉は後日届いたメールの数字を見て、少し固まった。
想定よりかなり上だった。
「おお、こんなにか、やばいなこれ……」
『収益構造として悪くない条件ですね』
先遣隊の出発は翌週に3日に分けて行くことに決まった。
田所を含む10名分の異世界の服装も揃えて、順次、転移していった。
* * *
先遣隊が最初に向かったのは、町の商業ギルド連合の窓口だった。
受付に座っていたのは、恰幅のいい中年の男だった。
髭を蓄え、帳簿を眺めながら田所たちが入ってくるのを一瞥した。
「なんだ、見慣れない顔だな。旅商人か」
「はい。新しくギルドを立ち上げたいと思いまして」
と田所が答える。
「ギルドねえ」
男は帳簿から顔を上げた。
「どこの出身だ?」
「遠方からです。東の方から」
「東……はて、どの辺だ」
「かなり遠いので、ご存じないかもしれません」
男はしばらく田所の顔を眺めてから、「まあいい」と言って書類を1枚取り出した。
「ギルド設立には審査がある。
まず登録料、それから扱う品目の申告、代表者の身元保証。
身元保証は現地の商人か冒険者に1人頼め。
あと、初期審査に2週間かかる」
「2週間ですか」
「急ぎたいなら追加料金で短縮できる。1週間になる」
「では通常で」
男は少し意外そうな顔をした。
急ぐのが普通だからだろう。
田所は書類を受け取り、一通り目を通してから交渉担当の部下に渡した。
2週間後、許可が下りた。
ギルド名は「JP」だそうだ。
「JPって、そのままですね」
新しく設置したギルドの看板を見上げながら直哉は言う。
「短くて覚えやすいので」
田所が笑いながら答える。
「意味を聞かれたら適当にはぐらかしています。
現地の人には語感が珍しいようで、むしろ印象に残るみたいです」
「なるほど」
中に入ると、棚に整然と商品が並んでいた。
小瓶に入った日本の香辛料や調味料、改良された魔道具。
温度を一定に保つ保温箱、音を遠くに届ける伝声筒の改良版、光量を細かく調整できる照明具。
現地にはない味と、魔石を動力にした「家電的な何か」が所狭しと並んでいる。
「値段はそれなりに張るのに、よく売れてますね」
「香辛料は特に反応がいいです」田所が言った。
「現地にない味なので珍しいんでしょう。
魔道具だと保温箱が人気で、食材の保存に使えると気づいた料理人が買い占めていきました」
ちょうどその時、客が1人入ってきた。
続けて2人。外を見ると、短い列ができていた。
「引っ切り無しですよ」と田所が苦笑する。
「想定より早く回っています」
「それはよかった」
「稼いだ分は現地の素材とポーションに変えています。
研究班が喜んでいる」
「ポーションって、地球にはないですよね?」
「そうなんです」
田所が少し真剣な顔になった。
「魔石を使った回復は、地球では難易度が非常に高い。
自分自身に使うのがやっとで、他人に対して行うことはほぼできない。
だからポーションも地球には存在していない。
異世界に来て初めて、回復ポーション、解毒ポーション、病気治療ポーション……そういったものが普通に流通しているのを見て、研究班は相当興奮していましたよ」
「確かに、地球で使えるようになったら大きいですよね」
「医療が変わる可能性がある。
だから研究班は必死です」
直哉は棚の小瓶に目を向けた。
香辛料が大量に所狭しと置かれている。
「調味料はどうやって用意してるんですか?
そこまで荷物なかった気がしましたけど」
「それが」田所が苦笑した。
「魔石で調味料を生成しようとすると、とんでもなく高くつくでしょ。
いわゆる共同幻想の問題で」
「そうっすね」
「地球では、例えば醤油は数百円という認識が社会全体で共有されている。
でも異世界の人たちにとって醤油なんてものは存在すらしない。
価値の基準が共有されていないから、魔石が莫大なコストを要求してくる」
「だから全部日本から運ぶしかないですよね?」
「基本はそうです。
ただ、一つ抜け道がわかりまして」田所が声を少し落とした。
「閉鎖された空間で、その場にいる全員が地球の価格感覚を共有している状態なら、地球の値段に近いコストで生成できることが判明しています。
今、拠点の倉庫で実験中です」
『確かに、地方や部族などには、特有の技術というものが存在しています。
閉鎖された集団では、その集団特有の共同幻想が発生してもおかしくありませんね』
「日本人だけで部屋を閉め切って、醤油を生成する?」
「ええ、醤油だけなく、胡椒や精製塩などもですね。
まだ精度にばらつきがありますが、品質も上がってきていますし、変換コストも地球に近くなってきています。
神谷さんの転移の重量制限もありますし、これは突き詰めていく課題の一つです」
「なるほど」直哉は頷いた。
「うまくいくといいですね」
「いえいえ、神谷さんたちが基盤を作ってくれたおかげです」
田所は小さく頭を下げた。
「本当に助かっています」
直哉は少し面食らって、「いえ」とだけ返した。
ギルドの外に出ると、列はさらに伸びていた。
冒険者風の男、荷物を抱えた商人、子どもの手を引いた女性。
それぞれが店の中を覗き込み、何を買おうか値踏みしている。
どこの国でも、見慣れない店というのは人を引き寄せるものらしい。
4人で片手間に売ってた頃とは、スケールがまるで違う。
直哉はそのまま何も言わずに、賑わいを横目に歩き出した。




