98日目 遺産分割協議
10月7日(水)
午前7時15分
ふとクラッシックを聴きたくなる時がある。
好きな楽曲は幾つかあるものの私が良く聴くものはヨハン・パッヘルベルのカノンだ。
動画配信から適当な物を選び聴いてみる。
妻が亡くなった次の日に寂しさと恋しさから流したものだが、当時は最初から最後まで泣き通しで聴けたものではなかった。
今回はきっと楽しめると信じ聴いていたが、頭に浮かぶのは妻との楽しい過去の思い出ばかり。
2人で行ったキャップの楽しい一時、日常の妻との戯れ合い、ラーメン屋のカウンター越しでフーフーしながらラーメンを食べる妻、布団の上で私の腕枕を要求し甘える様に私と寄り添う妻の姿…走馬灯の如く湧いては消え幸せな日々を思い出す。
既にぼろぼろ泣いている。
こうなる事は分かってはいた。
でも妻を感じたくてこの曲を選んだ。
甘えたい…あの時を感じたい。
泣くと分かっていても私は聴く事を選ぶ。
既にテッシュは山の様に使い堪らず曲の後半で動画を止めた。
箱テッシュが空になった。
今日も一杯泣いたな…
午前9時
遺産分割協議書を義父、義兄に確認してもらうのに義父の家へ向かう。
今日は歩きだ。
義父宅の狭い駐車場に車をバックして入れる自信が無いからだ。
その事を昨日電話で兄に言ったら見事に笑われてしまった。
ん〜やっぱり笑うよね
(正直、笑ってもらってホッとしている)
でも無理して車に傷でも付けて要らぬ出費は避けたいから仕方ない。
午前10時
痛む足を庇いつつ何とか妻の実家まで来れた。
ちょっと早いが実家に入る。
義父が出迎えてくれた。
どうやら最近義姉が頼んだであろうヘルパーさんが掃除をしていた。
何となく東南アジア系の人ぽい気がする。
妻が亡くなってやっとその気になってくれたのか…まぁ言いたい事は一杯あるが止めておこう。
兄が来るまで時間があったので義父と話をした。
私「その後どうですか?」
父「いつも通りだよ」
父「最近はパンしか食べない」
私「米食べないと具合悪くなりますよ」
父「いや、いいよパンだけで」
私「日本人なら米食べましょうよ」
私「むつみがいつも気にしてご飯物用意してたでしょ」
父「どうせ私はもう直ぐ亡くなるからこれでいいよ」
父「もう直ぐ98だし」
(ずっと98歳と思っていたが97歳だったのか)
父「直ぐ逝くよ」
私「逝くって…」
父「もう長く無いだろ」
何だよそれ…涙が込み上げて来る
私「私も早く死にたい」
私「むつみに会いたい」
父「だめだよアンタは〜まだ若いんだから」
言う程若くはないよお父さん
私「お父さんはあの世でお母さんと会いたいですか?」
父「どうかな会えないんじゃないか」
私「え、会えますよ」
私「お母さんに会いたいですよね」
父「分からんよ誰も見たこと無いんだから」
父「逝った所で探せないだろ」
父からこんな話しを聞きたくはなかった。
私「次元が違うんだから一瞬で来れますよ」
父「そんな偉い坊さんみたいな考えは当てにはならなんだろ」
私「私はむつみと絶対会いますよ」
こんな話しになるのならしたくはなかった。
自分の妻に会うのに分からんとか探せないって気持ちが理解出来なかった。
これが昭和一桁の考えなのか?
私には分からない。
でも考え方は人それぞれだし、愛の形だって一つでは無い。
義父の義母に対する愛は私らとは次元が違うのかもしれない。
見た目で良し悪しを語れるはずもないし、97歳の考えは深いとしておこう。
10時半過ぎ
兄夫婦到着!
早速本題の「遺産分割協議」を始める。
まず私が司法書士さんがまとめた協議書を読み上げる。
これは義父がほとんど目が見えないからだ。
兄には複数枚ある一枚を渡し読んでもらった。
・被相続人の表示 むつみ故人
・相続人の表示 私
各不動産を読み上げ、預貯金を読み、車と読み進み保険の辺りで堪えきれず鼻声になる。
最後に被相続人の財産については、〇〇○(私)が相続する。
思いっ切り泣いた。
義父も兄夫婦も何で私が泣いているのか分からなかったと思う。
読み上げている間、こんな財産云々より妻だけ返して欲しいのにと思っていたが、妻は結果的に私にこれだけの物を残してくれたのだと文章を読み進める度に愛を感じ胸が熱くなった。
読み終わると義父から発言があった。
父「アンタには悪いがこの土地はむつみにやった物だ」
父「だから申し訳ないが〇(義兄)に譲ってくれんか」
一瞬、精神的な動揺が走る。
その発言は父親として当然だと思う。
私も子が居てその子が受け継がぬのなら他の実子に受け継いでもらいたいと考えるのが当たり前だろう。
父「ここは私が〇〇○(むつみの養子先)から受け継いだ土地だ」
父「〇(義兄)に受け継いでもらいたい」
私も親ならそう思う。
お父さんは決して間違ってはいない。
義父、義兄夫婦に失礼なのでここでの複雑な事情は省くが、結果的に養子先名を受け継いだむつみの配偶者は私と言う事になる。
「土地をあげる」「では貰いますね」で簡単に済む話しでは無い。
下手をすれば大部分を国に徴収される恐れだってある。
私「お父さん、その件なんですが遺言で兄さん、姉さん了承の元でお父さんの孫に私の財産は渡す様にしますから安心してください」
父「私としはアンタには申し訳ないが〇(義兄)に土地を渡して…」
話しが何度かループする。
義父も老いで頭が回ってないのかもしれない。
でも、正直ウンザリして来た。
こう言う流れにしたくなかったから遺言と言う策を作ったのに義父は血族継承に拘るあまり話しがループしている。
分かってもらえず悔し涙が出て来た。
ほんとぼろぼろ泣いた。
ここは配偶者特別控除を使い税金を逃れ、義父他界の後で土地を売って孫に財産を残すのが得策と考える。
一度配偶者特別控除を受けた土地は次に渡る者に二時相続で税負担が重く伸し掛かるからだ。
でも、こうも義父に分かってもらえないと心が折れそうになる。
妻が悲しむ…
きっと妻もモヤモヤしているに違いない。
兄と姉の助け舟が入る!
兄「だから孫に残すと言っているのだからそれでいいだろ」
兄「私らより配偶者の方が税金は掛からないんだから」
姉「お父さんはこの土地をむっちゃんに渡す際、養子として出したんでしょ」
姉「お父さんがむっちゃんに勧めたんだよ」
姉「そのむっちゃんが亡くなって旦那さんである〇〇(私の名)さんが配偶者なんだから〇〇さんが受け継ぐのは当然と思うよ」
細かな点は違うがそんな感じで助け舟を出してもらった。
ありがとうございます。
お父さんが言っている事も良く分かる。
それにお父さんも安心出来なかったと思う。
私が欲まみれだったら不安だろうし、家系、血族を大事に思うなら尚更拘るだろう。
ただ「アンタ」呼ばわりされ「一方的に土地を渡せ」と言われ疎外感を感じていい気分ではなった。
むつみが亡くなってからお父さんの信用が下がっていたのも確かだし仕方のない事かもしれない。
でもやっぱり「家族に入れてもらえない」と言うのが今回の一件でよく分った。
何となくこんな事を考える自分も嫌になった。
その後、笑ってお父さんに対応したがやはり心の何処かで寂しい気持ちになった。
取り敢えず兄夫婦のお陰で父も納得したのか書類にサインと実印をしてもらい、兄にもサインと実印をもらった。
関係書類をレターパックに詰める。
早速郵便局と仕上がった遺産分割協議書を口座凍結した銀行に持って行く。
出掛ける前に兄から生前の妻と庭に植えた白ナスをもらった。
あぁムッチと植えた白ナスだ…凄い嬉しい!
兄に「ありがとうございます」を言いバックに入れる。
そう言えば妻が亡くなって3ヶ月、庭は私が手入れしていないので凄い事になっていた。
スクーターが来たら手入れに来よう。
でも…縮小させる。
正直、以前ほど家庭菜園に魅力を感じない。
妻あっての家庭菜園だったから
午後0時半頃
〇〇〇銀行到着。
相続担当の人に会う。
この人とは過去に一悶着あったが今はよそう。
新たな気持ちで接する。
遺族分割協議書を見せる。
そこからは話はスムーズだった。
今後の手続きも楽に進みそうだ。
だが、口座凍結、貸金庫開錠は1〜2ヶ月先との事、中々妻の預金が返って来ないね
午後1時半頃
駅前の百均で缶詰を大量に買う。
安く済ませたいのもあるが最近はコレでいいと思い始めている。
これに小盛り茶碗の振りかけご飯が私の食事だ。
勿論手料理も作る時は作るのでそれ程飢餓感は無いと思う。
でも、ほんと少食になったな
午後2時半頃
家に到着。
妻に帰りの報告をする。
遅い昼食にしよう。
いや、早い夕食かな
缶詰と茶碗半分飯に百均菓子で終わり。
味気ないディナーだね
洗濯物を干し、妻のテリトリーであるベランダで一服する。
今日一日を思い返す。
色々あったな…
相続(遺産分割協議)とは世間で言うところの良いものではなかった。
そうならない為に色々考えたが、結局血には抗えなかった。
生前私の父はそう言うのが嫌で親戚付き合いを一切止めた。
今なら少しはその気持ちも分かる。
でも何とかここまで辿り着いた事に安堵する。
だがまだ終わりではない。
相続の決着は税理士挟んでからが本番だからまだまだ先は長そうだ。
ムッチぃ〜疲れたよ…




