2.足止め
ジャニィはマスケスの肩越しに、座席でぐったりしているアルバの方を見た。
「アルバ? アルバが死んだ?」
「そうですぞ。ボーモンティア様同様、アルバ様も病に倒れてしまいましてな……」
マスケスは少し下を向いた。
ジャニィは、昨年まで王宮にいたアルバのことを思い出していた。
シンクフォイルの二つ下で、明るく活発な女の子だった。
ジャニィの授業にも何度か顔を出したことがあり、剣術などもそつなくこなす器用な子だった。まさか、あのアルバが死んでしまうなんて……。
ジャニィは知った顔の死に少しだけショックを受けていた。
「しかし、祭事長、いったいどんな病なんです?」ジャニィは尋ねた。
「まずは熱病ですな。そしてしばらくすると目から血を流し、その後は身体中から血を噴き出して死に至りますぞ。アルバ様の最後は……、それは壮絶なものでしたぞ。思い出すだけでも、可哀そうでなりませんな」マスケスは残念そうに言った。
「そんなに酷いのですか?」
ジャニィは遠巻きにもう一度アルバを見た。
「でも、いったいなぜアルバにも? 一年くらい前でしたよね? アルバがボーモンティア様を看病すると言って、王宮を離れたのは?」
「そうですな。アルバ様は熱心に看病されてましたぞ」
「では、なぜ?」
「ふむ、流行り病の恐ろしいところですな。人から人へと伝播するのが流行り病ですな」
「それでアルバにも?」
「そうですな。ボーモンティア様の病がアルバ様にも伝播したように見えますな。これは過去にもあったようでしてな。シュラバリー家では、数十年に一度くらい割合で発生しておるようですな。辺境の地に居られるのも、これが理由の一つと聞いたことがありますぞ。俗に言うシュラバリーの呪いですな」
「シュラバリーの呪い?」
ジャニィは言葉の不気味さに少しだけ顔が引きつった。
「では、病ではなく、呪いなのですか?」
「いやいや、ジャンセン君、この世界に呪いというものは非常に数が少ないのですぞ。まったくないとは言えませんが、殆どの場合は人々の恐れからくる信仰に近いものか、はたまた流行り病に類するものですぞ。同じような症状で人が死んでいくと、人々は成す術がないので、それを呪いとして処理してしまいますな。シュラバリー家の呪いも、病と考えて薬を処方していたのですぞ……、しかし、ボーモンティア様には……」
マスケスは先ほどアルバに与えていた薬の小瓶を見つめていた。
ジャニィもつられて、マスケスの右手にある小さな瓶を見つめた。
「それが薬ですか?」
「そうですぞ。病を治すために調合していた薬ですぞ。しかし、これでは助けることができませんでしたな」
マスケスは悔しさを滲ませていた。
「そうなんですか? では、アルバはまだ? 先ほど飲ませてましたよね?」
ジャニィはマスケスがアルバに薬を飲ませていた光景を思い出していた。
「いやいや、ジャンセン君、残念ながらアルバ様はもう……」
マスケスはそこで一層の悔しさを見せた。
「流行り病を呪いと信じたくなる最後の理由ですな。死してなお、この病は伝播する可能性がありますな。なので、それを防ぐため、先ほどはアルバ様にこの薬を振りかけてましたぞ。決して飲ませていたわけではありませんな」
ジャニィは病の恐ろしさを感じながらも、自身の心に一つの疑問が浮かび上がるのを感じた。
「祭事長、では、なぜアルバを王宮に?」
「ふむ、王子の言いつけですな。この流行り病を研究し、薬を完成させよと言いつけられましたぞ」
ジャニィはそこで初めて、この場に王子が居ないことに気が付いた。




