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コラボ撮影の翌日、私は会社で東條先輩と顔を合わせた時、昨日の件について聞いてみた。
「昨日の撮影、途中で地声が出ちゃった時、大丈夫でしたか?」
「ああ、あれか。ちょっとひやっとしたけど、編集でカットできるし、大丈夫よ」
でも、私はミカさんが何かに気づいているような気がしてならなかった。
ただ、大人同士だもの、向こうもどうこうすることはないだろう。
私は地声の件を忘れることにして、その後も東條先輩の配信活動を手伝い続けた。
東條先輩とミカさんのコラボ動画は、大変な人気を持って視聴者に受け入れられた。動画の視聴数はAKIのチャンネル史上最高となっている。
ミカさんとのコラボが大成功を収めた東條先輩は、また新たなコラボを企画しているようだった。
「またコラボですか? あの動画、すごい人気でしたもんね」
「そうなのよ。だから今度はミカちゃんのチャンネルで動画をアップしようっていう話になってね」
「そうなんですね」
「また手伝ってくれる?」
「はい! もちろん!」
そうして私は、今度はミカさんの自宅兼撮影スタジオにお邪魔して、コラボ動画の撮影の手伝いをすることになった。
撮影は順調に進んだが、ミカさんの視線が時おり東條先輩の喉元や、節ばった手をじっと見ていることに気がついた。やっぱり、気づいているのだろうか。
ともあれ、ミカさんはわざわざ言及してくることもなく、無事に撮影は終わった。
そうして、徐々にAKIとミカさんの関わりが深くなっていった頃。
——ミカさんが、炎上した。
そんな連絡が、東條先輩から届けられた。
ミカさんのプロデュースブランド、『ミカえる』のアイシャドウが、大手コスメブランド・カンメイクのアイシャドウとデザインがそっくりだというのだ。
ミカえるの新作紹介動画が炎上し、コメント欄が大層荒れているらしい。
「そんなことになっているんですね……」
「そうなんだ。随分と荒れているようだな」
男モードの東條先輩は、深刻そうな表情で眉を寄せる。コツコツと机の上のペンを鳴らしながら、考え深げにしていた。
「俺はどうにも、あのミカさんがパクリとかするような人柄には見えない」
「確かに、いい人そうですもんね」
「もしかしたら……」
ふと何かを思い立った東條先輩が、社内PCのキーボードを叩き始めた。
「やっぱり……!」
「どうしたんですか?」
「カンメイクのメインデザイナー、うちの会社を最近退社している。そして、独立したみたいだ」
それが炎上とどう関係するのかわからなくて、私が疑問の表情を浮かべていると、東條先輩は詳しく説明をしてくれた。
「もしこのメインデザイナーが独立した後にミカさんのプロデュースコスメをデザインする仕事を受けたとしたら、デザインが似通うのも無理はない。その可能性がないか、ちょっと確かめてみるか」
東條先輩は、ミカさんのメールアプリを開くと、ミカさんの仕事用メールアドレス宛にこのことを尋ねる文面を作成していた。そして、もしたまたまデザイナーが同じだったためにデザインが似通っただけなのであれば、それを説明する動画を作るのを協力する、と。
果たして——ミカさんからの返事は、すぐに来た。
『確かに、うちのプロデュースコスメのデザイナーはおっしゃる通りの事務所に依頼しました。それがまさかカンメイクの前デザイナーの方だったとは……。情報をありがとうございます。今回の炎上の件、この情報に基づいて、きちんと事情を説明してみようと思います。もしよければ、事情説明の動画にもゲスト出演していただけないでしょうか?』
化粧品会社勤めであることを明かしているAKIが事情を説明すれば、炎上もおさまりやすくなるかもしれない。
その日の週末、急遽、東條先輩の家にミカさんがやってきて撮影することになった。
ミカさんは流石に憔悴した様子で、華やかな美貌は相変わらずだけれど少しげっそりしている。
「大丈夫? 大変だったわね」
東條先輩が優しく声をかけると、ミカさんは少し目を潤ませて頷いた。
「はい。もう色々言われちゃって、大変っていうかなんていうか……」
無理やりな笑顔が尚更痛々しく、東條先輩も痛ましげに眉を寄せる。
「無理はしないでね。……にしても、独立した直後の仕事から手抜きだなんて、あのデザイナー、とっちめてやらなくっちゃ」
カンメイクのデザインと類似したデザイン案を提出したデザイナーは、そのせいでここまで大ごとに発展するとは思っていなかったらしく、ミカさんが連絡を取ったら慌てていたとのことである。
でも、パクリではなくデザイナーの手癖だったということで、ひとまずちゃんと説明すれば炎上は収まりそうかな。
ミカさんはいつもよりも神妙な顔で、動画撮影で説明の言葉を話している。東條先輩も、化粧品会社勤めの観点から補足を入れたりして、今回の事態がパクリではないことを説明していた。
「さて、この動画で少しは騒動も収まると良いんだけれどね」
「そうですね。あの、今回は本当にありがとうございました。AKIさんがいなかったら私……」
「やぁだ、水臭いこと言わないでちょうだい」
そんなやりとりの中で、ミカさんの東條先輩を見る目には大層な熱がこもっているように見えた。
「AKIさんって、本当に素敵な方ですね」
東條先輩がトイレに行っている間、ミカさんはそんな風に私に話しかけてきた。
「そうですね。私の一番尊敬している先輩です」
「そうなんですね……。恋人とか、いるのかな……」
後半、ミカさんがふと呟いた言葉にギョッとする。まさか、男性だとバレているの……?
それとも、ミカさんが女性を好きだとか?
「やだ、私ったら変なこと呟いちゃった。気にしないでくださいね、由梨さん」
「え、ああ。はい」
ミカさんはそれからも、帰るまでの間ずっと東條先輩のことを熱っぽい目で見ていた。
ミカさんが帰った後、東條先輩は疲れた様子でソファに座り込んだ。
「お疲れ様でした」
「ありがとう。なんとか説明動画も撮れたし、後は視聴者の反応次第ね」
東條先輩はAKIモードのまま、深くため息をついた。
「ミカちゃん、本当につらそうだったわね」
「そうですね。早く事態が収束すると良いんですが」
「今回の件、ミカちゃんは何も悪くないもの。デザイナーの手癖の強さに巻き込まれちゃっただけ。それも作家性と思えば責められないし……」
それからも東條先輩は、『ミカちゃんは』『ミカちゃんが』と、繰り返し話していた。
ミカさんのことばかりを喋る東條先輩に、少しだけモヤモヤとした気持ちが心の裡に溜まっていく。
嫉妬なんか、している場合じゃないのはわかっているのだけれど。
それに、東條先輩は最近ずっと、AKIモードで私に接していた。男としての顔を私に見せることは無くなっていたのだ。
確かに私が好きになったのはAKIモードの東條先輩で、会社での嫌味な上司モードの東條先輩ではない。
けれど、男としての一面を全く見せないでいられると、私は完全に女同士の友達ポジションのような扱いなのではないかと不安になってしまう。
「東條先輩は、どっちが素なんですか?」
気がつくと、私の口からはそんな言葉がこぼれ落ちていた。
「どっちが素? どういう意味?」
「いえ、あの、AKIの時のキャラと、会社での東條先輩のキャラがあまりに違いすぎて。どっちが素なのかなって。最近私の前では会社での顔ほとんど見せないじゃないですか」
そう説明すると、東條先輩は『ああ……』と納得したような顔で頭の後ろで腕を組んだ。
「どっちも素だよ。でも、お前東條アキラとしての俺のこと、苦手意識持ってるだろ? いけすかない上司だとでも思ってるんじゃないか。だから、あんまりお前の前ではこっちの顔を出さないようにしていたんだよ」
「べ、別にいけすかない上司だなんて、思ってません! ……ちょっとしか」
「ちょっとは思ってるんじゃねーか!」
いつもより低い東條先輩の声に内心ドキドキしながら話していると、東條先輩はくつくつと笑いながら私に返事をした。
男モードの東條先輩とも、打ち解けたやりとりができることに喜びながら、その日私たちは夜遅くまで談笑した。
帰路に着き、夜道を一人で歩きながら月を見上げる。
東條先輩のことが、やっぱり好きだなと思う。けれど、今のAKIモードの東條先輩との関係があまりに心地良すぎて、それを壊す勇気は私にはどうにも持てなかった。




