第七話 金貨のゆくえ、そして次の旅へ
一ヶ月後。
『深緑の顎』の入り口にある宿場町の高級ギルドホールの個室。
テーブルの上には、山のように積まれた金貨と、豪華な羊皮紙の書状が置かれていた。
「エレナ様! 本当に、本当になんと御礼を申し上げたら良いか……!」
ビシッと仕立ての良い高級な礼服に身を包んだクリスが、深々と頭を下げていた。
彼の手には、例の『水精霊の聖杯』がある。
「この聖杯のおかげで、我が国の国王陛下の容態は劇的に回復いたしました! さらに、神殿で討伐した魔獣の手柄により、僕は一爵位賜ることになりました。すべて……すべてエレナ様のおかげです!」
「まあ! それは素晴らしいことですわ、クリス様!」
エレナは胸の前で手を叩き、心から(報酬の大きさに)喜んでみせた。
「つきましては、我が王家からの謝礼として……金貨五百枚と、我がルブラン王国への永住権、および最高級の邸宅をご用意いたしました! ぜひ……ぜひ僕と共に、ルブラン王国へ来ていただけないでしょうか!?」
クリスが熱い眼差しで、エレナの手を取ろうとする。
(うおっ、出た! 恒例のプロポーズ紛いの勧誘!)
エレナはすっと身体をかわし、切なげに窓の外を見つめた。
「クリス様……お気持ちはとても嬉しいです。ですが……私には、止まることのできない旅があるのです」
「旅……ですか?」
「ええ。私は世界中の困っている人々に、手を差し伸べたい……。一箇所に留まることは、私の中の『使命』が許さないのです」
大嘘である。ただ一箇所に定住して妻扱いされたり、貴族の義務や社交界に縛られるのが死ぬほど面倒くさいだけだ。
「エレナ様……なんて高潔な……!」
クリスは目頭を熱くし、さらに深く感動した。
「分かりました。無理にとは申しません。ですが、この金貨と……この『王家特権の通行証』だけは受け取ってください! これがあれば、我が国のあらゆる関所を無検査で通り、どこの高級宿でも無料で宿泊できます!」
「まあ……! そんな貴重なものを……ありがとうございます、大切にしますね」
エレナは笑顔で通行証と金貨の目録を受け取った。
(よっしゃぁぁぁ! 最高の手形ゲット! これでルブラン王国でのタダ飯タダ宿が確定したぞ!)
心の中でガッツポーズを決めるエレナ。
「それでは、クリス様。お元気で。あなたの未来に、精霊の祝福がありますように」
「エレナ様……! あなたの優しさを、僕は一生忘れません!」
涙ぐむクリスに見送られ、エレナは颯爽とギルドホールを後にした。
宿場町の外れ、街道の入り口。
エレナは一人、秋風に銀髪をなびかせて歩いていた。
ポケットの中には、クリスから貰った金貨の革袋と無敵の通行証。そして、神殿でこっそり掠め取った『古代水魔導石』。
ちなみに、強欲商人のマルコからは、当初の約束通り「ガイド料」として銀貨八枚もしっかり回収しておいた。彼はクリスからの「手柄のおこぼれ」で十分に儲けたため、文句一つ言わずに(というかエレナが怖くて)支払ってくれた。
「ふぅ……満足満足。大収穫だったな」
エレナは声のトーンを落とし、アラサー男性の低い声で呟いた。
今回の冒険を振り返る。
強欲な商人を転がして荷物持ちにし、脳筋戦士と軽薄な盗賊を壁にし、イケメン騎士に「恩」と「手柄」を売って最高のコネを作った。
お色気描写は一切なし。自分の身の安全は完璧。手柄は他人に押し付け、自分は実利だけをかっさらう。
(完璧な立ち回りだ。我ながら天才的だな、俺は)
ふと、街道の向こうから、豪華な馬車が走ってくるのが見えた。
馬車の紋章を見るに、次はさらに西の商業都市『アクアリア』へ向かう商人団のようだ。
エレナは瞬時に「儚げな美少女魔法使い」の表情を作り上げ、少し疲れた様子で街道の脇に立ち、上目遣いで馬車を見上げた。
馬車が急ブレーキをかけて止まる。
窓から顔を出したのは、いかにも育ちの良さそうな若い富豪の男だった。
「おや……こんなところで、可憐な嬢ちゃんが一人でかい? どこへ行くんだい?」
「あの……私、アクアリアへ向かっている旅の魔法使いなのですが……少し足を痛めてしまって……」
エレナは潤んだ赤い瞳で、弱々しく微笑んでみせた。
「おやおや! それは大変だ! ささ、乗っていきなさい! 送っていってあげるよ!」
「まあ……本当ですか? ありがとうございます、お優しいお兄様……!」
馬車の扉が開かれ、男が親切そうに手を差し伸べてくる。
エレナはその手首を軽く取り、スマートに馬車へと乗り込んだ。
(よし、次のタダ乗りゲット)
馬車が揺れ始め、次の目的地へと走り出す。
男が楽しそうに話しかけてくるのを、エレナは完璧な笑顔と相槌で受け流しながら、窓の外に広がる青空を見つめた。
自認は男。姿は十五歳の超絶美少女。
誰の所有物にもならず、誰とも恋愛関係にならず、男たちの下心を巧みに利用して生きる、気ままな異世界漫遊記。
彼女(彼)の輝かしい旅路は、まだまだ始まったばかりだ。




