第九話 白い水着と青い湖
ルテティアの街を一望できるテラス席で、二人は冷たい果実水を挟んで向かい合っていた。
リリィは熱心に魔法学園での勉強や、このルティナ湖に伝わる古くからの言い伝えについて語っていた。
「……それでね、エレナ様! ルティナ湖の北側には『青の洞窟』と呼ばれる綺麗なお庭があるんです! 水中から差し込む光で、洞窟全体がサファイアみたいに青く光るんですよ。観光客には秘密の、地元の人しか知らない穴場なんです!」
「まあ、サファイアのような洞窟……素敵ですね。一度見てみたいわ」
エレナがほほ笑むと、リリィはパッと表情を輝かせた。
「あのっ! もしよろしければ、明日、私が船を出してご案内しましょうか!? 父の会社が小さな小型魔導艇を持っているんです! それに……その……」
リリィは恥ずかしそうに頬を染め、視線を落とした。
「ルティナ湖の北側には、プライベートビーチみたいな綺麗な砂浜もあるんです。そこなら、人目を気にせずに水遊びもできますし……あの、エレナ様さえよろしければ……一緒に泳ぎませんか?」
(お? 水遊びか)
エレナは一瞬考えた。
前世の男時代、夏になれば海や川へ遊びに行ったものだ。異世界に来てからというもの、旅や修行や泥臭い危険に追われて、まともに「レジャー」を楽しむ余裕などなかった。
しかも、今は目の前に最高級の船とガイドがいる。しかも無料!
(たまには、羽根を伸ばすのも悪くないか。せっかくの観光地だしな)
「ええ、喜んで。リリィさんと一緒なら、きっと楽しい旅になりますわ」
「本当ですか!? やったぁ……!」
リリィは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「じゃあ私、明日までに最高のお弁当と、可愛い水着を用意しておきますね!」
「あ……水着ですか?」
「はい! ルテティアの水着は、いま最新の流行でとっても可愛いのが揃っているんです! エレナ様に絶対にお似合いになる水着を選んできますね!」
(……ん? 待てよ。水着?)
エレナの脳裏に、嫌な予感が走った。
自認は男だが、現在の身体は十五歳の超絶美少女。
水着を着るとなると……露出度が上がる。
肌を晒すことにへの抵抗はあまりないが、だからといって安売りするつもりもない。
(いや待て、プライベートビーチって言ってたし、そんなに人目も無いだろう)
「ふふ、楽しみにしていますね、リリィさん」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
翌朝。
ルテティアの港から少し離れた、静かな入江。
そこに浮いていたのは、魔導エンジンで動く優雅な小型ボートだった。リリィが巧みな操舵で艇を進め、エメラルドグリーンの湖面を滑るように切り裂いていく。
「エレナ様! 着きました! ここが『秘密の入り江』です!」
リリィがボートを係留したのは、切り立った崖に囲まれた、白砂の美しい小さな砂浜だった。外からは完全に隠されており、波ひとつない湖面は鏡のように空の青を映し出している。
「素晴らしい場所ですね……本当にプライベートビーチだわ」
エレナはボートのデッキに立ち、感嘆の声を上げた。
「さあ、エレナ様! お着替えしましょう! 私が選んだ水着、こちらです!」
リリィが嬉々として差し出したのは、白いフリルがふんだんにあしらわれた、紺色のワンピースタイプの水着だった。背中が大きく開いており、胸元には可憐なリボンがついている。露出度は高すぎず低すぎず、エレナのスレンダーな体型を引き立てる完璧なデザインだ。
(ほう……リリィの奴、案外センスいいじゃないか)
「ありがとうございます。では、着替えてきますね」
ボートの小さなキャビンに入り、エレナは旅服を脱ぎ捨て、水着に身を包んだ。
鏡を見る。
そこに映っていたのは——息をのむような光景だった。
スラリと伸びた白い長脚。キュッと引き締まったウエスト。余分な肉が一切ない、しなやかでモデルのようなスレンダー体型。豊かな銀髪が肩から背中へとなだらかに落ち、透き通るような白い肌と、紺色の水着のコントラストが眩しい。
(うわぁ……自分で言うのもなんだけど、破壊力ヤバすぎだろこれ。前世でこんなグラビア見たら即買いだぞ)
エレナは満足げに自分の姿を眺め、髪を一つに束ね直すと、キャビンの扉を開けてデッキへと出た。
「お待たせしました、リリィさん」
太陽の光を浴びて、銀髪を輝かせながら現れたエレナ。
その姿を見た瞬間、リリィは持っていたタオルをポロリと落とし、口を大きく開けて硬直した。
「……っ! ~~~~~~っ!?」
声にならない悲鳴。リリィの顔が、熟しきったトマトのように真っ赤に染まる。
「リリィさん? どうかしましたか?」
「美……美しすぎます……エレナ様っ! ま、まるで湖の女神様……! いえ、それ以上ですっ! 私、こんなに綺麗な人を生まれて初めて見ました……っ!」
リリィは興奮のあまり丸眼鏡を曇らせ、鼻血でも噴き出しそうな勢いで感涙した。
「ふふ、大袈裟ですよ。リリィさんの水着もとても可愛いわ」
リリィ自身は、黄色いチェック柄の控えめなセパレート水着を着ていた。少しぽっちゃりとした可愛らしい体型で、いかにも良家のお嬢様といった風情だ。
「さあ、泳ぎましょう!」
エレナは軽やかにデッキから飛び込み、青い湖水へと滑り込んだ。
冷たい水が、火照った肌に心地よい。エレナは前世の経験を活かし、滑らかなフォームでクロールや背泳ぎを披露した。水中で銀髪が魚のひれのように広がり、水滴を弾く白い肌が光を反射する。
「すごい……泳ぎまでそんなに優雅なんて……!」
浜辺で見とれるリリィ。
エレナは水面に顔を出し、濡れた銀髪を後ろへかき上げながら、ニッとお茶目に笑ってみせた。
(フフン、見たか。これが元・男の格好良さと、絶世の美少女のハイブリッドだ!)
お色気描写は控えめだが、その立ち振る舞いそのものが圧倒的な魅力を放っている。エレナ自身、この「完璧な自分」を演じること、そしてそれをリリィが無垢に憧れてくれる状況を、心の底から楽しんでいた。
二人で水掛けっこをし、リリィが持ってきた豪華なお弁当(特製サンドイッチと冷えた果物)を浜辺で食べ、束の間のバカンスを堪能する。
だが——平和な時間は、長くは続かなかった。




