1.出発
ジャニィの馬車は街道を東に向かって走っていた。
真冬の街道は色合いが薄く、辺り一面が薄茶色に塗り尽くされたようだった。
空は鉛色の雲に覆われ、今にも雪が降りだしそうな気配を携えていた。
ときおり吹き荒む北風がビューっと音を立てると、なぜだか少し寂しい感じがした。
「冬だねぇ」
ジャニィが誰にでもなくポツリとつぶやくと、急に馬車の速度が落ちるのを感じた。
「うん? どうした!」ジャニィは大声で御者に尋ねた。
「はい、あそこに馬車が止まってます」
「馬車だと? 転覆でもしたのか?」
ジャニィはゆっくりと窓を開けようとした。
「いえ、ただ止まってます」
御者がそこまで言うと、今度は突然大きな声になった。
「あっ! あれはヴォーアムの馬車ですよ!」
「なに?」
ジャニィは今しがた開けた窓から身を乗り出して前方の馬車を見遣った。
「ヴォーアムの馬車か? しかし、あんな馬車は見たことがないぞ」ジャニィは御者を疑った。
「あれは王子の馬車ですよ、出発するのをこの目で見ましたから」
「王子の馬車だと?」ジャニィは嫌な胸騒ぎがした。
「何かあったのかもしれん。横に止めろ」ジャニィは御者に命令した。
ジャニィがゆっくりと王子の馬車に近づくと、座席に倒れ込む少女に何かを飲ませている老人の姿が目にはいった。何をしているんだ? ジャニィが不思議に思っていると、その老人が顔を上げた。
「祭事長?」
老人がマスケス祭事長であったことに驚き、ジャニィは上ずった声になっていた。
ジャニィは薄茶色の轍に脚を取られないよう意識して、足早に祭事長の元へ歩いて行った。
「おや? これはジャンセン君ですかな?」
マスケスの方もこんなところにジャニィがいることに驚いているようだった。
「祭事長、どうしたのです?」ジャニィは尋ねた。
マスケスは膝の上にある、アルバの頭をゆっくりと横へ移動させ、そのまま側面の幌へもたれ掛けさせると、馬車から降り、ジャニィの前に歩み寄った。
「いやいや、王子の旅に便乗して、シュラバリー家に行ってましたぞ。そうしましたら、シュラバリー家が流行り病に倒れてましてな。アルバ様の遺体を連れて王宮へ引き返していたところでしてな……」
マスケスは一息でそこまで話すと、左手で髭をさわりながら、後ろのアルバの方を振り返った。




