第十五話 悪夢の終焉と新たなる旅路
エレナは水真珠を空中に放り投げた。
親指大の真珠が、エレナの魔力を受けて虹色の眩い光を放ち始める。
「な……なんですって!? 杖も持たずに……それだけの魔力を体内で練り上げているというの!?」
シトリーが顔をひきつらせる。
エレナの赤眼が、鋭く冷酷に光った。
(小娘だからって、舐めてもらっちゃ困るんだよ。俺はな、泥臭い修行と修羅場をくぐり抜けてきたんだ)
エレナは水着姿のまま、しなやかに両手を広げた。
「——水よ、氷となれ。我が領域を侵す不浄を、永久に閉じ込めよ」
絶対零度の領域展開。
『氷帝の棺』。
ズザザザザザザザァァァァァッ!!!!
プールから溢れ出ていた紫色の汚水、襲いかかってきていた数十体の泥ゴーレム、そして温室プールの巨大な空間全体が、一瞬にして透き通るような青い氷の世界へと変貌した。
「ギニャーッ!?」
泥ゴーレムたちは絶叫を上げる暇もなく、美しい氷の結晶の中に閉じ込められ、その存在ごと砕け散っていった。
「ヒッ……!? ひぃぃぃぃっ! 化物……!?」
高台にいたシトリーは、自分の足元まで一瞬で凍りついたのを見て、腰を抜かしてへたり込んだ。
氷の上に静かに降り立つ、銀髪の水着美少女。
水滴を弾く肌、美しく引き締まった肢体、そして手には氷で形成された美しい剣。
「シトリーさん」
エレナはゆっくりと高台へと歩み寄った。
「他人の若さを奪うのは、泥棒と同じですわ。泥棒には……お仕置きが必要ですよね?」
「や、やめて……! 金ならあげる! 権力も! 私の財産を全部あげるわからぁぁぁっ!」
「いりませんわ。私、そういう『汚いお金』は好きではありませんの」
(まあ、後で自警団から押収品の一部を謝礼として貰うけどな!)
エレナは氷の剣を軽く振るった。
剣先から放たれた極小の冷気波が、シトリーの全身を包んでいた偽装魔法を破砕する。
「嫌ぁぁぁぁぁっ! 私の顔が! 私の肌がぁぁぁっ!」
偽装が解けたシトリーの姿は、七十代を過ぎたシワシワの老婆のそれへと戻っていた。永遠の美貌という幻想は打ち砕かれ、ただの醜い欲深き老女がそこに転がっていた。
「ミーナさん」
エレナは振り返り、呆然としているミーナに微笑みかけた。
「警察を呼びましょう。地下に囚われている女の子たちも、これで救出できるはずですわ」
「エ……エレナ様……っ! あなたは……あなたは本当に……女神様です……っ!」
ミーナは感動のあまり、その場に崩れ落ちて号泣した。
シトリーの悪行は暴かれ、彼女の膨大な財産は接収。地下から無事に救出されたモデルの少女たちは家族の元へと戻り、アクアリアの街には平和が戻った。
そして——ミーナは、事件の全貌とエレナの神々しい活躍を描いた一枚の大作を完成させた。
『氷華の女神と水上の都』。
その絵は、アクアリア水上美術展で満場一致の金賞を受賞し、ミーナは一躍、若き天才画家として街の注目を浴びることとなったのだった。
数日後。アクアリアの大港。
次に目指す東の大陸へと向かう、超大型客船の乗船口。
「エレナ様ぁぁぁっ!」
泣きじゃくりながら駆け寄ってくる、ショートボブの少女——ミーナ。
「ミーナさん。お見送りに来てくれたのですか?」
旅服に戻ったエレナが、優雅に微笑む。
「はいっ……! これ、持って行ってください!」
ミーナが差し出したのは、小さな筒状のケースだった。中には、今回の美術展で金賞を受賞した絵の複写が入っている。
「私の最高の作品です! エレナ様の美しさを、世界中に広めるための第一歩です!」
(おいやめろ、お尋ね者になったらどうするんだ)
エレナは心の中で冷や汗をかきつつ、「ありがとうございます、宝物にしますね」と受け取った。
「エレナ様! 私、もっともっと有名な画家になって、いつかエレナ様の旅の図録を作ってみせます! だから……だから、また絶対にこの街に帰ってきてくださいね!」
「ええ。約束しますわ、ミーナさん」
出航の汽笛が大きく響き渡る。
エレナはタラップを登り、船のデッキへと上がった。
港では、ミーナがスケッチブックを高く掲げ、涙を拭きながら大きく手を振っている。
(ふぅ……今回も色々と面倒な目に遭ったが、結果オーライだな)
エレナは自分のポケットに手を入れた。
そこには、シトリーの事件を解決した謝礼として自警団から贈られた金貨一千枚の小切手と、ミーナの父親(地元の船元)から貰った「全大陸共通の船乗り割引手形」。
さらに懐には、あの美しい『極上の水真珠』。
「よしよし。これで次の国での滞在費も豪遊レベルで確保できたぞ」
エレナは誰も見ていないことを確認し、低い男の声でボソリと呟いた。
風が吹き抜け、銀糸の髪が美しく揺れる。
可憐で優雅な美少女魔法使い。
その皮を被った、ちゃっかり者の男の旅は、まだまだ終わらない。
「さて……次はどんな美味い飯が待ってるかな」
エレナは不敵で魅力的な悪魔の微笑みを浮かべ、青く輝く大海原の彼方へと、静かに視線を向けたのだった。




