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残響の距離  作者: 浦賀やまみち


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第02話 気配




 年が明けると、教室の人数は少しずつ減っていった。


 私は推薦で進学が決まっているため、まだ学校に通っている。

 友だちに卒業旅行を誘われたが、断った。


 彼女が、まだ学校にいるからだ。

 卒業したら、私は東京へ、彼女は大阪へ行く。


 心が、落ち着かない。

 どうすればいいのかも分からない。


 彼女を見ているときだけ、それが止まる。


 授業の大半は自習だった。

 空いた席が増えた教室で、いつの間にか彼女の後ろの席に座るようになっていた。


 参考書を開き、ノートにシャープペンを走らせる。

 視線を向けなくても、彼女はそこにいる。


 少し動くだけで、シャンプーの匂いがふわりと届く。

 そのたびにシャープペンが止まった。


 落ち着いていたはずの心が、少しだけ乱れる。

 膝が落ち着かなく動く。


 そのまま、しばらく文字を追い続ける。

 でも、頭に入ってこない。


 気づけば、顔を上げていた。

 視線の先には、彼女の背中がある。


 髪が少し揺れて、またシャンプーの匂いが届く。

 それだけで、呼吸が一瞬ずれた。


 慌てて目を落とす。

 参考書の文字が、やけに遠い。


 シャープペンを動かすけれど、線は少しだけ歪んだ。


 ページをめくる音がした。

 その小さな音だけで、また意識が引っ張られる。


 気づけば、視線が上がっていた。

 彼女が、少しだけ振り向く。


 目が合う。


 でも、それだけだった。

 すぐに何事もなかったように、また正面に戻る。


 胸の奥が、ほんの少しだけ空白になる。

 何かが起きるわけでもないのに、それが一番つらい。


 慌てて視線を落とす。

 参考書の文字が、さっきよりもさらに遠く見えた。




 ******




「おっ!? もう昼か?」

「いやー、集中し過ぎて、あっという間だったぜ」

「嘘つけ。お前、落書きばっかしてたじゃん」



 チャイムが鳴った。

 彼女が席を立ち、足早に教室を出ていった。



「あーー……。お腹へったね」

「やっとお昼休みって感じ」



 理由は、私の友だちだ。


 私は窓側の最後尾に座っている。

 誰とも馴染まない彼女には、窮屈な場所だと思う。



「ごめん、今日はダイエットなんだ」



 私は、席を立ち上がった。



「えっ!? 急に?」

「いや、必要ないでしょ?」



 机を寄せていた二人が、動きを止める。

 あちこちの視線が、ちらりとこちらに向いた。



「昨日、お父さんがケーキを買ってきて」



 私は軽く笑って、視線を受け流した。

 もちろん、適当な嘘だ。



「まさか、寝る前に?」

「あちゃー、一番やっちゃ駄目なやつ」

「だから、散歩に行ってくるね」



 二人は特に疑う様子もなく笑った。

 これで、彼女のところへ行ける。



「がんばれー」

「ジュースくらい飲みなー」

「あははっ、ありがとう」



 たぶん、図書室か、体育館裏だ。




 ******




「ふぅ……。」



 人の気配が少ない特別棟の階段を上る。


 少し急いだせいか、息があがっている。

 お昼ご飯を食べに、体育館裏だと思ったけど、いなかった。


 あと、もう一階。

 手すりに掴まりながら、踊り場を曲がろうとした、その時だった。



「あっ……。」



 階段を下りてきた彼女と目があった。

 同じように、声がこぼれた。


 動けない。

 彼女も、動かなかった。


 気まずさが、先に視線を逸らさせた。

 それでも、足はそのままだった。



「あ、あの……。」



 彼女の声が落ちた。

 慌てて視線を戻す。



「……う、うん」

「す、少しだけ……。お、お話、できませんか?」



 彼女は少し不安そうに眉を寄せていた。

 視線は、どこか横へ外れている。




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