第二十話 白銀の初陣
外は地獄絵図だった。
吹き荒れる白銀の惨劇の中、巨大な角を生やした漆黒の獣たちが、村の家々を次々と叩き壊していた。
『角鹿』の変異種——体長三メートルを超え、頭部から生えた巨大な角には鋭い電流がバチバチと跳ねている。通常なら温厚な草食の魔物だが、極限の飢えと冬の魔気によって狂暴化しているのだ。その数、十数頭。
村の男たちが自警団として槍や斧を構えて立ち向かっていたが、巨躯から繰り出される突進の前に次々と吹き飛ばされていた。
「ウオォォォッ! 来るな、この野郎!」
広場の中心で、若き自警団の先頭に立っていたのは、十五歳になったライナスだった。 鍛冶屋の息子らしくがっしりとした体格に成長したライナスは、巨大な鉄槌を振るい、必死に魔物の突進を受け止めていた。その隣には、弓を構えて必死に矢を放つシルヴィアの姿もある。
だが、力の差は歴然だった。 一頭の変異種が、ライナスの鉄槌を角で弾き飛ばし、無防備になった彼の胸元へ向かって鋭い角を突き立てようと迫る!
「ライナスッ!」
シルヴィアの悲鳴が響く。
(——やれやれ。手伝ってやるか)
私は静かに右手をかざした。
「——『極小集束・氷弾』」
シュパッ!
空気を切り裂く鋭い音とともに、指先から放たれた氷の弾丸が、ライナスに迫っていた変異種の眼球を正確に貫いた。
「グギャァァァッ!?」
魔物が叫びを上げ、狂ったようにのたうち回る。
「え……?」
腰を抜かしていたライナスが振り向くと、吹雪の中から、銀糸の髪をなびかせた一人の少女がゆっくりと歩み出てくるところだった。 手には武器もない。ただ、旅服の裾を風になびかせ、その赤眼には冷徹なまでの絶対的な自信が宿っている。
「エ……エレナ……!?」
「下がっていなさい、ライナス。怪我人の救護を」
「お前……一人で何する気だ!? 相手は十頭以上いるんだぞ!」
「十頭? ふん、ただの的に過ぎないわ」
敵の配置、吹雪の風向、氷属性魔法の伝導率。 この大雪という環境は、私にとって完全なる「ホームグラウンド」だ。周囲の無限に存在する雪と水分すべてが、私の魔法の触媒となる。
私は両手を大きく広げ、村全体を包み込むようなイメージを描いた。
(構文構築……対象:変異種全頭。事象:分子運動の完全停止。広域絶対零度)
体内の巨大な魔力回路がフル回転し、全身から圧倒的な青白い魔力の光が溢れ出す。 周囲の吹雪すらも、私の魔力に圧されて一瞬で静まり返った。
「な、なんだ……!? 空気が……重い……!?」
村の男たちが息を呑む。
「——咲き誇りなさい」
私は私は可憐に、しかし冷酷に呟いた。
「——『氷世界の庭園』」
ズザザザザザザザザァァァァァッッ!!!!
地響きとともに、村の広場全体から、巨大な氷の結晶の柱が筍のように次々と突き上がった。 極彩色の光を放つ氷の棘が、暴れていた十数頭の変異種たちを、下から一瞬で穿ち、貫き、空間ごと氷漬けにして固定していく。
「グォ……!?」
魔物たちは悲鳴を上げる隙すら与えられず、高さ五メートルを超える巨大な氷の彫刻へと姿を変えた。 壊された家々の破片も、吹きすさぶ雪も、すべてが美しく透き通る青い氷の中に閉じ込められ、静寂が村を支配した。
わずか、数秒の出来事。
命を懸けて戦っていた自警団の男たちも、物陰から怯えながら見ていた村人たちも、全員が言葉を失って立ち尽くしていた。
氷の庭園の中心で、銀髪を揺らし、吐く息を白く染めながら佇む十五歳の少女。
それはまるで、降り立った氷の女神か、あるいは世界を統べる美しき悪魔の姿そのものだった。




