第四話 泥沼のパーティと森の深部
翌朝。
「な、なんだぁ!? このキザな野郎は!」
大木の根元で目を覚ましたマルコが、エレナの隣に立つ金髪の重装騎士クリスを見て、引きつった声を上げた。
ガッツとレックも、あからさまに敵意のこもった視線をクリスに向ける。
「マルコさん、ご紹介します。昨夜、森で怪我をされていた騎士のクリス様です。彼も私たちと同じく、奥の遺跡を目指していらっしゃるとのことで、同行していただくことになりました」
エレナがにこやかに説明する。
「はあ!? 同行だあ!? おいおい、エレナちゃん! 宝の分け前が減るじゃねえか! こんな男、置いていけよ!」
マルコが唾を飛ばして反対する。ガッツも大斧を握り直し、レックも短剣を弄びながら嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうだぜエレナちゃん。こんなヒョロ高い騎士サマがいたって、脚引っ張られるだけだぜ? 俺たちがしっかり守ってやるんだからよぉ」
クリスはその不躾な態度に不快感を示し、剣の柄に手をかけた。
「無礼な商人だ。僕は報酬などいらん。『ある物』さえ手に入れば、遺跡の財宝はすべて貴様らに譲っても構わんと言っているのだ」
「あぁん? なんだとその態度は——」
「まあまあ、皆さん落ち着いてください」
エレナがすっと二人の間に割って入った。
そして、マルコだけに聞こえるような小声で、耳元に囁きかけた。
(マルコさん……聞こえますか? あの騎士様、実はルブラン王国の超大金持ちの貴族なんです。彼を無事に遺跡まで送り届ければ、後で王国から莫大な『謝礼金』が支払われますよ? 遺跡の宝なんて比じゃないくらいに)
「な、なんだって……!?」
マルコの目が一瞬で欲望の金貨マークに変わった。
(それに、奥に行けば行くほど魔物は強くなります。あの騎士様の頑丈な鎧と剣は、ガッツさんたちの最高の『盾』になりますわ。ね?)
「ぐ……ぬう……確かに……」
マルコはコロリと態度を変えた。
「ハハハ! いやぁ、騎士様! 冗談ですよ冗談! 困った時はお互い様だ、一緒に行きましょう!」
(単純なやつ)
エレナは内心で嘲笑し、今度はクリスの元へ戻ると、可憐に眉をひそめてみせた。
「クリス様……すみません。彼ら、口は悪いですが根は悪い人たちではないのです。私、皆で協力して無事に遺跡に行きたいんです……だめでしょうか?」
上目遣いで、少し瞳をうるませて見つめる。
クリスの胸が激しく高鳴った。
「エレナ様がそうおっしゃるなら……僕は従います。あなたの優しさには頭が下がります」
(ちょろすぎる)
こうして、互いに腹に一物も二物も抱えた、歪な五人パーティが誕生した。
森の深部は、もはや「緑の地獄」だった。
太陽の光は完全に遮られ、空間を満たすのは不気味な青生臭い霧と、ヌメついた巨大な蔦。足元は底なしの泥沼と化しており、一歩踏み外せば全身が呑み込まれる。
「うわっ! なんだこの泥! 足が抜けねえ!」
肥満体のマルコが叫ぶ。
「チッ、湿気で弦が狂いそうだぜ……」
レックが愚痴をこぼす。
そんな中、クリスは先頭に立ち、光り輝く剣で立ちはだかる巨大な蔦を切り払い、エレナの足場を確保しようと必死になっていた。
「エレナ様、足元にお気をつけください。こちらの手を取ってください」
「ありがとうございます、クリス様。とても頼もしいですわ」
エレナはクリスの差し出した手の手首(手のひらは触らせない)を軽く掴み、スマートに泥沼を飛び越えた。
「くっそ……あのキザ野郎、エレナちゃんにいい格好しやがって……!」
後ろでレックが嫉妬の炎を燃やしている。ガッツも「俺の出番がねえじゃねえか」と不満げだ。
(いいぞいいぞ。男同士のくだらない対抗心を煽れば、勝手に競い合って道を切り開いてくれる)
エレナは高みの見物決め込みながら、杖の先で周囲の魔力を感知していた。
——この森の異常な生態系。そして深部に行けば行くほど濃くなる、澱んだ魔力。
(単なる『古の遺跡』じゃないな。この魔力の質の悪さ……何かヤバい奴が封印されているか、棲みついている)
突如、足元の泥が激しく泡立った。
「グオオオオオオン!!」
地響きのような咆哮とともに、泥の中から巨大な塊が飛び出した。
体長五メートル。泥と腐肉を纏った巨大な大百足——『腐食の大百足』だ。数十本の鋭い脚がシャキシャキと不気味な音を立て、先端からは緑色の致死毒が垂れ落ちている。
「ひぃぃぃっ! 出たあああ!」
マルコが脱兎のごとく逃げ出し、泥に足を取られて盛大に転んだ。
「俺に任せろ!」
手柄を焦ったガッツが、大斧を担いで大百足に飛びかかる。
「死ねやぁぁぁ!」
振り下ろされた大斧。しかし、大百足の表面を覆う硬化泥の甲殻は異常に硬く、斧は不快な金属音を立てて弾き返された。
「なにっ!?」
「ガッツ、危ない!」
大百足の巨大な顎が、隙の出来たガッツの胴体を噛みちぎろうと迫る。
(チッ……あの脳筋! 役に立たねえな!)
エレナは素早く詠唱をした。
「慈しみ深き風の精霊よ……我が導きに従え! 『風の障壁』!」
実際には無詠唱で放たれた、超圧縮された空気の壁。
大百足の顎がガッツの直前で目に見えない壁に衝突し、重い衝撃音とともに弾き飛ばされた。
「ぐおっ!? た、助かった……!?」
「ガッツ様、下がってください! クリス様、あの百足の腹部、上から三番目の節だけ泥が薄いです!」
エレナが即座に敵の弱点を分析し、声を張り上げた。
「承知した! エレナ様の教え、無駄にはしない!」
クリスが翼のように跳躍した。
銀の全身鎧が光を弾く。彼はエレナの指摘した一点に向け、聖なる魔力を纏わせた長剣を突き下ろした。
「一閃——『聖光突』!」
閃光が奔った。
大百足の腹部に深く突き刺さるクリスの剣。直後、エレナが陰で追撃の『微小爆破』を傷口の内部に送り込んだ。
ドオンっ!!
内側から破裂した大百足は、絶叫を上げて泥の中に倒れ込み、二度と動かなくなった。
「や……やった……! 倒したぞ!」
クリスが剣を突き立てたまま、息を荒らして立ち上がる。
「クリス様! すごいです! なんて素晴らしい剣術……!」
エレナは手を叩きながら駆け寄り、尊敬の眼差しを向けた。
「はは……エレナ様の的確なアドバイスのおかげですよ」
クリスは頬を染め、照れくさそうに頭をかいた。
その横で、助けられたガッツと、何も出来なかったレックは、屈辱と敗北感で顔を歪めていた。
(よしよし。これでパーティ内の主導権は完全に私とクリス(=私の意のままに動く駒)に握られた。マルコも文句は言えまい)
「さあ皆さん、遺跡はもうすぐそこです。先へ進みましょう」
エレナは泥で汚れたジャケットの裾を軽く払い、不敵な笑みを闇の中に隠して歩き出した。




