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位置について  作者: はる
第五章 新たなる希望編
46/53

黎明のスカイウォーカー

 (あきら)はGoogle Geminiを開いた。


 晃:

 ちょっと聞きたいんだけど

 寝てる友達の手を握るのって、アウト?


 Gemini:

 状況によります。相手が触れられることを嫌がっていない関係で、体調確認や安心させる目的なら、必ずしも問題とは限りません。

 ただし、相手が眠っている間は同意を確認できないので、親密な接触は慎重にした方がよいでしょう。


 晃は眉間に皺を寄せ、更に質問を打ち込んだ。


 晃:

 親密って、どっから


 Gemini:

 一般的には、抱きしめる、頬や髪に触れる、キスをするなどは、親密な接触に含まれます。


 晃:

 手の甲に、口が当たった場合は?


 Gemini:

 偶然ですか、それとも意図的でしたか?


 晃:

 そこは一旦置いとく


 Gemini:

 意図的であれば、一般的には「キス」に当たります。


 心臓が跳ねた。

 晃は首を振って、素早く訂正をかけた。


 晃:

 いや、手だし 一秒もなかった


 Gemini:

 場所や長さにかかわらず、意図的に唇を触れさせたなら、キスと考えるのが自然です。


「……」


 Gemini:

 相手は眠っていたのでしょうか。


 晃:

 寝てた


 Gemini:

 その場合、相手はその場で同意できていません。

 ただ、すぐにあなたを加害者と断定する話でもありません。

 重要なのは、相手との関係、普段の境界線、あなたの意図、その後どう行動するかです。


 晃:

 意図っていうか

 死ぬとか言うから 本当に生きてるか怖くなって

 手首握って 脈があって

 安心したら、なんか、あるじゃんそういうの


 Gemini:

 相手が生きていることへの安堵と、失いたくない気持ちが溢れたのだと思います。


 晃:

 黙れ おれを分析するな


 Gemini:

 起きた後、相手に伝えるつもりはありますか。


 晃:

 絶対気持ち悪がられる 無理


 Gemini:

 隠すことで、あなた自身が今後不自然になったり、同じことを繰り返したりする可能性もあります。

 伝えるなら、相手に慰めてもらおうとせず、短く事実を話し、相手が不快感を覚えた場合は謝りましょう。

 お互いの今後の境界線を確認する形がよいと思います。


 晃:

 同じことはしない 絶対

 反省してる


 Gemini:

 相手のことが好きなのですか。


 晃:

 友達

 めちゃくちゃ大事な友達


 Gemini :

 手の甲にキスをしたいと思う程度には?


……おい、こいつ本当にAIか?

 中身、(りょう)()じゃねーだろうな。


 晃:

 思ってしてねえんだよ

 気づいたらしてたっつってんだろうが


 Gemini:

 では、気づいたらキスをするほど大事な友達なのですね。

 ただ、あなたが恐れているのは、嫌われることだけではなく、「自分が相手を傷つける人間になったかもしれない」ということではありませんか。


 虚を突かれ、晃は文字を打つ手を止めた。


 Gemini:

 一度の行為だけで、あなたが加害者になるわけではありません。

 境界を踏み越え続ける関係ではなく、対等な信頼関係を作るためには、今後の晃さんの接し方が大きく関わってきます。


 なるほど。なるほど。

 晃は深く頷いた。


 晃:

 ありがとう 肝に銘じる

 ちなみに手の甲へのそーいうのって、どういう意味があるっけ


 Gemini:

 敬愛、親愛、大切に扱いたい気持ち、恋愛感情など、文脈によって異なります。


 晃:

 恋愛感情以外を詳しく


 Gemini:

 恋愛感情を除外したい理由があるのですか?


 晃:

 もういい 寝る


 Geminiがまだ何かぶつぶつ言っているが、晃は呆れてスマホを伏せた。

 三秒ほど経って、また晃はスマホを開き、質問を打ち込んだ。

『相手がめちゃくちゃ可愛い場合でも回答は同じ?』

『もし本人が起きてたら嫌がられたと思う?』

「晃、さっきから何怖い顔してるの」

「うわあああ!!」

 晃はスマホをひっくり返して尻餅をついた。

 風呂上がりの()(ひと)が頭にタオルを被せたまま、怪訝な顔つきで晃の顔を覗き込んでいる。

「ねえ、明日って田中クリニックでしょ? 何時に起きたらいい?」

 晃は真人に視線を合わせたまま、床を探ってスマホをキャッチした。

「六時だ! 早く寝ろ!」

「晃、自分はお風呂にも入ってないくせに。子ども扱いしないでほしい」

 真人はぷいっとそっぽを向いて、徐に鞄の中から本を一冊取り出した。

 教採のテキストだ。

 晃はほっと胸を撫で下ろして立ち上がった。

「……おれも風呂入ってくる」

「ん」

「髪、ちゃんと乾かせよ」

「はいはい」

 真人は頭を適当に拭きながら、布団にうつ伏せにごろんと転がってテキストを開いている。

「……田中先生、おれのこと怒ってると思う?」

 問いかけに振り向くと、真人はテキストで顔を隠していた。

「怒ってねーよ。そんな先生じゃない」

「……そっか」

 真人はページをめくった。

「……あと、昼間は、ごめん」

 真人が呟いた。

「嫌なこと、言った。あんまり覚えてないけど」

「覚えてねーのかよ」

 晃が呆れたように言うと、真人はテキストにさらに顔を埋めた。

「明日、診察の後に買い出しに行こうぜ。真人、キャンプでマシュマロ焼きたいって言ってたろ」

「……焼き鳥も」

「はいはい。わーりやした」

 明日の予報は、晴れ。

 どうか、今度は穏やかに診察受けられますように。

 真人が楽しく笑顔で一日を終えられますように。

 晃はチャットの履歴をきっちり消去してから、階段を降りて行った。


         *


 真人が診察室に入って三十分ほどして、看護師から「(くさ)()さん」と名前を呼ばれた。

 晃が診察室の中に通されると、真人の姿はそこにはなく、代わりに回転椅子に座った田中先生が、和やかな笑みを向けた。

「神谷さん、話していて少し疲れてしまったみたいで、隣の部屋で横になってます。ここの声は聞こえないので、気にせず話してくださいね」

 晃はほっとして腰を下ろした。

 前回は真人のことで頭が真っ白になってしまって、田中先生とはほとんど会話できないままだった。

 久しぶりにこうして向き合ってみると、白髪は増えたものの、穏やかな人柄が滲み出る下がり眉は健在だった。

「真人、どんな様子でしたか」

「昨日、ご家族にパニックを起こしている姿を見せてしまったことを、相当気にされてるみたいでした。ただ、こればっかりは……本人が意志だけでコントロールできるものじゃないからね」

「……はい」

「この資料、ありがとう」

 田中先生は眼鏡を押し上げ、先週、晃が持参したプリントに目を落とした。

「非常に参考になりました。それに……晃くん、って呼んでいい? 前みたいに」

「どうぞ」

「あの晃くんが、こうして誰かの支えになって、ここに来てくれたことが嬉しかった」

「……最後に会ってから、もう十年以上経っちゃいましたね」

「昔、お母さんにひっついてここに通ってたときは、小学生だったね。お母さん、元気?」

「はい。真人のこと、一番心配して、一番熱心に世話焼いてるのがお袋です」

「そうか。春枝さん、優しい方だもんね」

 晃は苦笑して頷いた。

 田中先生はパソコンの画面に向き直り、カルテをスクロールしてながら呟いた。

「神谷さん、思いついたことを全部、自分を責める理由にしてしまうんだよね」

 田中先生は困ったように肩をすくめた。

「苦しんでいることの原因を自分に求めて、脳内裁判がやめられない」

「脳内裁判?」

「うん。被告人役と検察官役を、ひとりでずっとやってるんだよ。そんなことをしていたら、どんどん苦しくなるのに」

 昨日の口論が脳裏に蘇って、晃は額を押さえた。

「……それ、本当にやめさせたいです」

 晃は膝に手を置いて、ぎゅっと握りしめた。

「真人がパニックを起こしたり、何かを怖がっていたりするときは、そばにいて、支えてやりたいって思う。でも、真人が真人を否定してるのを見るのだけは、本当にキツいです」

「うん」

「でも、真人は悪くないっておれが言っても、全然伝わらない。おれが思いつくような励ましなんか、もうとっくの昔に思いついて、頭ん中で論破してるんです」

「検察官モードの神谷さんからしたら、弁護士は敵なんでしょう」

 田中先生はそう言いながら、パソコンのカルテに言葉を打ち込んだ。

「ただね、こういうのって、周りがやめろと言ってやめられるものでもないんだよ。本人の中で、踏ん切りがつかないと」

 一瞬、自分のことを言われているのかと思った。

 晃がそっと顔を上げると、田中先生は柔らかな笑みを浮かべて、小さく頷いた。

「神谷さん、教員採用試験も近いんだよね」

 晃は頷いた。

「学力や面接の準備より、今は当日まで大きく体調を崩さずに過ごせるかの方が大事かな。それと、もし崩してしまったときに、どうするかを先に決めておくといいです」

「……受けさせて大丈夫でしょうか」

「受験すること自体を止めるような状態ではないよ。ただ、〝やるからには絶対に〟とは思わないこと」

 田中先生は、念を押すようにゆっくり続けた。

「途中で休む。どうしても難しければ、今年は見送る。それも含めて準備しておいた方がいい。受け切れなかったとしても、それで神谷さんの価値や、教師としての適性が決まるわけじゃないからね」

 晃はふーっと息を吐いた。

「……受けたらダメって言われるかと」

「神谷さん本人も、同じように心配してたよ」

 晃が力無く笑うと、田中先生は小さく頷いた。

「神谷さん、ぼくに質問したんです。〝もし先生になれたら、子どもの名前が加害者と同じだったときに、その子にどう接したらいいですか〟って」

「……」

「ぼくね、それを聞いて、神谷さんはちゃんと、前を向いていると思った。これから出会う子どもを傷つけないために、どうしたらいいかを、ちゃんと考えている」

 田中先生は、カルテから晃へと視線を戻した。

「焦って走りたくなる気持ちも分かるけど、本当に少しずつ。周囲のサポートを受けながら、何でもない日々を積み重ねていった先に、夜明けが待ってるから。晃くんも、よく知ってるよね」

「……はい」

「神谷さんに、晃くんがいてくれて良かったよ」

 その言葉を受け止めてから、晃は小さく咳払いをした。

「先生に、おれからも聞きたいことがあります」

 晃の声に、田中先生はまっすぐ向き直り、背筋を伸ばした。

「おれ、芸能人のまま、真人の隣に立っていていいと思いますか」

 耳を傾ける田中先生の眼鏡の奥で、瞳がきらりと光った。

「芸能界は、真人が傷ついて、尊厳を奪われた場所だから。そんなところにいる人間が、そばにいていいのかって悩みました。でも、おれは芸能界に残ります」

 田中先生は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

「……神谷さんとは、どう向き合うの?」

「腐った場所を見つけたら、ちゃんと掃除する。そこに真人を傷つける連中がいるなら、なおのこと、そこに立ってバリアになりたい。そう思った」

「それは、誓いですか?」

「あ、そうです。誓いみたいなもんです」

 晃は頷いて、声を張った。

「おれの思う正しい方法で、世界と向き合う。他人に恥じないやり方で、芸能界で生きていく。ARCが正解の世の中にする。その先にきっと、笑ってる真人がいるって、信じてる」

 田中先生はしばらく黙って晃を見つめ、それから大きく頷いた。

「OK。では、ぼくは証人になるよ。これからの君の活躍を応援するし、支持する。ただし」

 田中先生は椅子を引き、晃に一歩だけ近づいた。

「君自身が、暗黒面(ダークサイド)に落ちないように。間違っても、ダース・ベイダーになんかなっちゃだめだぞ。ちゃんと周りを頼るんだ」

「はい」

「よし。それなら問題なし」

 がんばれ、ARC! フォースと共に在らんことを!

 田中先生は拳を握り、ガッツポーズをした。

 隣に立っていた看護師は、顔を真っ赤にして震えていた。


         *


「日帰りキャンプって、テント立てないの?」

「立ててもいいよ。雨風凌げるし、人の目気にせず休めるし」

「そっか。じゃあ、魚釣りは?」

「してみてもいいけど、釣りスポットじゃないとなかなか釣れねえかも」

「むー。じゃあ、焼き鳥で我慢するか」

 帰路の連雀通りにマルエツを見つけ、晃は駐車場にMAZDAを停めた。

 カートを押してあれこれとカゴに放り込んでいたとき、着信が鳴った。

 知らない番号からだった。

 真人は奥のおやつコーナーでマシュマロのパックを見比べている。

 通話ボタンを押し、出た瞬間に流れた声だけで、全身から汗が吹き出た。

『もしもし、晃くん?』

「……待って」

 晃は真人を一瞥してから、小走りでカートを押してワインコーナーに隠れた。

「何。今、出先で、手短にお願いします」

『すごいね。まだ、おれ名前言ってないけど。声だけでわかったんだ』

「……番号、誰から聞いたんですか」

『晃くんの友達から。真人のことで、話したいんだ』

「……」

『明日の夜、うちの事務所にそちらの社長が面談に来るんでしょう』

「……おれもついてこいって?」

『いや、流石に事務所に呼びつけるなんて失礼だろ。うちに来なよ。おもてなしするよ』

 おれは別にこいつから被害を受けたわけじゃない筈のに。

 声を聞いているだけで吐き気を催すほどの嫌悪感。

 目眩と耳鳴りが一気に押し寄せて、晃はワインのボトル棚に指を引っ掛けて踏みとどまった。

「……あとで折り返す」

 晃は通話を切って、大きく息を吐いた。

 ワインコーナーの隙間から覗くと、真人はまだ真剣な顔でマシュマロを見比べていた。

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