第十四話 豪華絢爛なる水上宮殿と、妖艶なる女主人
翌日。
エレナとミーナは、アクアリアで最も絢爛豪華と称される水上宮殿『シトリー館』へと向かっていた。
名目は「新しいモデルの紹介」。
ミーナが「私の知人に、世界一美しい銀髪の少女がいます。ぜひ次の展覧会のモデルに」と申し出たところ、シトリー側は即座に食いついてきたのだった。
ゴンドラに乗って大運河を進み、宮殿の私設港へと着岸する。
出迎えたのは、黒いタキシードを着た無表情な執事たちだった。
「ミーナ様、お待ちしておりました。そちらが……噂の銀髪のお嬢様ですね」
執事の目が、エレナを見た瞬間に不気味にギラリと光った。
(ふん、完全に『上物の獲物』を見る目だな。わかりやすい奴め)
エレナは優雅にドレスの裾を持ち上げ、完璧な淑女の辞儀をして見せた。
案内されたのは、大理石でできた絢爛豪華な応接間。壁には無数の美しい女性たちの肖像画が飾られている。だが、どれもどこか生命感がなく、瞳の奥に絶望が貼り付いているような、異様な雰囲気を纏っていた。
「あらあら……これはまた、想像を絶する美しさですこと」
部屋の奥から、ねっとりとした甘い声が響いた。
姿を現したのは、この館の主人——シトリー・ヴァルカン。
三十代後半から四十代に見えるが、その肌は艶やかで、皺一つない。漆黒の露出度の高いドレスを身に纏い、豊かな豊満な胸元を強調している。一見すると妖艶な美女だが、その瞳の奥には、ドロリとした執着と欲望の渦が巻いていた。
(……うわぁ、痛々しい若作りババアだな。肌の表面に強力な偽装魔法がかかってやがる。中身はボロボロの老木だぞあれ)
エレナは一目でシトリーの正体を見破った。
中の人が男であるエレナにとって、女の「本能的な醜悪さ」や「若さへの異常な執着」ほど興醒めするものはない。
「初めまして、シトリー様。エレナと申します」
「ええ、ええ……素晴らしいわ、エレナちゃん。その銀糸の髪、血のような赤眼、そして透き通るような肌……! あなたこそ、私の新しいコレクション……いいえ、私の最高の『キャンバス』にふさわしいわ!」
シトリーは興奮で吐息を荒らげ、エレナの手を両手で握りしめた。
冷たい、死人のような手だった。
「さあ、ミーナ。あなたには早速、エレナちゃんのスケッチを始めてもらうわ。……でも、その前に」
シトリーはパンパンと手を叩いた。
「旅の疲れもあるでしょう。我が館自慢の『極上の水上温室プール』で、リフレッシュなさるといいわ。最高級の水着と、冷えたお飲み物をご用意させましたの」
(……お? プール? 水着?)
エレナの耳がピクリと跳ねた。
ミーナが不安そうにエレナの袖を引っ張る。
「エレナ様……気をつけてください。あの温室プール、地下の密室に繋がっているという噂が……」
「大丈夫ですよ、ミーナさん。せっかくのご好意ですもの、甘えましょう」
(クックック……いいだろう、この完璧な美貌を存分に誇示してやる)
宮殿の最下層にある『水上温室プール』。
そこは、ガラス張りの天井から太陽光が差し込み、色鮮やかな熱帯の熱帯植物が咲き誇る、幻想的な空間だった。プールの中央には清涼な温水が満たされ、まるで天国のオアシスのようだ。
脱衣所で着替えを済ませたエレナが、扉を開けて姿を現した。
「お待たせしましたわ、ミーナさん」
「……っ!!!!」
プールサイドでスケッチブックを構えて待っていたミーナが、再び盛大に鼻血を噴き出しそうになった。
エレナが身に纏っていたのは、シトリーが用意した最高級の水着——エメラルドグリーンの光沢ある生地でできた、セパレートタイプのビキニだった。
胸元と腰回りに繊細なゴールドのチェーンがあしらわれ、スレンダーな体型と引き締まったウエスト、そして眩しいほどの白い肌をこれでもかと強調している。背中からは銀髪が流れ落ち、腰のくびれをなぞるように揺れていた。
(うはー、露出度高っ! シトリーのババア、なかなか攻めたデザインだな!)
エレナはプールサイドのサマーベッドへとしなやかに腰を下ろした。
「どうかしら、ミーナさん? 変ではありません?」
「へ、変だなんてそんな……っ! う、美しすぎて、目が眩みます……っ! 私、私っ、こんなすごいモデルさんを描けるなんて、画家冥利に尽きます……っ!」
ミーナは興奮で手を震わせながら、猛烈な勢いで鉛筆を動かし始めた。
その様子を、物陰からじっと見つめる視線があった。
シトリーだ。
(……くふふ、見事な肉体、見事な魔力……! あの銀髪の娘の『若さと美貌』を吸い上げれば、私はあと百年は若さを保てるわ……!)
シトリーの指先が、怪しく光る。
彼女は隠しスイッチを押した。
ガチャン!
突如として、温室のガラス扉と天井の遮光板が一斉に閉じられ、空間全体が暗闇に包まれた。
「えっ!? なに……!?」
驚くミーナ。
次の瞬間、プール底の排水口から、ドロリとした紫色の不気味な液体が噴き出してきた。
「キャーッ!」
「ミーナさん、私の後ろへ!」
エレナは素早くミーナの前に立ちふさがった。
暗闇の中から、シトリーの甲高い高笑いが響き渡る。
「オーホッホッホ! かかったわね、愚かな娘たち!」
壁の明かりが点き、高台の上に立つシトリーの姿が浮かび上がった。その手には、禍々しい骨でできた魔法杖が握られている。
「シトリー様! どうしてこんなことを!?」
ミーナが叫ぶ。
「どうして? 決まっているでしょう! 私は永遠の美しさが欲しいのよ! この街の貧しいモデルの娘たちの生命力を吸い上げ、私の美貌の糧としてきたの! そして……エレナ! あなたのその銀髪と赤眼、最高の『器』だわ! あなたの魂を抜き取り、私の新しい肉体としていただくわ!」
(やっぱりなー。ベタ中のベタ、テンプレ中のテンプレじゃねえか)
エレナはビキニ姿のまま、呆れたように溜息をついた。
「シトリーさん。人の若さを吸い取って保つ美しさなんて、ただの『腐った果実』と同じですわよ? 見苦しいとは思わないのですか?」
「黙りなさい! 小娘がっ! 出てきなさい、我が僕たちよ!」
シトリーが杖を振ると、プールの中から紫色の液体を纏った怪物たち——『血肉の泥人形』が数十体も這い上がってきた。行方不明になった少女たちの怨念と魔力を混ぜ合わせて作られた悪趣味な魔物だ。
「エレナ様! 逃げてください! 私がなんとか……!」
ミーナが果敢にもスケッチブックを捨て、ナイフを構えようとする。
「いいえ、ミーナさん」
エレナは手でミーナを制し、水着の胸元から、昨日ミーナから貰った『極上の水真珠』を取り出した。
「せっかくの素晴らしい水着が汚れてしまいますから……一瞬で終わらせますね」




