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残響の距離  作者: 浦賀やまみち


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第04話 残響




 卒業式が終わった。

 拍手の音が、やけに遠く聞こえた。


 名前を呼ばれ、返事をして、立って、座って。

 それだけの動作を、どこか他人事みたいに繰り返していた。


 気づけば、すべて終わっていた。


 教室に戻ると、あちこちで写真を撮る声が上がっていた。

 笑い声が、重なっている。



「一緒に撮ろうよ!」

「あとでLINEで送るねー」



 そんなやり取りを、少しだけ遠くで聞く。


 私は、席に座ったまま動けなかった。

 視線だけが、自然と後ろへ向く。


 空いたままの席。


 最後まで、彼女は来なかった。

 分かっていたはずなのに、胸の奥が少しだけ沈む。



「……帰ろ」



 小さく呟いて、立ち上がる。

 友人が打ち上げに誘ってきたが、用事があると断った。


 廊下は、人で溢れていた。

 でも、そのざわめきは、どこか現実味がない。


 靴箱でローファーに履き替える。

 それだけの動作に、妙に時間がかかった。


 外に出ると、光が目に刺さった。

 校舎の前には、写真を撮る人たちが集まっていた。


 花束を抱えた子。

 親と話している子。

 泣いている子。


 その中を、すり抜けるように歩く。

 もう、ここにいる理由はない。


 そう思っていた。


 ふと、視線を感じた。

 顔を上げる。


 保健室の窓辺に、彼女が立っていた。

 一瞬だけ、時間が止まる。


 あのときと同じように。

 目が合う。


 ほんの、数秒。


 何かを言おうとする前に。

 彼女の視線が、すっと逸らされた。


 それだけだった。

 それ以上は、何も起きなかった。


 私は、何もできないまま立ち尽くす。


 やがて、人の流れに押されるように、足が動いた。

 振り返ることは、しなかった。


 できなかった。


 校門を出る。

 それで、すべてが終わった気がした。


 初春の風が、少しだけ冷たかった。

 胸の奥に残ったものが、うまく名前にならないまま、揺れていた。




 ******




 大学に入ってから、時間はあっという間に過ぎていった。

 講義を受けて、課題をこなして、アルバイトをして。


 二十歳の誕生日に、髪をショートにした。


 帰省した際、高校の友人たちにずいぶん驚かれた。

 もちろん、両親も驚いた。



『もう大人だものね。あなたの好きになさい』

『でも、彼女が出来たら、ちゃんと紹介しろよ?』



 両親は、とっくに私の内面に気づいていたようだった。

 ただ、そのまま育てたら世間の風当たりが厳しいから、高校までは女らしくで育てていたらしい。


 そして、気づけば、三年が過ぎていた。



「ねえ、今日さ」



 微睡みから覚めたベッドの上で、女性の背中に指先を這わせる。

 ゆっくりと円を描き、テーブルに向かってレポートを書く手を邪魔する。



「映画、行かない? 観たいのあるんだよね」



 田舎では見つからなかったものも、ここでは見つかる。


 大学は違うけれど、気づけば一緒にいる時間が増えていた。

 半年前から、同じ部屋で暮らしている。



「うん、いいよ」



 振り返る。

 笑ったその顔に、胸が少しだけ跳ねた。


 黒縁の眼鏡。

 似ていると思ったのは、それだけだ。


 高校の頃を、思い出した。

 でも、あの子とは違う。



「……あれ?」

「ああ、コンタクトを落としちゃってさ。

 予備の予備だよ」



 音の消えた部屋。

 近すぎた距離。

 震えていた声。

 見上げる瞳。


 あのとき。


 何か、違う言葉があった気がした。

 そう思った瞬間、意識を切るように頭から追い出す。



「ん? どうしたの?」



 声をかけられる。

 私は首を振った。



「やっぱり、映画はなし!」

「なに、なに? 今日はどうしたの? 甘えん坊さんだね?」



 そう言って、私は笑う。

 ちゃんと笑えているはずだった。



「ねえ……。シよ?」

「えーー、まだ朝だよ?」

「いいじゃん。……ね?」

「しょうがないなー」



 胸の奥に、消えない音が残っている。


 静かな部屋で、息を吸う音だけが大きく響いていた、あの瞬間。

 あれはきっと、もう戻らない。


 ふとしたときに、確かにそこにある。

 消えないまま、ずっと残っている。


 残響みたいに。




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