5.形見
「離しなさい!」
アイソレシアは覚束ない手つきで、真っ赤なレインボーガンを、ユガレス兵の額に突きつけた。
するとユガレス兵は、上目遣いでレインボーガンを見遣ると、突然、ヒィ~と、情けない声を上げて、一目散に逃げ去って行った。
「大丈夫?」アイソレシアが、猫の手をジャニィに差し伸べる。
「ふぅ、助かったよ」ジャニィは、アイソレシアの猫の手を握り立ち上がると、服の汚れを手で払った。
「しかし、なんだったんだ? あいつは?」
ジャニィは、ユガレス兵が走り去った方を見ながら呟いた。
すると、背後から、アイソレシアが抱き着いてきた。
そして、顔を背中に埋めながら、「ジャニィ」と呟いている。
「なあ、アイソレシア、お前まで、どうしたんだ? っと、その前になんで、お前がここにいるんだよ?」
ジャニィが、アイソレシアを引き離すと、猫の手で涙を拭いながら、アイソレシアはボソっと言った。
「だって……だって、ジャニィと……」一緒に居たかった、とは、アイソレシアには、言えなかったようだ。素直じゃないな……。
結局、現れたと言っていた、フッカ王を見ることは叶わなかった。
オークオコイ軍が辺りを塞ぎ、人払いを行っていたからである。
ここまで、厳重な警備体制を敷くことにも不思議だったが、なぜ、ユガレス王の亡骸を、オークオコイ軍が取り仕切っているかの方が疑問だった。
あの後、オークオコイ軍にも話を聞こうとしたが、ヴォーアムの書記官服を着ていたことに思い当たり、それは止めた。
代わりに、辺りの野次馬を数人捕まえて、話を聞いてみたが、明け方、時計塔のあった辺りの空が、急に明るくなったと思ったら、突然フッカ王の死体が降ってきた、と口々に言っていた。
そんな不思議なことがあるのか?
爆発後、行方不明だった王が、空から降ってくるなんてことが?
ただ、それ以上のことは、何も聞き出せなかった。
しかたなく、ジャニィとアイソレシアは、トボトボと二人並んで、来た道を引き返していた。
「なあ、アイソレシア、しかし、なんだって、そんな物騒なもんを持ってんだ?」
ジャニィは、いまだ抱きしめるように抱えている、アイソレシアのレインボーガンを見据えた。
「これ?」
と、アイソレシアは、それを猫の手に持ち替えて続けた。
「小さい頃に亡くなったお母さんの形見。と言っても、凄く古いものらしいから、矢が出るかは、分からないのだけど」
そう言うと、見てみる? とでもいうのか、ジャニィの前に突き出した。
ジャニィは、それを受け取り、しげしげと観察した。
赤黒く光るそれは、だいぶ年季が入っているのか、ところどころに錆が浮いている。
銃身自体にも、大小様々な傷があり、確かに古いもののように見えた。
しかし、それをひっくり返し、握りの底の部分を見ると、『J・F・J』と刻印があった。
「まさか!」
ジャニィは、思わず口にしていた。
「なに? 急に! びっくりするじゃない」
突然の大声に、アイソレシアが目を丸くしている。
「なあ、アイソレシア、このレインボーガン、姉さんのに、そっくりだ」
その時、なぜかジャニィは消息の分からない姉が、もうこの世にはいないのかもしれないと感じた。
「えっ? そうなの? でも、これは正真正銘、お母さんの形見なのよ」
アイソレシアは、そう言うと、ジャニィの手から、レインボーガンを取り上げた。
「あっ! それより、知ってる? 今日って、クレバスの日らしいのよ。オークでは、祝日みたい」
「ああ、オーロラのクレバスだろ? それは知ってるが、祝日だったのか?」
「そうらしいわ、クレバスが出来たことで、北雪の高台の西側が、ユガレスからオークの領土になった記念日みたいなのよ」
「へぇ、詳しいな」
「これも、こないだオーちゃんに聞いたことなんだけどね」
アイソレシアは、パン屋の店先を見つめていた。
「だから、買っていかない? あれ」
アイソレシアの指差した先には、『オーロラのクレバスケーキ』なる物が並んでいた。




