100日目 眼科と買い物と時代
10月9日(金)
午前8時
支度を済ませたので眼科に行く。
白内障手術前の診察となる。
家を出ると先程ゴミ置き場に置いたゴミが凄い事になっていた。
5m四方にゴミが散らかりまくっている。
掃除当番の男性が片付けていた。
おぉ素晴らしい!
でも、これは大変だ。
先程ゴミを置きに行った際、カラスに網を突かれぬ為の網と置き石配置をしたのに誰かが余計な事をした様だ。
私のゴミも少しだが突かれていた。
それより他者のゴミ袋被害が半端なく酷い。
仕方なくテープを持って来て穴を空けられた袋を一つ一つテープで塞いだ。
ゴミ当番の男性からお礼を言われ、世間話をした後に病院へ向かう。
以前の自分ならこんなご近所付き合いなどしなかっただろう。
これは妻が私にもたらしたご近所と接しなさいと言うプレゼントなのかもしれない。
午前9時15分
病院に到着。
早速呼ばれ、手術に関する記入済みの書類を渡し、手術の説明を受ける。
次にお好みのレンズと見える距離を決める為、参考動画を見させられる。
保険適用(それなりに見えるがメガネ必須)、保険適用外(メガネを使う機会は減るが、夜にヘッドライトの光に滲みを生じる)高額、レンズの距離感を選ぶ(近視気味〜中間〜遠視気味と何段階かある)など見た後にどれにするか決める項目があった。
妻が生きていたらきっとメガネをあまり必要としない高額レンズを勧めたと思う。
一生の事だからね
でもその妻は居ず家計は火の車となった。
迷わず保険適用を選択する。
レンズの距離選択は診察の際、先生に聞いて決めよう。
検索を終え、診察も済ませた。
一応先生の話でレンズの距離は決めたが実際それで良いのかは良く分からない。
もうなる様になるしかない。
会計を終え眼科を後にする。
診察するのに瞳孔を広げる目薬を注されたせいで世の中が眩しく見える。
目をしょぼつかせて帰るしかなさそうだ。
午後0時半頃
地元の駅に到着。
スーパーで食材を購入する。
今回は根もの野菜が安かったのでそれらを中心に一杯買った。
でも菜葉類は目が飛び出るぐらい高額だ。
雨続きだった夏の影響はデカいな
葉付きのカブを見つけ漬物用に購入する。
凄い重くなってしまった。
車で来た時に買えばいいのに失敗した。
スーパーを出て家へ向かう。
私の頭の中に妻が居て常に監視してくれている。
「この野菜はこの芯の部分が変色しているからダメ」とか「今はそれ買わないでいいでしょ」とか「コレは買っときなさい」など常に妻が口を挟んでくる。
あくまでそんな気がするだけ、でも納豆を買うのを忘れている。
妻もたまに忘れていたな
ん…それは教えてほしかった。
午後1時半頃
ゼェゼェ言いながら家に辿り着き、妻に帰宅報告を済ませる。
お昼はいいかな
糠漬けに漬けておいた大根とキャベツを出し、今日買ったきゅうりとにんじんを漬け込んだ。
先程買ったカブとその葉っぱを洗い浅漬けを作ってみた。
今日の晩飯は付け物三昧だ。
でも今日は珍しく唐揚げを買ったんだよね
揚げ物久しぶりだな
今日は潤っとしなかった。
街を歩けば妻との思い出があり、物を購入すれば過去妻の行動を思い出し涙していた。
然し、今日は何とか乗り切れている。
潤っとしないとそれはそれでモヤモヤする。
妻を側に感じたい…
自分でも複雑な奴だと思う。
なので中島みゆき「時代」を動画で流す。
あぁやっぱりいいな〜
ノスタルジックな曲調は郷愁を誘う。
そこら中にある妻の写真を見ては過去の出来事を思い出し目が潤む。
昭和と平成の時代を懐かしむ。
貧乏だったけど全てを旅行に注ぎ込み2人で旅をしたあの頃。
日常の生活はカツカツだったが決して心は貧しくなかった。
会社を変わる頃からかガムシャラに働くだけになり徐々に心と身体を壊していく。
令和に入り妻の愛を深く感じる様になった。
そして今、その妻はこの世にいない。
妻が生きていたら過去を懐かしむ事などまず無かっただろう。
これは私らの愛を再認識する旅なんだ。
【中島みゆき「時代」歌詞】
今はこんなに悲しくて
涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど
そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風にふかれましょう
回る回るよ時代は回る
喜び悲しみ繰り返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わってめぐり合うよ
まだこの歌詞の様に妻の思い出を笑って話せる領域には達してはいない。
でも妻の為にも笑って話せる様になりたい。
ムッチぃ〜俺、頑張るよ




