生きているということ。
深く落ち込む時もあるけれど、結局いつになれどいつも独りだった気がした。
人間は真に孤独じゃなくなる瞬間はないのだろう。
私たちはいくら個体差があれど人間であるならば水のように互いを寄せ合いながら、社会の1部になること。
それを知ってる。
単体での生存はままならないものだから、誰かといないことに強く恐怖を感じるのだろう
けれど私たちは社会に繋がっている。
常に。
私たち人間はワガママな生き物だと人間の尺度を振りながら私は思う。
己の望まないものまで着いてきて欲しくない。
その思いをN極とし、私たちもN極なのだ。
と思い込み、仲間なのに、違うと弾き出ようとする。
私たちはx0 y0の原点からx軸に広がる隣あった世界を嫌ってしまう。
私たちがみなN極であってもY軸には動けやしないのに。
社会はそれこそN極だけでなくS極もいるから繋がりが生まれている。
その中で私はなんという名前の磁石なのか、ネオジム磁石なのかもしれない。
そんな自分との向き合いも背負う世界で生きる
アーティスト、作家はひとつ作品という鏡を作る、その中でなにを見たいか、知らないものを見るか、自分を見るか。
全てを選べる。
その取捨選択が私の形を作る。
けれどその取捨選択もきっと私がしたものだ。
形を作る前からきっと原型はあったんだ。
輪郭線をきっと濃くすることをただひたむきにプレイするのだろう。
この文が言いたいことは。
顔を前に向けたということだ。




