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「由梨、ミカちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」
「い、いえ! なんでもありません!」
ミカさんは慌てたように笑顔を取り繕うと、東條先輩が買ってきたおつまみなどを机の上に並べ始める。
甲斐甲斐しくて、女性らしい気遣いが当たり前のようにできるミカさんは、気の利かない私と違って魅力的だ。
「さあさ、飲みましょ飲みましょ」
AKIモードの東條先輩は、陽気に乾杯をすると、ぐっと缶ビールを飲み干す。その口紅が缶のフチで少しはげて、それがやけに色っぽい。
私は男モードの東條先輩だけでなく、女装した状態のAKIにまでときめくようになっていた。その様子を、ミカさんが油断なく観察しているようで、なるべく気持ちを表情に出さないように気を使う。
「それにしても、新プロジェクトの処方見直しがうまく行って良かったわよね」
「東條先輩のおかげです。これで週明けになっても佐々木部長にいい報告ができそうです」
東條先輩に水を向けられて、感謝を伝える。本当に、何もかも東條先輩のおかげだ。
最初の頃はいけすかない上司だと思っていたけれど、それも今は期待してくれていたからだとわかる。何か困ったことがあればなんだかんだで助けてくれるし、田中先輩と比べたら雲泥の差だ。
「すごいですね、由梨さんは。仕事もバリバリされていて」
「いえ、そんな……。ミカさんの方こそすごいですよ。チャンネル登録者数、右肩上がりだって聞いています」
談笑をしながら一時間ほど飲んで、私は帰宅することにした。
ミカさんの探るような視線が痛くて、耐えられなくなったのである。
しかし——。
「あ、じゃあ私もそろそろお暇します。由梨さん、一緒に駅まで行きませんか?」
「え……、はい」
私が帰ろうとすると、ミカさんも同じように立ち上がり、帰宅の準備を始めた。そして、流れで駅までの道をミカさんと一緒に歩くことになったのだ。
「由梨さん、さっきの話ですけど」
「ええと、さっきの話っていうのは、どういう?」
本当はわかっている。さっきの話というのは、東條先輩をミカさんが好きだという話だろう。そして、私が東條先輩をどう思っているかも、もうバレているのかもしれない。
「由梨さん、AKIさんのこと、好きですよね」
疑問系ではなかった。それは、質問ではなく確認だった。
もはやここまでくれば、誤魔化しようもない気がする。私は観念して、ミカさんに自分の気持ちを白状することにした。
「はい。確かに私は、AKIさんのことが好きです」
普段は東條先輩と呼んでいるのに、ミカさんの前では本名は教えないようにAKIさんと呼ぶ。それは私のちょっとした意地のようなものだった。
「そうですか……。私、AKIさんに告白しようと思ってるんです」
「え……」
突然のミカさんの言葉に、私の頭は真っ白になる。
「告白……」
「はい。やっぱり、気持ちは伝えないと伝わらないですから。それに、私、諦める気ないんで」
すっぱりと竹を割ったようなミカさんの言葉に、脅威と尊敬を感じる。
「私、由梨さんのことは友達だと思っているので、告白することだけ先に伝えておきたかったんです。それで由梨さんがどういう行動を取ったとしても、私は責めません」
ミカさんはそう言って、駅の改札を潜っていった。
どういう行動を取ったとしても、責めない、か。それは、私が先に東條先輩に告白をしたとしても、ということだろうか。
でも、勇気が出ない。
ずっとコンプレックスまみれだった私には、美容で名を馳せるような美人のミカさんに対抗して告白をするような気概なんて、到底持てやしないのだ。
「由梨、なんか悩んでる?」
翌週の月曜日、会社のお昼休憩に愛梨と一緒にご飯を食べていると、上の空だった私に対して愛梨が不審げに問いかけてきた。
「悩んでる、というか……」
「もしかして、恋の悩み?」
愛梨の目がキランと輝いた。
本当に、こういうところ、鋭いんだから。
「そ、そんなんじゃないよ」
「えー、怪しい!」
「だから、違うって!」
愛梨は挙動不審になる私を見て、怪しんでいた。私も露骨に態度に出てしまっていて、愛梨にはバレバレだろう。
「ねえねえ、相手は誰? 私の知ってる人?」
「言えない! 言わないってば!」
「告白はしないの?」
また、告白の話、かぁ。
ミカさんが告白すると聞いてから、私はずっと悩んでいた。私も言った方がいいのだろうか。でも、ミカさんには勝てる気がしない。
思い悩みながら平日の勤務を過ごす。
どれだけ恋に悩んでいても、仕事は待ってくれない。
「おい、坂下。この新処方で本当にいいんだな? 諸々の検査はやったか?」
「はい、済ませてあります。これなら刺激性も少なく、問題が起きる可能性は少ないかと」
「わかった。それじゃあこれで行く」
東條先輩と残業をして考えた新処方案が通り、仕事はどうにかひと段落した。田中先輩はさも自分がこの処方を考えたかのような口ぶりで佐々木部長に話しているのが気になったが、それを言及しても揉めるだけだ。
そして、仕事で疲弊しながら迎えた週末。
いつものように私は東條先輩の家へと向かった。
けれど——。ここ最近はいつも居たミカさんの姿が見られない。
「あれ、東條先輩、ミカさんは? 今日は来られないんですか?」
「今日はもう帰ったわ」
東條先輩は、少し困ったように微笑んだ。
その表情を見て、何が起きたのか薄々勘付く。
「ミカさんと何かあったんですか?」
結果が気になって、何があったのか問いただしてしまう。
私が聞いていいことなのかはわからないけれど——。
もし、東條先輩とミカさんが付き合うことになっていたら、どうしよう。そんな想念ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。
「そうね。由梨には話しておいてもいいかもね。……告白されたのよ、ミカさんに」
「そう、なんですね。それで、返事はどうしたんですか?」
想定通りの話に、さほど驚きもなく受け止める。気になるのは、その先の答えだ。
「断ったわ。……あたし、他に好きな人がいるから」
けれど、想定外の答えに、私は衝撃を受けた。
『他に好きな人がいる』。ミカさんが告白をして、もし断られたら、私も勇気を出してみようかなと考えていた。
だけど、告白をする前に失恋することになるとは。
この間恋愛対象が男性なのか女性なのか聞いた時には、好きな人がいるかのような様子は見受けられなかったけど。それも隠していただけの話なのかもしれない。
「そう、なんですね……」
「ええ。まあ、ミカちゃんとはこれからもコラボすることはあるかもしれないし、友達として仲良くやっていきたいと思ってるわ。急な話でごめんなさいね」
「いえ、全然」
私が消沈しているのを、ミカさんとの関係が気まずくなるせいだと勘違いした東條先輩は、そんな風にフォローを入れてくれた。
「さあ、今日も撮影しましょ」
気を取り直して、私は東條先輩の動画撮影を手伝う。
毎週末、こうやって家にお邪魔して動画撮影を手伝っているのに、心の距離は縮まらないまま。私は東條先輩にとって、女友達のような存在なのだろう。
まだ見ぬ東條先輩の想い人は、どんな人なんだろうか。
きっと、私なんかとは似ても似つかない、綺麗な人なんだろう。
「あちっ」
そんなことを考えながらお茶を淹れていると、指先にお湯がかかって火傷をしてしまった。
「由梨! 大丈夫!?」
東條先輩は急いで駆けつけてくれて、私の手を握り、流水で冷やさせる。東條先輩に握られた手が、火傷以上に熱を持っているように感じられて、私は戸惑った。




