第03話 誤解
廊下を歩く彼女の背中を追う。
都合のいいことなんて起きないと分かっているのに、足は止まらなかった。
少しだけ、期待してしまう。
「……ここで、いいですか」
彼女が小さく言う。
足が止まる。
そこに、音楽準備室があった。
「うん」
私が頷くと、彼女は少しだけ間を置いてから、引き戸を開けた。
棚に並ぶ楽器たち。
音を吸い取るような白い壁。
扉が閉まると、音がふっと遠のいた。
廊下の気配が、完全に切り離される。
息を吸う音さえ、やけに大きく感じた。
彼女は音楽準備室の中ほどを抜けて、窓際まで歩いていった。
カーテンが閉められ、光が少しだけ弱くなる。
布がこすれる音だけが、妙に残る。
胸の奥だけが、やけにうるさかった。
百合漫画で見たシチュエーションと、同じだった。
「は、話って、何かな?」
気づけば、先に声が出ていた。
喉の奥で小さく唾を飲み込む音がして、それがやけに気になった。
沈黙が一拍だけ長く伸びる。
「……急に呼び止めてしまって、すみませんでした」
背中を向けたままの彼女の声は、丁寧なのにどこか揺れていた。
「だ、大丈夫」
そう返すと、彼女はまた黙った。
その沈黙が、やけに重い。
足がかすかに震えているのが分かる。
それでも歩み寄ってしまい、気づけば彼女のすぐそばにいた。
一拍だけ、息が止まる。
距離が近すぎて、逆に何も見えなくなる。
「……あの」
彼女は言いかけて、また止まった。
袖を、少しだけ握っている。
心が、強く揺れた。
彼女の腕に、触れてしまいそうになる。
両手を持ち上げかけた、その時だった。
「柚月さんが、私のこと、嫌っているのは知ってます」
振り返った彼女の声は、震えていた。
「……えっ!?」
一瞬、時間が止まったみたいに空気が固まる。
頭が理解を拒んだ。
「どうしたら、許してくれますか!
もうすぐ、卒業なんです! 許してください!」
だが、彼女は待ってくれない。
言葉が焦りに押されて、途中で跳ねる。
「ち、違う……。わ、私は!」
声をかぶせるように否定する。
必死なのに、うまく繋がらない。
「だって、いつも睨んでいたじゃないですか!」
彼女の目が潤んでいる。
まばたき一つで、こぼれそうだった。
「違う!」
言葉より先に、手が動いていた。
彼女の腕を掴み、そのまま引き寄せる。
背中に両手を回し、強く抱きしめた。
「……えっ!?」
すぐ耳元で、戸惑った声がした。
「ご、ごめん!」
反射的に、彼女の肩を突き飛ばす。
「キャっ!?」
彼女は窓際に背をぶつけ、そのまま座り込んだ。
見上げた瞳が、困惑に揺れている。
「……ご、ごめんなさい!」
私は逃げるようにその場を離れた。
扉を開けると、外の光が少しだけ眩しかった。
******
翌日、彼女は学校に来なかった。
その次の日も、そのまた次の日も。
教室の彼女の席は、ずっと空いたままだった。
私は、教室に行く意味を見失っていった。
卒業の日まで、家にいた。




