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位置について  作者: はる
第五章 新たなる希望編
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あなたの翅が眩しくて

 ()(ひと)(あきら)の記事が出たのは、七月頭の教員採用試験の翌日のことだった。

 コンビニで手に入れた週刊誌を小脇に抱えて、事務所へやってきた(りょう)()は「どれどれ」とページを捲った。

 これまでノースキャンダルのARCについに?! という煽り文句と、深夜の住宅街で撮られたモノクロ写真。

 マウンテンバイクに跨る晃と、その横で柔らかく笑う一人の青年。

 横線で目元を隠されても、その輪郭と華奢な身体つきから、美しい青年であることは容易に想像できた。

 仲睦まじそうな二人の後ろで、ゲラゲラ笑っている凌也と宗馬。

 その横にもう少し小さく掲載された別の写真では、「じゃあね」と別れを告げる青年と、手を振って去る晃の姿。


『売れっ子アイドルARCの晃に、初ロマンス?

 これまでノースキャンダルを貫いていた晃の姿を取材班が目にしたのは、夜更けの立川駅近くのとあるマンションの前。仲睦まじく話しているメンバーと、もう一人の姿がそこにあった。山本美月、あるいはのんを彷彿とする、あまりに美しい容姿に目を奪われるが、よく見たら男性ではないか。しかし、この美男子に向けるメンバーの眼差しが柔らかく、話しかけ方も穏やかで、距離感が妙に近いような気がする。一体どういうことなのか。

 事情を知る知人に話を聞いてみた。

「実は、彼はかつて芸能界にいた子なんです。当時所属していた事務所で本当に酷い目にあっていたみたいで、復帰は懲り懲りだと言っていました。今はすっかり一般人として生活しているんですが、教育実習先の小学校の運動会で、熱中症で倒れそうになったところを、たまたまOBとして見学に来ていた晃くんが助けてくれたことから、意気投合したみたいで。お互い趣味も合うし、何でも話す関係になったそうです。

 昔から女の子によく間違えられるとはいえ、まさか週刊誌の記者の方にまで間違えられちゃうのは驚きですが笑。彼はイケメンですよ。身長も172ありますし、来年の春から教壇に立つのを楽しみにしているそうです。

 春からこの先生の受け持つクラスになれた児童はもちろん、保護者もドキドキすることは間違いなさそうだ』


「下世話な記事だこと。果たして、どこまで将軍の息がかかってることやら」

 凌也がケタケタ笑うと、望月が小さくため息をついた。

()(いき)との関係を断ち切るためとはいえ……これで良かったのかなあ」

「何が」

「だってえ。晃のファンたち、今こぞって神谷くんのこと特定してると思うよ。嫌な思いしてないといいけど……」

「ああ。なんか、昨日から神谷きゅんの過去の配信曲が、めちゃダウンロードされてるらしいね」

「えっ。そうなの?」

 凌也は晃から転送されたお礼のLINEを望月に見せた。

『増えたお金で、ARCのCD買います☺️』

「あらー! 可愛いねえ神谷くん」

 望月はすっかり機嫌を良くした。

「でも、せっかく外ロケしたのに、君たちはLINE交換しなかったの?」

 凌也はわざとらしく悲しそうな顔で深く頷いた。

「晃のやつ、凌也とだけはすんな、っておれの前で言うんだよ。無礼なのだわ」

 隣の(そう)()はスマホをスクロールしながら眉を顰めた。

「ねえ、凌也。〝せいじんきみこ〟って、どういう意味?」

「ああ?」

「晃のこと、褒めてる人たちがそう言ってる」

 凌也は吹き出した。

「違うんだなあ、わかっちゃないよ。聖人じゃないから、面白いってのに」

 凌也は頬杖をついて、雑誌の中で微笑む晃の顔を指で突いた。

「神谷きゅんを元の世界に返したのはいいけどさ。自分にかけた呪いのほうは、いつ解くつもりなのかね、あいつは」

 宗馬は首を傾げた。

「凌也、さっきから意味わかんない。何、呪いって。晃、何か困ってるの?」

「困ってるんじゃない? でも、それを選んだのは晃だから」

 宗馬は盛大なはてなマークを頭に浮かべて、首を捻った。

「さぁて。晃がこれからのアイドル人生をどう生きるのか、特等席で見張ってやろうではないか」

 ねえ、みちるたま。

 凌也はスマホを取り出した。

『約束通り、推しを平和の森にお返し申したぞ

引きこもってないで、お主も娑婆に出てきなさい』


        *


 中央線の上り電車はいつになく混んでいる。汗を拭いながら真人はスマホを開いた。

『カルディ見て待ってます』

 ショートメールに届いたメッセージに、真人は減速していく電車の窓から、ホームの階段の位置を確かめた。

 やばい。待たせてる。

 エスカレーターを駆け上がり、JR三鷹駅の改札を抜け、待ち人の姿を探していたら、

「よっ。真人」

 ロングヘアーにサングラスをかけた美女が、カルディの袋を持った手を挙げた。

「わ。久しぶり、(たか)()さん」

 真人は汗を拭いながら目をぱちぱち、と瞬きした。

「髪、ずいぶん短くなったな」

「暑いから。晃のお父さんに切ってもらいました」

 襟足を短く刈られたヘアスタイルに、鷹見は口角を上げた。

「ふーん。似合ってんじゃん」

「鷹見さんは、全然昔と変わってない。波紋が使えるんですか?」

 真人が大真面目な顔で言うと、鷹見は吹き出した。

「やだ。やめてよ。いっとくけど私、まだそこまで歳じゃないからね?」


 鷹見が「暑い中を歩くのはヤダ」と言うので、三鷹駅から出ている循環バスに乗って目的地へと向かうことになっている。

 コンコースの階段を降りた先に、山吹色にラッピングされたバスが停まっていた。

 平日の午前、ガラガラのバス。先に乗り込んだ鷹見が二人がけのシートに腰を下ろすと、真人も隣に座っていいか尋ね、しずしずと腰掛けた。

 真人と鷹見、それから数人の観光客を乗せて、バスはゆっくり動き出した。

「あれから、御域から連絡きてない?」

 鷹見の問いかけに真人は正面を向いたまま小さく頷いた。

「書類も返送したし。鷹見さんが、ブレイムに色々言ってくれたんでしょ」

「まぁ……真人のことだけじゃないよ。色々とカタつけたいことが残ってたから、その後始末」

「ふうん……」

 ぽやっとした顔でバスの次の停車地を眺めている真人に、鷹見はもう一つ質問をした。

「そういや、教採の手ごたえ、どうなの。二次、受けたんでしょ」

「……なんで知ってるんですか」

「晃から聞いてるから」

 バスは玉川上水沿いの真っ直ぐな道をひた走る。蝉時雨を遠くに聴きながら、真人は口を開いた。

「あんまり、うまくいかなかった。来年は先生になれてないかも」

「……そっか」

「落ちたかも、ってしょんぼりしてたら、バ先の施設長さんが、良かったら、ここであと一年追加で働けばって。いい人」

「バサキって何」

「バイト先。若者言葉ですよ、鷹見さん」

 鷹見は口元を引き攣らせながら、真人の顔を覗き込んだ。

「真人、バイト始めたの? 初耳なんだけどな」

「うん。晃にも、まだ言ってないもんね」

 鷹見は眉を顰めた。

「何の仕事やってるの? っていうか、体調とかは大丈夫なの?」

 真人ははっと窓の外に目をやって、鷹見の肩をツンツンとつついた。

「鷹見さん。ここ、太宰治の心中したとこだよ」

「は?」

玉鹿(ぎょっか)石、どこだろ? あっ、向こう側か。くそっ」

 真人は並走する玉川上水に目を凝らした。

「……ほんっと、マイペースだな、真人。昔からだけど」

「ほえ?」

 真人が振り向いて首を傾げた。バスはぐるんと右に曲がって、テニスコートのそばを走り抜けていく。

「あ、着くよ、鷹見さん」

 真人の言うとおり、バスはジブリ美術館の前で停車した。


 門の奥、トトロの巨大ぬいぐるみをひとしきり観察していたら、日傘を差した鷹見が、まだ? と苛ついていた。

 真人がしょんぼりと踵を返すと、鷹見が日傘の中に入れてくれた。

 入館待ちの列に待機する間、先ほど無視してしまったバイト先の話をした。

 去年、教職課程の介護等体験が面白かったので、老人ホームで働いてみたいと思ったのだ。

 春枝と照夫には事後報告だった。夕飯の最中、面接に受かっちゃった、と伝えると、二人はぽかんと口を開けて顔を見合せた。照夫は膝を叩いて、「まずはその伸び切った髪をどうにかするぞ」と夕食後にバーバーサンライズの明かりをつけ、鋏を握った。

「まだ、働き始めて一ヶ月なんだ。週二回」

 食事の配膳や、シーツの交換から始まって、研修が終わってからは食事介助もするようになった。

 神谷さんが来ると完食率が上がるのよ、とスタッフの人たちから褒められた。

 少しは、役に立てているだろうか。

「……何で晃に黙ってんの?」

「心配すると思って。そろそろ言うから、鷹見さんからは言わないで」

「……はいはい」

 鷹見が肩をすくめていると、真人ははっと顔を上げた。

「それより、今日ジブリ美術館に来たことのほうが、バレたらまずい。晃には、内緒にしててね」

「……なんで?」

 真人はゴニョゴニョと口ごもった。

「……晃はそういうの、拗ねるタイプだから」

「……ふーん」

 鷹見はペットボトルの水を口に含んで、美術館の中庭に目線を逃した。


 入り口の階段を降りて、一番最初に『土星座』に向かった。

「鷹見さんが辞める前、ここで最後に一緒に観たお話、覚えてる?」

 赤いクッションの長椅子に腰掛けながら、真人が尋ねた。

「何だったっけな。なんか、惑星を育てる話じゃなかった?」

「当たり。本当はね、そのお話を鷹見さんと、また観たかったんだよな」

 真人が目を細めると、着席のブザーが鳴った。

 天井の装飾と、光の差し込む丸窓が、シャッターで閉じられていく。

 

 真人が小学六年生になったばかりの春、鷹見は何度目かのジブリ美術館に真人を連れて行った。

 考えてみれば、あれが辞める前の最後のお出かけになってしまった。

 あのとき『土星座』で観た、井上直久原作の、イバラードを舞台にした物語。

 上映が終わった後も、真人の目からは涙が止まらなかった。外のカフェテリアのベンチに座り、真人にソフトクリームを買った。

「何がそんなに刺さったよ?」

 苦笑しながら尋ねれば、真人は鼻を啜ってソフトクリームを舐めた。

「……時間局の人たちが、怖かった」

「時間局? あの、黒い服の人たち?」

 真人はこくんと頷いた。

「ノナ、可哀想。ノナは、またニーニャと暮らせると思う?」

 尋ねる間に、また真人の瞳に涙が滲んだ。

「おれ、鷹見さんが好き。鷹見さん、ニーニャみたい」

 しゃくり上げて泣く真人の涙を、鷹見は笑いながらハンカチで拭いた。

「真人、ノナに感情移入してたのか」

「だって、鷹見さん、ニーニャだけじゃなくて、あの時間局にも似てたんだもん」

「……はぁ?」

「北杜にスカウトに来たときのブレイムの人たち、皆怖かった。時間局に、そっくりだった」

 鷹見さん、もう時間局になんか、ならないでね。

 そう言って泣きじゃくる真人に、自分は何と答えたっけ。


 上映が終わり、窓が開放されると、観客たちは感想を言い合いながら出口へと向かった。

 画面を見つめたまま立ち上がらない真人の顔を鷹見は覗き込んだ。まさかとは思うが、また泣いてやいやしないかと。

 真人は顔を俯けて、ぶっ、と吹き出した。

 鷹見が困惑の顔を浮かべると、真人は肩を揺らしながら立ち上がって、目元をそっと拭った。

「……水グモのもんもん、晃に、そっくりだ」

 目、でかいし。頑張り屋さんだし。

 アメンボ彼女にキョロキョロ目動かしてるもんもんが、途中から晃にしか見えなかった。

 真人はとうとうお腹を抱えて笑い出した。

「もんもん、自分のことを天沢聖司とかアシタカだと思ってる。自認が歪んでる。あっ、鷹見さん、晃に絶対言わないでね?」

 鷹見は大きくため息をついた。

「言わんわ。あーあ、砂吐きそう」

 鷹見の嫌味を全く意に介した様子もなく、真人は土星座を出ると、颯爽と二階への階段を駆け上がっていった。


         *


 夏休みが終わり、一学期に増して教室がうるさい。

 音楽会の練習で、休み時間に鍵盤ハーモニカを吹く子が後をたたないからだ。

 天気が良ければ外に出て行く(しげる)も、今日は鍵盤ハーモニカを取り出してピーヒョロやっている。

 (なぎさ)は、周囲の喧騒をよそに、今日も自由帳を開いた。

 夏休みに三回観に行った、ちいかわの映画、やばかった。まだ映像が脳内で無限ループしてる。この感動が冷めないうちに、絵に描きとめておこう。

 貝殻みたいな耳の形の、セイレーン。ヒゲと眉毛は短く。

 窓を叩きつける雨のおかげで、絵を描くモチベーションが上がる。よし、隣に人魚も描けば、完成。

 渚が二匹目の人魚を描こうとしたときだった。

 廊下に悲鳴に似た叫び声が響いて、周囲の子どもたちが一斉に立ち上がった。

 何ごとかと一目散に飛び出したひかりが、鍵盤ハーモニカを廊下に落として叫んだ。

「真人先生!」

 光の言葉に、クラスのみんなが廊下に駆け出して行く。

 なのに、なぜだか、自分の足は震えて動かない。

 ノートから、顔を上げられない。

……やめてよ。

 今生の別れのつもりで、メッセージ書いたのに。急に、出てこないでよ。

 鉛筆を握りしめたまま動けないでいると、机にひとひらの羽根が落ちた。

 おそるおそる顔をあげると、頭にタオルを乗せた天使が、子どもたちに手を引かれながら教室の中へと入ってきた。

「真人先生、髪切った!」

「傘、持ってなかったの?」

 子どもたちが問いかける間に、天使はゴシゴシと頭を拭って、タオルを取り払った。

 しゃらん、と揺れた短い前髪に、渚は息を呑んだ。

 子どもたちはかわるがわる、天使に近況報告をした。

 実習が終わってから、「見えないものさがし」という遊びが、クラスで流行っていること。

 夏休みに、(かん)()がウエストバージニア州に引っ越して行ったこと。

 音楽祭では、寛太のために、カントリーロードを演奏すること。

 天使は、寛太が引っ越したことを聞いて、わかりやすく落ち込んでいた。

 あっという間にしゅんと顔を曇らせてしまった天使を元気づけるように、ひかりが弾んだ声で声をかけた。

「ねえ、音楽祭、観に来てよ、先生。zoom繋いで、寛太も観るんだよ!」

 周りの子供たちも顔を見合わせて頷いた。

「……ごめん。その日はどうしても外せない用事があって」

 真人は申し訳なさそうな顔で眉を下げた。

「……彼女?」

 絵梨花(えりか)が顔を顰めて尋ねると、天使はぎょっとした顔で首をブンブンと振っていた。

「違う違う。もっと、いいもんだよ」

 天使は柔らかく笑っていた。

 騒がしい教室に松下先生が合流して、午後の授業はお楽しみ会に変更することが伝えられた。教室には拍手と喝采が鳴り響いた。

 お楽しみ会の最中、天使の周りをかわるがわる子どもたちが取り囲んで話しかけた。ひかりに肩をつつかれて、内緒話に耳を傾ける天使のまつ毛は美しかった。

 チャイムが鳴り、松下先生の終了の声が響くと、教室はブーイングの嵐だった。

 案の定、調子に乗った子どもたちに松下先生からの雷が落ちた。机と椅子を元の位置に戻していると、

「渚さん」

 天使に声をかけた。

 どんな顔をして振り向けばいいのかわからなくて、渚は顔を動かせなかった。

「絵、ありがとう」

 はっとして振り向くと、前屈みになっていた天使の顔が思ったよりも近くて、渚は思わず後ずさった。

 天使が首を傾げた。

「あのお話のこと、渚さんは知ってたの?」

「……知らなかった。探したの。真人先生、ジブリ好きって質問集にあったから」

「ははは。そっか」

 天使がくしゃっと笑った。

 もう少し、もう少しだけ。

 渚はキョロキョロと他の子どもたちが会話に混ざってこないことを確認してから、天使に小声で話しかけた。

「なんで、あのお話が好きなの」

 天使はいたずらっぽい顔で、小声で返した。

「警察官コンビが好きなの。ああいう、いいことも悪いことも、一緒にできるマブダチ、って、最高じゃん」

「……いいの? 先生なのに、悪いこととか言って」

「あっ、そっか。じゃ、今のナシ」

 天使が人差し指を口に当てたのと同時に、(しげる)のタックルが天使の腰にクリーンヒットした。

 くしゃくしゃに笑う茂を抱き止め、優しく叱る天使を目に焼き付けて、渚は踵を返した。

次回、最終回です。

最後までどうぞよろしくお願いします。

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