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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
新世界

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第99話 商談

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

「本当に転移しましたぞ!!」

ヤスが両腕を広げ、くるりと一回転した。


俺はそんなヤスを眺めながら、草の上に着地したときの感触を足裏で確かめていた。

門の外、郊外の広場みたいなところだ。石畳が途切れる手前、背の高い草が風に揺れている。


「しかし、ここが異世界ですか。周りを見る限り、自然はそこまで変わりなさそうですね」

たしかに、草は草だし、空は青いし、遠くに見える山も特別おかしくはない。

知らずに連れてこられたら「ちょっと田舎に来た」くらいの印象かもしれない。


「そうだな。ただ、時々変な動物がいたり、あとワイバーンと戦ったぜ!」

「ワイバーン、翼竜ですな」

ヤスが口元に指を当てる。

「たしかに地球だとまだ報告に上がってなかった気が……」


「あぁ。しかも倒してもポリゴンにならなくてさ。

モンスターの素材なかもはぎ取れるっぽい」

「素材に興味はありますが、解体はちょっと大変そうですな」


大変どころじゃないと思う。

あのでかい体から何かをはぎ取るとなると、それなりの刃物と覚悟と体力が要る。


『直哉、そろそろ移動しましょう。転移地点の近くに長居するのは目立ちます』

「そうだな。行こうぜ、ヤス」

「ええ、行きましょう行きましょう!」

2人で門へ向かって歩き出す。


* * *


門をくぐった瞬間、ヤスが「ほへー」と間の抜けた声を出した。


「ここが異世界の町ですか。様式や格好が大分違いますな」


言われてみると、たしかに違う。

石造りの建物が並んでいて、屋根は反っていなくて、看板の文字は読めない。

行き交う人たちの服装はゆったりとした麻素材っぽいものが多く、色は茶色や藍色が目立つ。

革の鎧を着た屈強な男が荷物を運んでいたり、帽子をかぶった女性が露店でなにかを買っていたり。

どこか中世ヨーロッパのゲームの世界を歩いている感じがする。


「この前ちょっと調べたんだけど、調味料は結構高価みたいだよ」

「なるほど」


ヤスが周囲をゆっくりと見渡しながら言う。

「もしかしたら、まだ工業化されていないのかもしれませんな。

大量生産・大量流通の仕組みがなければ、嗜好品の類いは自然と値が上がりますからな」


「なぁヤス。

明日、日本で用事があるから今日帰らないといけないんだけど、どこ寄りたい?」

「魔素の道具が売っているお店にいきましょうぞ!」


即答だった。

迷いが一ミリもない。


「よっしゃ、まずはこの前お世話になった商人のとこいって、調味料をお金に変えてもらおう」

日本から持ってきた荷物の中には塩、砂糖、胡椒をはじめとした調味料が合計で5キロほど入っている。


「商人、ですか。ナオヤ氏はすでにこちらに顔見知りがいるのですな」

「まぁ色々あってな。助けてもらったり助けたりで」


「ほほう」

ヤスが少し目を丸くした。

「異世界に来ていたことすら知らなかったのに、もう人脈を作っていたのですか」

「まあいろいろとあってね」


* * *


商人の店は、大通りから一本入った路地の奥にあった。

看板に描かれた天秤のマークを見て「あれだ」と俺が指さすと、ヤスが「ほほう」と小さく呟いた。


扉を開けると、香辛料と木材が混じったような独特の匂いがした。

カウンターの奥に、以前も会ったロベルトがいた。

でっぷりとした体格に人懐っこそうな顔。

俺を見た瞬間、その顔がぱっと明るくなった。


「おお、君か。また来てくれたのですか」

ロベルトは立ち上がってカウンターから出てきた。


「今日は別の方を連れているんですね」

「幼なじみです。安田といいます」

ヤスが丁寧に頭を下げた。

「先日はナオヤ氏がお世話になったようで」


「いや、世話をしてもらったのはこっちの方ですよ」

ロベルトが苦笑いしながら首を振った。

「あの時が手を貸してくれなければ、うちの仲間が何人か死んでたかもしれない。

本当に助かった」


「いや、大したことはしてないですよ」

「大したことがない、ね」

ロベルトが片眉を上げた。

「君は自分のことを過小評価しすぎですね。

まあそれはさておき、今日はいかがしましたか?」


「実はちょっと見てほしいものがあって」

俺はリュックを下ろして、調味料を取り出した。

「塩、砂糖、胡椒。合わせて10キロほど」


ロベルトが身を乗り出してきた。

袋を手に取り、透かして見て、少し開けて匂いをかぐ。

その目が細くなった。


「品質がとてもいいですね。どこで仕入れたんですか?」

「遠くの方からです」


「なるほど、昨日は持っていなかったようですが、まあ深くは聞きません」

ロベルトはわかってます、と言わんばかりに肩をすくめた。

「ただ胡椒が1キロとなると一度に捌くのは難しいですね。

売りさばく時間を考えると——」


ここでヤスが一歩前に出た。

「少し確認してもよいでしょうか。

こちらの市場で、胡椒はどの程度の値がついていますか?

相場感を知った上でお話ししたいと思いまして」


ロベルトがヤスをじっと見た。

それからゆっくりと椅子に深く腰かけて、値を口にした。

「胡椒は金貨で言うと、一袋(約100グラム)で80から100枚といったところですね。

捌くのに時間がかかるので、そう多くは買い取れませんが」


「なるほど。

となると胡椒が1キロで金貨1000枚、塩は5キロで金貨20枚、砂糖は5キロで金貨100枚前後が妥当な線かと。

もちろん、貴方の手間賃やリスクを加味すれば多少下がるのは理解しています。

ただ、今後も定期的に供給できるとなれば、長期的には貴方にとっても旨みがあるはずです」


ロベルトが額をぴしゃりと叩く。

「いやはや、これは手ごわい。」

「ビジネスの基本ですぞ」

ヤスは表情一つ変えずに言った。

ピッチコンテストとかプレゼン大会で鍛えてきただけある。

人前で自分の考えを数字とともに整理して伝えることを、ヤスは呼吸するようにやる。


結局、交渉は15分ほどで終わった。

金貨1150枚。

ヤスが提示した額よりも30枚高い。


「また来てください、歓迎します。

次も何かあったら遠慮なく声をかけてください。

できることなら力を貸しますよ」


「ありがとうございます」

「ありがとうございます。次回もよろしくお願いします」

ヤスも深々と頭を下げた。

俺もつられて頭を下げた。


外に出ると、ヤスが革袋を抱えたまま「ふふん」と鼻を鳴らした。


「金貨1150枚、確認しましたぞ。

換算すると1150万円ほどですかな」

「すごいな、お前」


「当然ですぞ。

しかし、それよりナオヤ氏、服を買いましょうぞ。

ナオヤ氏と拙者、かなり浮いてますぞ」


言われてみると、たしかに周囲の視線が時々こちらに向いていた。

俺たちはいかにも「よそ者」な格好をしている。

ヤスに至っては長髪で現代的なジャケットを着ており、この街では確実に異質だ。


近くの服屋で麻のシャツと厚手のズボンをそれぞれ数枚購入した。

試着室というものはなかったので、体に当てて「まあこれでいいか」という感じで決めた。

金貨でも問題なく買えた。


着替えた俺たちは、だいぶ馴染んだ。

ヤスは長い黒髪があるので完全には溶け込めないが、服だけで印象はかなり変わる。


「では、魔道具屋ですぞ!」

「商人に場所を聞いてから行こう」


* * *


ロベルトに教えてもらった魔素道具屋は、市場の外れにあった。

看板には見慣れない文字で何かが書かれており、ドアの上に青白く光る小さな石がはめ込まれていた。


「あれは魔石ですな」ヤスが足を止めて観察する。

「照明として使っているのでしょうか。効率はどれほどのものか……」

「入ってから考えようぜ」


店内は思ったより広かった。

棚が何列もあり、いろいろなものが並んでいる。

形状はどれも独特だ。

螺旋状の棒、小さな球体が連なったネックレス、表面に細かい文字が刻まれた板。

スチームパンクな雑貨屋、とでも言えばいいか。


ヤスは静かに、しかし猛烈な速度で棚を見て回り始めた。

一つ一つ手に取り、裏を返し、光に透かし、時に匂いをかいでいた。

俺は横についてその解説を聞く役に回った。


「これは……熱を発生させる仕組みですな。

ただ、温度の調節機能がないですぞ。

家電で言えば昔の電熱器ですな」


「地球の方が便利だったり?」


「そうですな。

この辺りの道具は、地球で言えば産業革命前後くらいの水準に見えます。

魔素という独自のエネルギーを使っている分、仕組みは独特ですが、精度や利便性は現代の家電の方が遥かに上ですぞ」


一通り見て回った感想はおおむね同じだった。

照明代わりになるもの、水を浄化するもの、ものを温めるもの。

魔素を使っている点は珍しいが、地球の道具の方が性能がよい。


「ふーむ、通信系が一切ないですな」

ヤスが低い声で言った。

「スマートフォンはおろか、有線の通話装置すら見当たりません」

「そうだな」


「これは……商機ですぞ、ナオヤ氏」

ヤスの目が光った。

株で大金を動かすときの顔に似ていると俺は思った。

ぎらぎらしてはいないのに、静かに熱を帯びている目だ。


「情報の流通が遅い社会というのは、情報を早く伝達できる仕組みを持ち込んだ側が圧倒的に有利になります。

交易、外交、軍事、何でもそうですぞ。

しかも魔素という独自のエネルギーがある。

それを活用した通信技術を——」


「お前、今すごく楽しそうだな」

「当然ですぞ!

これほどフロンティア感のある市場、地球上では二度と出会えませんぞ!

何から手をつけるか考えるだけで頭が沸騰しそうですぞ!!」

店内にいた数人の客がこちらを向いた。

ヤスは軽く咳払いをして姿勢を正した。


「……失礼しましたぞ」

「いや、気持ちはわかる」


俺もそう思う。

ダンジョンの向こうに異世界がある、しかもまだ誰もビジネスを持ち込んでいないとなれば、そりゃ面白い。


最終的に、2人で参考になりそうな魔道具をいくつか購入した。

ヤスが選んだのは、魔素の流れを測定するらしい小型の器具と、魔素を特定の形に固定する素材のサンプル。

俺は特に欲しいものはなかったが、見た目が面白かった発光する魔道具をいくつか買った。


「では、地球に戻りましょうぞ」

「そうだな。また来よう」


「ええ、ぜひ。

次は一週間ほど滞在できるよう、スケジュールを調整しますぞ」

俺たちは店を出た。

傾きかけた太陽が石畳に長い影を作っていた。

ヤスが購入した道具が入った袋を抱えながら、静かに街並みを見渡していた。


「いい町ですな」

「そうか?」


「ええ。整っていないけれど、力強い感じがします。

地球も昔はこうだったんでしょうな」

ヤスらしいことを言うな、と俺は思った。


『もう少し離れてから転移門を開きましょう』

「あぁ」

俺は歩き出した。

隣でヤスがついてくる。

見知らぬ町の石畳を2人で踏みながら、俺たちは帰り道を歩いた。

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