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「はぁ!? 俺がお前にメイクを!? なんで?」
東條先輩は、目を点にした。
だって、AKIの美容系動画のファンなのだ、私は。
ずっと、憧れていた。煌びやかなコスメの世界に。
その世界を華麗に泳ぎきるAKIは、性別不詳ながら誰よりも美しくて。男疑惑で不当に叩かれることもあったけれど、そんなものかけらも気にせずに悠然と微笑んでいて。
「私、ブスだからメイクなんて似合わないのわかってます。それでも、AKIに憧れていて……」
「は!? 何言ってんだよお前! ブスだからメイク似合わないとか、卑屈なこと言ってんじゃないわよ! 女の子は誰だって、綺麗になれるんだからね!」
私がネガティブな発言をすると、それに対して東條先輩が怒りの形相を浮かべる。いつの間にか、口調がAKIのものに変わっていた。
「あたしはそういう、クソみたいな連中にクソみたいな言葉をかけられて、それを真に受けてネガティブにうじうじしてる奴が一番嫌なのよ! そんなん、蹴散らしなさい!」
「と、東條先輩!?」
「ハッ!? 俺は今何を……?」
怒りのままにAKIの口調で捲し立てていた東條先輩は、ふと我に帰ると、顔を真っ赤に染めて口元に手をやった。
「東條先輩、AKIの人格が表に出てましたよ」
「なっ、だ、だって。お前のせいだろ! お前が自分のことをブスだなんて馬鹿げたこと言うから!」
私がブスだと言う言葉を『馬鹿げたこと』と言う、東條先輩に、不覚にも私は泣きそうになってしまった。
「なんでお前、そんなに自己評価が低いんだよ。メイクだって、全くやらずにすっぴんメガネだしさ」
「それはだって、私みたいなブスがメイクしたって無駄だから……」
「だからそういうこと言うなって!」
東條先輩は、普段嫌味な上司なのに、私の卑屈な発言を聞くとそんなことはないと否定してくれる。
「私も、綺麗になれますか……、東條先輩……いえ、AKIさん」
上目遣いで東條先輩を見ると、東條先輩はその美しい顔にキリリとした表情を浮かべて、頷いた。
「あたしに任せなさい!」
それが、こないだの休日の出来事。でも、会社で会う東條先輩は、この間のことなんて何にもなかったように振る舞っていて、まるで夢だったかのように感じてしまう。
AKIに憧れ過ぎた私が、身近なところにAKIがいたらいいなと思って見た夢か何かだったのだろうか?
そんな風に思っていた、金曜日のこと。
私が人気の無くなったラボで残業をしていると、いつも通りの不機嫌そうな顔で、東條先輩が近づいてきた。
「先輩、何かありましたか?」
「お前、明日空いてる?」
「へ、明日ですか? 休日出勤?」
「ちげーよ」
上司に明日空いているかと聞かれれば、当然休日出勤の話だと思う。まさか東條先輩が私を食事に誘ったりなんてするわけないし……。
そんな風に思っていると、東條先輩は切れ長の目を細めて、口元を少し歪めて笑った。
「こないだの約束、忘れてるんじゃないわよね。メイク、見てあげるっつってんの。ボーナスありったけ用意して、伊勢越デパートに行くわよ!」
AKIの口調で、東條先輩は私に言ってくる。
——あれ、夢じゃなかったんだ……。
少し呆然とした私は、東條先輩に急かされて慌てて返事をした。
「は、はい。空いてます! 行きます!」
「よし、じゃああとで集合時間と場所を連絡するわ」
残業を終えて、家に帰ると、SNSに東條先輩からのメッセージが飛んできていた。
『金房駅前北口、13時』
という極々シンプルなメッセージが、画面に浮かんでいる。
そのメッセージは東條先輩らしさがあるのに、やっていることはかけらも東條先輩らしくないのが、少しだけ可笑しかった。
翌日、金房駅前に、十分前に到着し、東條先輩を待つ。
しかし、駅の改札から現れたのは、人目を引く美女、AKIだった。
「せ、先輩。AKIの姿できたんですね」
「なぁに、悪い? コスメカウンター巡りをするならこっちの方が都合いいでしょ」
元々声の高い東條先輩は、女性のような声を作って喋ると本当に女性にしか見えない。
軽く巻かれている首元の太いチョーカーだけが、喉仏を隠すためのアイテムとして男であることを示していると気がついた。
この人も、こんな趣味を人にひた隠しにして、色々と苦労しているんだろうな。そう思うと、普段の嫌味な東條先輩の姿も、少しは許せそうになる。
デパートに向かうまでの道すがら、東條先輩からコスメについての講釈を受ける。
「あんた、明らかにブルベなのになんでベージュのブラウスなんか着てんのよ」
「いや、だって目立つ華やかな色とか私には似合わないですし……」
「あんたはどう考えてもブルベ夏よ、それに地味な色より華やかな色の方が似合うわ」
「そ、そうでしょうか……」
華やかな色だなんて、私に似合うとは思えない。
けれど、AKIの見立てが間違っているとも思えない。
私は戸惑いながら、伊勢越デパートへと向かった。
デパートの一階にあるコスメカウンターは華やかで、私みたいな地味なすっぴんメガネがいると場違いに思える。
「あんた、今度コンタクト買いなさいよ。メガネ、あんまり似合わない顔立ちなんだから」
「そ、そうでしょうか……」
さっきからずっとそうでしょうかばかり言っている気がする。
カウンターでは、まずファンデーション選びから始まった。
「あたしのおすすめは、デコルメのゼヌウェアよ。これは彩度の低いブルベ夏の肌の人にぴったりの色があるの! 由梨にも似合うと思うわ」
突然由梨と呼ばれて、心臓がドキッとはねる。
AKIモードの東條先輩はいつもとは違うことを理解しているはずなのに、あまりのキャラの違いにはやっぱり戸惑ってしまう。
「東條——えっと、AKIさんのおすすめのファンデって、これのことですか?」
ついつい職業病で、成分表を見てしまう。なかなか保湿もしっかりとした組成みたいで、かつ余計な成分はなくシンプル。テスターを手に出してみると、テクスチャーもしっとりとしていて伸びがいい。
「いい商品ですね」
「でしょう? あんたはスキンケア系の方が専門だから知らないかもしれないけど、ここは結構ベースメイクがいいのよ」
「へぇ」
デコルメのBA——ビューティーアドバイザーの人に声をかけ、タッチアップしてもらう。
「お客様のお肌の色ですと、このN16番がおすすめですね」
「あたしもそう思うわ」
BAさんに塗ってもらうと、肌のあらが綺麗に隠れつつも、素肌感のあるナチュラルな仕上がりで、一段階肌が明るく見える。
下地も一緒にタッチアップしてもらった。
「それじゃあ、この下地とファンデーションをください」
「ありがとうございます!」
ベースメイクアイテムをお買い上げして、今度はポイントメイクの方を買いに行く。
「ポイントメイクはプチプラでもいいけど、あんたの場合はどうせプチプラだと対して使わないだろうから、あえて高いものを買って使わなきゃ損って気持ちを鼓舞しましょう」
「なんか色々見透かされていて怖いんですけど」
「ふん……これでも部下の性格はしっかり把握してんのよ」
ポイントメイクで東條先輩が選んだのは、ルナソラのアイカラーレーヨンシリーズだ。
「ここはカラーバリエーションが豊富で、どんな人にも合うものが見つかるのよ」
これとこれとこれ、と東條先輩が選んだ三つの中から、一番好みのものを選ぶ。
私が選んだのは、オフィスメイク向けのベーシックなピンクとブラウンのカラー。これならば仕事でもプライベートでも使えそうなので、いいと思ったのだ。
「じゃ、早速タッチアップしてもらいましょう! BAさん、申し訳ないんだけれど、これはあたしにやらせてもらえる?」
「え? はい。構いませんが……というより、失礼ですがお客様、もしかしてAKIさんではないでしょうか?」
「あら、あたしのこと知ってるの?」
「あ、あの、ファンです!」
なんと、こんなところに東條先輩のファンがいた。まだお若いBAさんは、目をキラキラさせて、興奮の面持ちで東條先輩を見つめる。
「ちょっと、そんな目で見ないでよ。照れるわねぇ」
東條先輩は満更でもない様子で、ΒAさんからアイシャドウパレットを受け取る。
「さ、じゃあ早速アイメイクをしていくわよ!」
私のコンプレックスである、無駄に鋭くてキツい印象の目が、鏡の前に晒される。
これが東條先輩の手でどうやって変わっていくのだろう。
鏡越しの自分を見つめながら、私は不安と期待に胸を高鳴らせていた。




