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「桂木悠真です。A商社の営業やってます。趣味はシュノーケリング。よろしくぅ」
私の正面の席に座っていた人は、爽やかなスポーツマンタイプで、がっしりとした体型に白い歯が目立つ人だった。
軽い口調だけれど気遣いはできる人みたいで、私がサラダの取り分けトングを取る前にさっととって取り分けてくれる。さすが営業マンだけあって、細かく気が回るみたいだ。
「由梨ちゃんは趣味なんなの?」
「えっ、ええと、仕事が趣味というか、割とスキンケア用品の研究とかしてます」
「へぇ、真面目だねぇ。でも、だから肌綺麗なんだ。スキンケアの研究してるんだもんね」
その後も、ちょこちょこヨイショを交えながら桂木さんは話を振ってくれる。
私の話を興味深そうに聞いてくれるし、話題も回してくれるし、桂木さんはなかなかにいい人そうだった。
隣で愛梨も、私が話題に参加できていることに対して、嬉しそうにしてくれている。
「由梨ちゃんさ、よかったらまた今度二人で飲もうよ」
「え、あ、はい。そうですね」
桂木さんから二人きりでの飲み会に誘われた。
この感触、なかなかにいい感じなんじゃない?
そんな調子で一次会を終え、二次会も和やかに終わり、深夜終電近くになって、解散の運びとなった。
しかし……。
「うわ、雨……」
「あれー、由梨ちゃん。傘持ってこなかったんだ? 今日天気予報雨だったのに」
「すっかり見落としていました」
桂木さんは、折り畳み傘をカバンから出すと、「入りなよ」と私に促してくれた。
「俺、送ってくからさ」
「え、そんな申し訳ないですよ」
「いいじゃない由梨、送ってもらったら」
少し酔っ払った様子の桂木さんは、いいからいいから、と言って私の肩に腕を回した。少し馴れ馴れしい様子に、ビクッと体が反応する。
しかし、傘を忘れたのは自分が悪いのだし、それをカバーしてくれようという親切な相手の手を振り払うわけにもいかず、私たちは二人で雨の中に繰り出した。
「じゃあねぇ由梨ー。また月曜日!」
「うん。愛梨も気をつけて!」
愛梨たちと別れ、私たちは雨の中を歩いていく。
だが——。
「あれ? こっち、駅の方じゃないですよね」
「いいじゃんいいじゃん。由梨ちゃん。せっかく合コンに来たんだからさ」
「え、どういうことですか」
私が戸惑っていると、あたりは飲み屋街から、少し薄暗い雰囲気に変わっていた。
「あの、ここって……」
「いいじゃん。俺ら、相性良さそうだしさ。休憩していこ?」
そう言って誘う桂木さんは、酔いが回っているのか、目が座っていた。
「あの、無理です。私、こういうの……」
「いいからいいから」
「やっ」
咄嗟に、伸ばされた手を振り払ってしまう。すると、桂木さんは舌打ちをした。
酔っ払った様子の桂木さんは足取りもふらつきながら、改めて私の手を引っ張る。
「やめて!」
その腕を無理やり引き抜くと、桂木さんは傘の下から私を突き飛ばして、背を向けた。
「お高く留まってんじゃねーよ。ブス」
ブス。その言葉が、頭の中をリフレインする。雨に打たれながら、私はラブホテルの前で取り残されることになった。
……なんで、こんな惨めな思いをしなきゃならないんだろう。
幼馴染のマリアは、こんな目にあっているのをみたことがない。あの人形のように美しい子は、常に男たちから高嶺の花としてチヤホヤされていた。
私みたいに、雑に性欲を満たすための相手として扱われた挙句、それが叶わないと知るとブスなどと暴言を吐かれることもない。
「はは、これが偽物と本物の差かぁ」
ブスが背伸びしておしゃれして、調子乗った挙句こんな目に遭う。
私、バカみたい。
私はトボトボと、雨に打たれながら駅の方へ向かった。
「坂下!?」
駅前のロータリーにたどり着くと、突然、後ろから声をかけられた。
そこには、傘を差した東條先輩がいた。
「東條……せんぱい……」
その姿を見た途端、私の両目から涙が溢れ出す。
「ちょ、ど、どうした? 今日合コンじゃなかったのかよ。何かあったのか?」
「ぶすっ、って言われました。私、ホテルに行くの拒否して。……そしたら、お高く留まってんじゃねーよって」
「はぁ!? 何よそれ、ふざけんじゃないわよ! あたしが可愛がってる由梨にそんなこと言うやつ、キンタマかち割ってやるわ!」
私の説明を聞いた東條先輩は、AKIモードになって怒り狂ってくれた。
「ちょっと、こっち来なさい」
東條先輩は私を傘の中に入れると、駅前のタクシー乗り場に私を連れていく。
「ちょ、と、東條先輩?」
「〇〇まで」
東條先輩が住所を告げると、タクシーはすぅっと走り出す。
たどり着いた場所は、一棟のおしゃれなマンションの前だった。
「来なさい! あんたの顔、見てらんないわ」
一人暮らしの男性の部屋に入るのは少し抵抗があったけれど、AKIモードの東條先輩を警戒するのもなんだかバカらしくて、言われるがままに部屋に登る。
「ほら、これで髪拭きなさい。ずぶ濡れよアンタ」
東條先輩はバスタオルを投げて横すと、大量のコスメが整然と陳列してあるドレッサーの椅子を引いた。
「あたしが崩れたアンタのメイク、直してあげる」
「えっ?」
「いいから、大人しくしてなさい」
拭き取りメイク落としでメイクを落とされると、東條先輩は手早く私にメイクを施していく。
前に伊勢越デパートに行った時も思ったけれど、東條先輩の手つきは魔法みたいだ。あっという間に、私の平坦な顔が立体的に作り上げられていく。
そうして出来上がった顔は、やっぱり自分じゃないみたいで……。
「ほらね、アンタは、綺麗よ」
東條先輩は、私の頭を抱き抱えるように髪を撫でると、鏡越しに目を合わせてきた。
「東條……先輩……」
「泣かない! メイクが崩れちゃうでしょ! そんな男の言葉に泣かされる自分から卒業しなさい」
「ちがっ、あんな男、どうでもいいんです。そうじゃなくて、東條先輩の言葉が嬉しくって……」
「全く、しょうがない子ね……」
東條先輩は、私が泣き止むまで、ずっと髪を撫でてくれていた。
ようやく泣き止むと、東條先輩は冷蔵庫の中から缶ビールを取り出していた。
「ちょっと飲み直しましょ、愚痴、聞くわよ」
「え、いいんですか?」
「どうせ終電もないじゃない。朝まで飲むわよー!」
AKIモードの東條先輩は少し強引なところもあるけれど、面倒見が良くって頼りになる。
私は、東條先輩の家が、一人暮らしの男の家だと言うことを忘れて、朝まで東條先輩と一緒に飲んだくれることにした。
「私、幼馴染にハーフのすごい美人の子がいるんです。小さい頃からずっとその子と比べられてきて……」
「あら、人間はみんな一人一人違う美しさを持っているものよ! アンタの美しさは、その子も持っていないアンタだけのものよ!」
東條先輩の、AKIの言葉は、いつだってポジティブで、それでいて押し付けがましくなくて、元気が出る。
東條先輩はハイペースで飲んでいて、私よりも先に潰れてしまった。カーペットの上で寝ている東條先輩に、布団を被せてあげる。
「由梨……」
すると、東條先輩が低い声で私の名前を呟いた。
寝言、だろうか。
いつも私の下の名前を呼ぶときは、AKIの高く作った女性のような声で呼ばれる。
男モードの声で、下の名前を呼ばれた私は、不覚にもドキッとしてしまった。
「そうだ、東條先輩って、男の人だった……」
今日はずっとAKIモードだったから、忘れていた。東條先輩は、男の人だ。
そんな単純な事実が、なぜかどうしようもなく私の胸をかき乱した。
東條先輩は、男の人と女の人、どちらが好きなのだろう。
女装が趣味で、恋愛対象は女の人なのか、それとも男の人なのか。
そんな疑問が、ぐるぐると頭の中を巡る。
私は東條先輩の喉仏を眺めながら、その夜は朝まで、ちびちびとお酒を飲んでいた。




