4
次の週の週末、私はまた東條先輩と一緒に、今度はパムコへとやってきていた。
今日もまた、東條先輩はAKIの姿で現れて、性格もまたAKIモードになっている。
「眉サロンにもいって、コンタクトに変えて、綺麗になったじゃない、あんた」
「ありがとうございます。それもこれもAKIさんのおかげです」
「ふん。お世辞言ったってなんも出ないわよ。さあ、行きましょ」
東條先輩は、アイボリー色のワンピースにロイヤルブルーの太ベルトを合わせて、華やかかつ清楚な雰囲気にまとめていた。
女性と比較すると身長が高いこともあって、どう見てもモデルか何かにしか見えない。
いくら東條先輩の手で垢抜けたと言っても、隣を歩くにはやっぱりちょっと気が引けてしまう。
パムコのアラサー向けブランドに入ると、夏服をあーでもないこーでもないと言いながら合わせていく。
「あの、AKIさん。デート服とかに向いているワンピースとかってあるでしょうか?」
「……なぁにあんた、デートの予定でもあるの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。こないだ大学時代の同期と会って、みんな結婚とか続々してるんだなぁとか思うと、考えちゃう部分もあったりとか」
「ふぅん。そうね。デートだったら、このワンピースなんかいいんじゃないかしら。あんた、ブルベ夏だから、この色はテッパンでしょ」
東條先輩が洋服のかけられたラックから引っ張り出してきたのは、淡い水色のワンピースだった。私の骨格に合ったAラインのシルエットで、裾はふんわりと広がっている。
「こんな女の子らしいのが私に似合いますかね?」
「試着してみなさい。絶対似合うから!」
騙されたと思って着てみなさいと迫ってくる東條先輩に押されて、試着室でワンピースに着替える。すると、顔色が目に見えて良くなった。
なぜだか、さっきまで着ていた地味なブラウスとスラックスの組み合わせよりも、痩せてスタイルアップして見える。
「ほら、言ったじゃない! よく似合ってるわ。かわいいわよ」
かわいい、と東條先輩に言われて、思わず赤面した。
かわいいなんて、私は今まで言われたことがない。
「何照れてんのよあんた」
「だって、かわいいなんて言われたことなくて」
「あら、あんたはかわいいわよ! 自信持ちなさいって!」
AKI人格の時の東條先輩は、頼りになる姉御キャラで、躊躇なく堂々と褒めてくれるから嬉しくなってしまう。
私がモジモジしていると、東條先輩は「さあさ、まだまだ試着してもらうわよ! 着替えなさい!」と言って、私の背中をパンと叩いた。
それからも試着を繰り返し、私はブルーグレーの半袖ブラウスと、白いクロップドパンツをそのまま着て帰れるようにタグを切ってもらって、大量の服を買った。
「さあ、今度はオフィスカジュアルの店に行くわよ! ラボでダサい格好しているのなんて、許さないんだから!」
そういえば、東條先輩はいつも顔が目立たないようにか重たい前髪にメガネ姿だけれど、服装はおしゃれなのだった。ラボだと私服の上から白衣を着ていることが多いけれど、それでも目立つくらい、センスがいいのだ。
流石に人気美容系配信者だけあって、ファッション関係でもセンスがいい。
オフィスカジュアルの店でも大量に服を買い込んで、私たちは両手に紙袋をたっぷりと携えてパムコを後にした。
「さ、ちょっとカフェでお茶でもしましょ」
「は、はい!」
AKIモードの東條先輩はフレンドリーで、グイグイとこちらに迫ってくる。
「由梨、あんた恋バナとかないの? 聞かせなさいよ。急にデート服が欲しいだなんて言い出して」
「ほんとにないですよ……。ただ、知り合いがみんな結婚したりしてるから、ちょっと焦っただけで」
「別に今時結婚が幸せってわけでもないじゃない。別れる人たちだって多いんだし焦ることないわよ。……でも、確かに今まで色気もへったくれもなかった由梨だもの。少しは合コンとか、経験してみてもいいんじゃないかしら?」
東條先輩は、優雅に紅茶のカップに口をつけてウィンクをした。
ちょっと大仰な仕草ですら、女優さんのようでキマっている。
「合コンだなんて」
私はびっくりして、カタンとカップをソーサーにぶつけてしまう。
「いい経験になるわよぉ? 自信をつけるにもいいんじゃないかしら。ほら、山本さんなんか、合コンよくやってるじゃない」
山本さんというのは、愛梨のことだ。確かに、愛梨はよく合コンに行っている。人生楽しまなきゃ損が口癖で、理系研究職には珍しく、夜遊びなんかもしていた。
「ね? いいじゃない」
「そうですねぇ」
私は戸惑いつつも、頷く。
確かに、今まで経験したことがないことに足を踏み出してみるのもいいかもしれない。せっかくおしゃれな服を買って、メイクだって習得したのだ。
今まで私は男子に悪いトラウマしかなかった。けど、東條先輩は私のことを可愛いと言ってくれた。その東條先輩がそういうなら、挑戦してみてもいいかもしれない。
完全に私は、東條先輩、いや、AKIさんのことを、頼れる姉御肌の女友達のように認識していた。
翌週の出勤日、食堂にて。
「愛梨、あの、その。ええと」
「どうしたの由梨、そんな告白前の中学生みたいになっちゃって」
「もう、揶揄わないでよ」
愛梨は社員食堂のカレーを食べながら、私の言葉を待ってくれる。
「あのね、愛梨ってよく合コンしてるじゃない」
「え? うん、そうね。いい男は捕まえないと!」
「それでね、えっと……私も……」
口ごもりながら、愛梨に私も合コンに行きたいと伝える。すると愛梨は、カタンとスプーンを取り落とした。
「由梨が!? 合コン!?」
「ちょ、他の人に聞こえる聞こえる! やめて!」
驚きで大声を上げる愛梨を、私は慌てて止めた。
「でも、どういう風の吹き回し?」
「おしゃれになるアドバイスをしてくれている人から、言われてね。合コンとかで出会いを探してみてもいいんじゃないかって」
「積極的になってるわね! いいじゃないいいじゃない!」
愛梨は嬉しそうにうんうんと頷いた。
「それじゃあ、次の週末セッティングしておくわ! 場所はまた連絡するから」
「ありがとう。私、少しは変われたかな」
「とっても!」
愛梨が力強くサムズアップをして、「また連絡するねー!」と言って去っていく。
昼食が終わって仕事に戻ると、東條先輩が不機嫌そうな顔で私に話しかけてきた。
「合コンもいいが、あんまり職場で浮かれるなよ」
「え、愛梨の声、聞こえてました?」
「食堂中に響いてたぞ」
男モードの東條先輩は、やっぱりちょっと苦手な相手だった。AKIさんに言われて合コンに繰り出そうと決心したのに、同一人物である東條先輩になぜ忠告されなきゃいけないのか。
とは言っても、職場で浮かれた話をしていた私が悪いのは事実なんだけどね。
「今度の週末か? 行くの」
「あ、はいそうですね」
「綺麗になって男どもを見返してやんなさいよ。健闘を祈ってるわ」
突然、AKIモードになった東條先輩からそう言われる。
それだけで、初めての合コンで少しだけあった不安な気持ちが吹き飛ぶようだった。
やっぱり、私にとってAKIさんは頼れるお姉さんだ。AKIさんがいるだけで、勇気も、元気も出てくる。
「——はい! ありがとうございます!」
そうして、ついに週末を迎えた。
相手は愛梨が厳選した商社の営業マンたちで、イケメンとまではいかないけれど爽やかで整った容姿をしている。
「は、初めまして、坂下由梨です。シレイ堂で化粧品開発職をしています」
「お、リケジョだリケジョだ」
「初々しーい。いいねぇ」
最初に自己紹介をすると、そんな風にやんややんやと相手の男性たちは盛り上げてくれる。
正直、私にとっては苦手な雰囲気ではあるけれど、それも今までの自分から脱却するためには挑戦してみたかった。




