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残響の距離  作者: 浦賀やまみち


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第01話 違和




「ふーーー……」



 バスルームから手を伸ばし、脱衣所のバスタオルを取る。

 朝のシャワーは、習慣になっている。


 必要かどうかは分からない。

 ただ、中学の頃に母に言われて、それ以来続いているだけだ。


 髪は軽く、身体はしっかりと拭ったあと、脱衣所に立つ。

 この瞬間が、いちばん嫌いだ。



「……自分じゃなかったらね」



 鏡に映る、自分は恵まれていると思う。


 ダイエットなんて、一度も気にしたことがないのに、身体は細い。

 胸もお尻も平均以上で、腰はしっかりとくびれている。



「あーあ……。明日になったら、生えてないかなー」



 口に出してから、馬鹿なことを言ったと思う。


 自分の中の違和感が凄い。

 子供の頃は、大人になれば自然にそうなるものだと思っていた。

 男の子と自分の違いも、そのうち揃っていくものだと、どこかで信じていた。



「……格好いいトランクスとか欲しい」



 ピンクの下着を手に取る。

 可愛らしいデザインだということは分かる。


 でも、それを可愛いと思う感覚はどこか遠い。


 購入した理由も、特別なものではない。

 女子高生ならこういうものだろう、と周りに合わせただけだ。



「あーー……。面倒くさ」



 ドライヤーを当てる。


 本当は、この長い髪をばっさり切ってしまいたいと思っている。

 だが、母はそれを許さないし、友だちももったいないと言う。


 もったいないのは、この手間の方じゃないのか、と時々思う。



「いつまでやってるのー? ご飯できてるわよー」

「はーーい、今いくー」



 キッチンからの催促に返事を返す。


 髪はゆっくり丁寧に乾かす。

 それを教えたのは母なのに、少しだけ納得がいかない。




 ******




「うざっ……。」



 小さく口の中で吐き捨てる。


 視線が、身体にまとわりつく。

 成長するにつれて、それは増えていった。


 今では、感じないことの方がない。



「おはよう!」



 男子が挨拶してくる。



「おはよう」



 反射みたいに笑顔で返す。

 誰だかは、よく分からない。


 遠ざかっていく背中の向こうで、今の子が仲間たちと騒いでいる。



「おはよ。相変わらず、モテるねー」

「そんなんじゃないよ。おはよー」



 こういうのは、別に初めてじゃない。

 中学の頃から、時々はあった。


 修学旅行のときなんて、知らない学校の生徒に待ち伏せされて、いきなり告白されたことがある。

 迷惑でしかない。


 友だちは、『彼氏、作らないの?』とよく聞いてくるが、必要ない。


 一応、アイドルの話題で盛り上がったりもする。

 でも、正直よく分かっていない。


 名前や顔は、覚えているだけだ。



「昨日、言ってた動画が見た?」

「うん、見た」

「格好良かったでしょ?」

「うんうん、特にサビのところ」

「分かる! 同志よ!」



 私は、子供の頃からそうだった。

 周りが男子を見て『格好いい』とか『いいよね』とか騒いでいても、よく分からなかった。


 その代わり、女の子の可愛らしさは、すごく分かる。


 体育の着替えのときは、なんとなく目のやり場に困る。

 修学旅行のお風呂のときは、ずっと俯いていた気がする。


 そんな私の胸は、教室に近づくたび、少しだけ騒がしくなる。



「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」



 教室に入ると、あちこちから挨拶が飛んできた。

 笑顔で返しながら、視線はいつもの場所へ流れる。


 いた。


 窓側の最後尾から一つ前の席。

 人の輪から離れるようにして、彼女は座っていた。



「あーー……。今日の体育、やだなー」

「寒いしね」

「レシーブ、痛すぎだよ」

「でも、ダンスよりマシじゃん?」

「それはそう。ダンスとか、意味わかんない」



 心が落ち着かなくなる。


 一言で言うなら、地味。

 黒髪は肩より少し長く、手入れが行き届いているわけではないが、乱れているほどでもない。

 前髪が目元にかかり、表情の輪郭をわずかに曖昧にしている。


 黒縁の眼鏡の奥の視線は、机の上の文庫に落ちたまま、ほとんど動かない。

 制服は整っているというより、ただそこにあるだけのように着られていた。



「私、男子みたいに柔道やってみたいなー」

「えーーーーっ!?」

「どのへんがそう思うの?」

「だって、いつも楽しそうじゃない?」



 私とは正反対の彼女。

 気づけば、目がそちらに向くことが増えていた。


 気のせいだと思っていた。

 それでも、ふとした瞬間に視線はそこへ落ちる。



「いやいや、あれは男子が馬鹿なだけだって」

「だよねー……。喧嘩ばっかしてるし」

「柔道っていうか、空手だね」

「でも、柔道着って憧れない?」



 同じクラスメイトでありながら、話したことはない。


 たまに目が合う。

 その瞬間、少しだけうれしくなる。


 けれど彼女は、私を見ると必ず視線を逸らす。

 まるで、見てはいけないものでも見たように。



「ない! 憧れない!」

「もうっ……。たまに変なこというよね」

「そうかな?」

「そうだよ!」

「……そうなんだ」



 私は、彼女が好きだ。

 たぶん、これが『初恋』というものなのだと思う。




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